第43話 薬師ギルド Side
薬師ギルド Side
「ジョハンナ様」
「なんだい、トニー」
薬師ギルドの会長室に響くジョハンナの刺々しい声音。
「エイル様がお連れになられたお嬢様の眼『お黙り!……お前には、後がない事を忘れちゃいないだろうね?』……まさか!忘れてなどいませんよ。咎人の僕が研究出来るのも、教会のおかげだということをね」
「お前……バインド!」
「うわっ!?痛っ!なにをするんですか!?」
ジョハンナの唱えた魔法が、トニーを捕縛する。その勢いで腰を強打したトニーは、怒りの声をあげた。
「お前はなにか勘違いをしてないか?教会がお前を生かしたのは、ある薬の研究のためだけだということを」
ジョハンナの声は、恐ろしく冷たい。一体、トニーはなにをやったのか?
「分かってますよ!でもあの薬には、聖域にあるレア素材が必要なんですよ!だから、猊下にはそれを取ってきて欲しいと何度も『馬鹿だね!?聖域には、猊下でさえも簡単には足を踏み入れることは出来ないんだよ!』……なら、僕はなんの為に生かされてるんですか!?」
「代替の素材を研究しろ!と、何度言われればわかるんだ!?」
「そんなのは完璧な薬じゃない!代替素材は効能が落ちるんだ!あのレア素材じゃ『効能が落ちようと、効果があれば助かる手は増える!その為にお前を生かしたというのに、当の本人がこれじゃあね!!』……うわ〜〜!?」
ドスッという音ともに遠ざかる悲鳴。ジョハンナはトニーの姿が消えたのを確認して、
「……全く。どこまでも世話を焼かす奴だよ!……ナノン!」
「は!?」
ぱんっぱんっと手をはたき、埃を払いながら誰かを呼ぶジョハンナ。すると、何処からともなく現れる者。
ミオが見ていれば、「忍びだ!」と大興奮間違いない。
「今の、見ていたね?」
「は!」
「エイルに事の次第と、しばらく周囲に気をつけるように言ってくれ。あぁ…例のおチビちゃんにもな。私は一応、本部に手紙を書くさね」
「御意」
「……はぁ。きな臭いことにならなければいいけどね」
水面下で続くポーションの覇権争いは、日に日に激しさを増すばかり。薬師ギルドと聖国の関係も、決して良くはない。
「そういえば、エイルの瞳にも金の挿し色が入っていたが、アイツは気づいているのかねぇ?……さて、トニーの刑期は後少しだが、薬師ギルド本部へ、トニーの処遇を尋ねないといけないねぇ」
椅子を引き、座る腰が重く感じたのは気の所為ではないだろう。
トニーは、会長室にある床の隠し穴から落とされた。下には、頑丈な牢屋があるばかり。
―――――
〚薬師ギルド
アターキル支部
登録者名簿 6241番
氏名 ミオ・テラオ
年齢 4
ランク E
(試験結果 筆記86%・実技92%)
身分証明 真贋判定認定証
身元保証人 エイル・リュタ・ラ・マグワイア
ギルドカード形態 複式申請許可済み(商業ギルドE) 〛
「ギルドで保護出来て良かったよ。4歳でこの出来じゃ、5歳で教会に目を付けられたからね……いや、その前にあの
横目でミオの書類を見ながら、本部への手紙を書くジョハンナだった。
♢
「トニーが?」
静まり返った屋敷の一室で、エイルの声がした。彼は眠る前だったらしく、ベットに半身を起こす。
「はい。副会長のお嬢様の瞳について、ジョハンナ様に言及したため、地下牢へ落とされました。ジョハンナ様は、薬師ギルド本部へ手紙を書かれるそうです」
「そうですか。彼が咎人となって十八年経ちますが……彼の
「もちろ……っ!?」
エイルの言いたいことに気付いた影は、息を飲んだ。それを横目で見つつ、私は髪を梳く。
「……彼の奮起に期待しましたが、一度栄華を覚えると駄目ですね。まぁその一瞬の栄華も、犯罪の上で成り立ったものでしたが。帰ってジョハンナに伝えて下さい。こちらはどんな処遇でも問題ないと」
「畏まりました」
「……ふぅ。ミオたちは瞳を隠すつもりはないみたいなのでお任せしていましたが、こちらもなにか手段を考えるべきですね」
ジョハンナの影の気配が消えて、人知れず息を吐く。ジョハンナの手紙にどんな反応があるか。薬師ギルド上層部の考えは簡単だ。
『役に立たぬなら、捨て置け』
私の想像だが、そんな内容の返事が来るだろう。
彼はただの生き証人。当時は最前線で治療にあたり、患者を励まし続けた尊い薬師。二十年前の謎の伝染病『魔刻病』。それが彼を含め、多くの人々を苦しみと恐怖に陥れ、人生を狂わされた。
初めは風邪のような症状(発熱、だるさ)を訴えていた患者が、ある日を境に肌が黄色くなる。そして、蜘蛛の巣状の痣が現れ、発狂レベルの痒みを訴え、やがて身体のあらゆる働きが止まり、死に絶えていく。原因不明の不治の病。
当時から刻を得て、学者たちの仮説がいくつか浮上するが、どれも決定的なものは未だ表れていない。
今もなお、年に幾らかの人数が罹患しているとの報告を受けている。
彼の罪状は、横領・窃盗罪と建造物侵入罪と虚偽罪と暴行罪の四件。
伝染病を見かねた彼が、教会の禁止区域に侵入し、聖域にのみ生息しているレア素材を横領・窃盗。伝染病の薬効成分が未だ不明な中、偽証を連ねて患者を誘い、治療を受けさせた暴行罪。
治療を受けた患者が完治したことから、一躍時の人となった。だが、彼の罪はすぐに暴かれる。
レア素材に変わる薬の素材の置換率を研究することが、彼が罪を償える唯一の手段だった。その有効期限は20年。
その間に結果が出なければ、彼は炭鉱に送られる。20年引きこもりの中年が、体力厳しい炭鉱に送られれば、あとは推して知るべし。
「彼は最前線でなにを思ったのでしょうか?犯罪などに手を染めずとも、やり方はあったはず……まぁ今考えても、もう遅いでしょうけどね」
そんな呟きを最後に、彼の部屋の灯りは消えたのだった。
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