第41話 商業ギルドカードを入手完了!

「ふぅ……疲れましたね」

「……そうですにぇ」


 いや、それ私のセリフ。とは言わずに、同意に留める。ギルドカードを作る為に時間を割いてくれているのだ。


「ギルドカードの申請も終わりましたし、アイディア登録申請もマットが代筆してくれるそうですから、後日、内容を確認してサインするだけでいいでしょう」

「はい」

 

 シモンさんから出された紅茶を優雅に頂きながら、エイルさんはほぅ…と息を吐く。うん、紅茶が美味しい。


 アイディア登録申請の代筆だが、私のルールを踏まえた上で、ギルド内で協議した結果の内容にするらしく、彼が代筆を願い出た。

 アイディア登録申請は、特許と同じ制度だ。なら、商業ギルドで協議した結果を載せれば、マージンがいくらか取られるのでは?という疑念が浮かぶ。だが、その心配は御無用。特許申請者には、マットさんのような添削者担当が付くことが決定している。


 シモンさんは一旦退室していたけど、なにやら銀盆ぎんばんを手に戻ってきた。これ、銀のトレイサルヴァって呼ぶところもあるんだって。お洒落な響きだよね。

 シモンさんがエイルさんに手渡したのは、薄い木の板だ。


「ミオ、このギルドカードに魔力を通して下さい」

「はい」


 薬師ギルドと同じ要領でカードに魔力を通すと、ポワッと軽く光った。薬師ギルドではEランクだったが、商業ギルドはどうなったのかな?登録料を含め、帰宅後に聞かなきゃね。

 

「商業ギルドの仕組みについては、登録の手引きを頂きましたので、後ほど渡しましょう」

「ありがとうございます」


(くわぁ〜!?ようやく終わったか?)

(おそよう)


 早々に一抜けしたジョウが、タイミングを計ったように、大きな欠伸を携えての重役出勤だ。


「それにしても、秋の収穫祭がこんな調子では、冬の感謝祭の催事担当ギルドも大変でしょうねぇ」

「へ?冬の感謝祭?」


 エイルさんが零した呟きに、私は素で反応してしまう。


「えぇ。無事に一年過ごせたことを神に感謝して、祭りを捧げるんです」

「今は夏だから、秋に準備をするんですか?」

「いいえ。杪夏びょうかの時期には準備期に入ります。冬は、個々での冬支度が外せませんからね。負担にならないように、少し早めに準備期間に入るんですよ」 

「へぇ〜」


 確かに冬支度は他人事じゃない。村では人員総出で行う仕事だ。

 冬籠りといって、雪が降るような地域では畑仕事が出来ないから、内職に専念する。それに食糧も簡単には調達出来ないから、秋のうちに肉や野菜を保存食にするなど暇もないのだ。


「アターキル領は雪が降らないとは言え、冬の寒さは堪えますからねぇ」

「そうですにぇ。冬は動きたくありませんもん」


 私は冬の寒さを思い出して、身体を抱きしめる。それを見たジョウはせせら笑う。おにょれ、毛皮星人め。


「アターキルは、他領に比べて祭りが多いんです。最初は観光目的で始まったみたいですが、今では完全に慣習化された行事ですね」

「観光目的ですか……にゃるほど」

「えぇ。アターキルは辺境伯様の領都の街ですが、交通網となる主要道から外れていますからね。資源目当ての冒険者か商人しか訪れない領地なのですよ」

「にゃるほど」


 街を散策した訳じゃないから一概には言えないけど、観光化出来るなにかがあればいいな。マットさんの説明に、私は頷きを返しながら、ちょっとだけ街の様子を想像してみた。


「それだけじゃないんですよ!本当に森の資源しかないので、特産品もなくて!外貨を稼ぐ手段に頭を悩ませてるんです」

「にゃるほどぉ」 


 マットさんの説明に被せるように、リアさんが補足を入れてきた。


 つまり貧乏なの?だけど、資源分の益でなんとかなってる感じ?冒険者が多いということは、夜の治安は要注意。主要街道から外れているから、少し寂れてる?……駄目だ、全然わからん。


(なるほどばかり連呼してどうした?奴らがなにか期待した視線を向けているが、それとなにか関係あるか?)

(大あり!まだ街も散策してないし、アターキルのこともまだ分からないことばかりなのに。街の事を知った後なら、助言も出来ただろうけど。責任が持てない軽はずみな言動はしません!なるほどは下手な事を言わないように、自分に暗示をかけてるの!)

(大変だな、ミオも)


 大変だなどと言っておきながら、さして興味もないように、窓に視線を遣るジョウ。


「まぁまぁ、ミオはこの地に来てまだ数日。しかも私の家にいましたからね。街の散策もまだなのですよ」


 エイルさんが助け舟を出してくれるまで、私は頑張って口のチャックに勤しんだ。


「そうだったんですね。では後日、私が街を案内しましょうか?」

「ゆっくり見たいので、ご遠慮します」


 なにやら不穏な気配を感じたので、丁寧にお断り致す。リアさんに案内を頼めば、もれなく街の商業活性化を目指したツアーになりかねない。


「それにしても、もう秋祭りの準備ですか。月が過ぎるのも、早いですねぇ」


 エイルさんの年寄りじみたコメントは、どう返せば良いのか迷うよ!


「この街は、祭りで季節を感じる人が多そうですにぇ」

「そうですね」


 この世界の暦の読み方は、初月はつづき次月よくげつは別だが、三月〜十二月は一緒だ。

 今は八月頭。一週間が六日で五週間の三十日で一月。

 

 秋の収穫祭は十月に行われる。夏の祭り[夕涼祭]は、七月に実施済みらしい。ちなみに春の祭り[祝咲祭]は、三月開催だそうだ。


 観光を狙った副産物じゃないけど、祭りのおかげで、街の結束力は固そうだ。


(感謝祭か。懐かしいな。日本では、セールやガラガラ抽選会があちこちで行われていたな)


 どこかを見るような、思いを馳せるジョウの表情は柔らかい。


(ガラガラ抽選会が珍しくなかったのは、10年以上前だよ。今は、時々名前を聞くくらいじゃない?) 


 ガラガラ抽選会も、運試しのゲームだよね。私はくじ運ないからな。五等のティッシュがお友達だった。


「ジョウとなにを話していたのですか?」

「え?……まぁ、色々と」


 ジョウとの念話を中断し、視線を泳がせながら、エイルさんに返事をする。

 ここで冬の感謝祭の提案が……など言い出してみろ。更なる拘束時間が予想される。それか、または別日か。どちらにしろ、疲弊すること間違いなし。 


 今回は乗りかかった船だから、少し頑張ってみたのだ。ギルドカードの申請も、横槍どころか斜め上のコネ接待だ。これは、商業ギルドの心象を良くするためのものでもある。

 エイルさんええとこのボンには自然なことかもしれないが、小市民の私には、人の目が気になるものなのだよ。

 

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