第四章 ポーション対策

第1話 王城に沸く密かな騒ぎ 

「お待たせしました!」

「いえ……」

 ミオと語らい合った麗らかな午前とは違い、チクチクと刺さる不快な視線をまといながら、王城の回廊を歩く。宝物庫までに続く扉は幾重に厳重に管理されている。あと何回、兵士の「お待たせしました」を聞く羽目になるだろうか。


 流石に王国一の賢者の冠があれど、宝物庫の見学は陛下の許可がなければ無理だった。そして当然ながら、見学の理由が申請には必要なわけで・・・。


―――


「なんと!?魔従族の再来だと!?」

 身を乗り出した王の瞳は輝いた。

 フリータール王国の現国王フィリップス・フォン・フリータール。魔従族が出奔する原因を作った世代から、早くも七代目の継承だ。魔従族は、人の史ではもはや伝承扱いである。


「再来ではございません。彼女は里を降りてきただけにございます」

 最後の肉親を亡くし、二人ぼっちになったミオとジョウが一緒に郷を出ただけのことだ。

「女か!?ならば、余の息子と『まだ四歳の幼子にございます』…そうか、残念だ」

 王の息子といえば、三男坊の三十路残念王子か?とてもではないが、犯罪臭が漂ってしまう。

 背もたれに身を戻し、残念な表情をしながら髭を撫でている。


「今回は、彼女の持つ褒賞メダルの確認の必要があり、登城しました」

「そうか・・・余はてっきり、仕事を手伝ってくれるのかと思ったぞ」

 王は、自分の仕事が片付くと期待していたらしい。さらに眉尻を下げ、納得が行かないといった表情だ。

「賢者が中々登城しないから、各地からの陳情がさっぱり減らぬわ」

「陳情書の解決は、私の仕事ではありませぬゆえ」

「……」

「……まぁ、よい。賢者よ、何故今更二百年前の褒章メダルの確認が必要か?」

 互いに無言の見つめ合いをした末、王が折れた。賢者を本気で怒らせるなど、愚の骨頂。この国では、賢者に対する普通の認識である。


「彼女が身元保証として褒章メダルを提示した為です。彼女はこの国に滞在を希望していますので、私に鑑定依頼が来たのです」 

「なるほど……いや、しかしなぁ。褒章メダルが身元保証として使えると制定したのは、遥か昔だ。今も法を変えていないとは言え、余の承認は簡単には出せんぞ?なにせ、長い間使用実績が無かった法だからなぁ」

 チラチラとこちらを見る王だが、別に王の承認は要らない。アターキル領主の承認があれば十分だ。

 長い間実績のない法だったのは確かだから、詳細を忘れてしまったのかもしれない。だが承認を振りかざし、仕事を手伝わせる方向へ舵を取る根性が気に入らない。


「忙しい王の手を煩わせることはございません。フリータール王国の出入国管理法では、認定証の承認は二名選出せよ。一人は鑑定者本人。もう一人は、申請領地の領主及び代官となっております。つまり、私とアターキル辺境伯のサインで、在留資格を認定することが出来ます」

「そっ!?…そうだったか?」

 見るからに狼狽える王に、私は胡乱気な視線を向ける。

「はい、私の頭にはそう記憶してあります」

 絶対、法の内容を覚えてただろ。

 だがそんな恨みはおくびにも出さず、飄々と答える。さっさとメダルを確認して、癒しミオのもとに帰りたい。

 私たちには、大事な研究が待っている。こんな下らない押し問答をしている暇は、私にはないのだ。エイルのいう癒しとは、常人の癒しとは少し違った感覚なのかもしれない。



 その頃のミオは、師匠に指定された図鑑の入門編を見ていた。薬草の絵と一緒に、採取の注意点や効能、製薬に使用出来るレシピ名が解説されていた。

「これって、薬師専用の薬草図鑑なんじゃ・・・?」

(当たり前だろう。エイルは仮にも賢者だぞ?意味のない指導などするものか。日本では大学まで出たのだろう?その受験戦争を思い返せば、噴気が湧くのではないか?)

「むしろ、余計やる気無くすわぁ。あぁ、瞬間記憶スキルを願えばよかった…」

 と、これ以上のスキルは予断を許さないという現状を忘れて、スキルを願っていた。師匠から、入門編と初級編だけでいいと言われた時は舞い上がったけど、そもそも薬草の数が凄まじから、分厚い図鑑なのだ。入門編と初級編だけと言えど、記憶する薬草の数は推して知るべしだ。


(全くだらけることばかりしよって・・・しっかりとせんか!)

「あっ!・・・そういうこと言うんだ?もうそろそろ鞄の中にょ作り置きが無くにゃるから、厨房を使わせて貰うように、師匠にお願いしようと思ってたにょに・・・どうしようかにゃ?」

(なぬ!?それを引き合いに出すのは、吾輩に勝ち目が無いのを分かっている上での所業ではないか!?狡いぞ!?)

「ふふん♪私の機嫌を損にぇるとこうなっちゃうんだもんにぇ」

(くぅ〜!?調子に調子に乗りおって!ララもなんとか言ってくれ!)

「……えっと?」

 ララさんが戸惑いの声を上げる。そりゃそうだ。ララさんから見れば、私とジョウが言い合っているようにしか見えない所。そこへ、ララさんに目を合わせたジョウが、「ララ」の部分だけ完璧に発音したのだから。


「ちょっと、ジョウ!?ララさんに助けを求めるにゃんて狡いじゃにゃい」

(ミオが卑怯な手を使うなら、こちらも真似をするまでよ!カ〜カッカッカ!)

 私の焦りを感じてか、勝利を確信した笑いをあげるジョウ。くそぅ・・・。私がギリっと歯を噛み締めれば、ジョウが小憎たらしく口角を上げた。だがそんな問答をしていた私は、ララさんの顔色が悪いのに気づいた。

「ララさん、大丈夫?顔色が悪いよ?」

「申し訳ありません。少々頭痛がありまし『わわっ!?ジョウ、人化!』・・・」

「心得た!」

 ジョウのことはなるべく秘密にしたかったけど、そうも言っていられない事態だ。私が抱き止めれば良かったんだけど、ララさんの身体と幼児の身体では共倒れがオチである。


「ミオ、ララの気が下に集まり過ぎている。恐らく頭部への血が足りていない」

「とりあえず、ベッドに寝かせて!桶とタオルが浴室にあったから取ってくる!」

 足に血流が集まってるのは、仕事で立ちっぱなしだっただと思うけど・・・それはいつもの仕事内容のはず。

 こちらの今の季節は、日本で言えば梅雨が明け夏に差し掛かる時期。こちらはあまり湿気がなくカラリとしているが、暑さと涼しさが交差する厄介な時候だ。気温の変化に身体が疲弊する時期だもんねぇ。ましてや、女性は色々大変だからな。

 私はお湯を手から出すようにイメージして、桶の上に手を置いた。


「ジョウ、獣化に戻ってゼフさんにこれを渡してきて」

 片手でお湯を出し、片手で箇条書きに現在の状況を知らせる内容を書く。女性の介抱をしているから、入室するなら女性を指定することも忘れない。侍医がいるなら、呼んで欲しいことも。私はジョウの従魔印に羊皮紙を結んだ。

「分かった。待っておれ」

「うん、よろしく」


 私はまだ薬師ギルドに登録してないから、他人に処方するのは違法なんだよね。個人なら問題ないだろうけどね。あの図鑑を覚えるのは大変だけど、頑張らないとな。

 私は申し訳ない気持ちで、ララさんのスカートを捲り、膝裏に丸めたタオルを置きスカートを戻す。桶に溜まったお湯にタオルを浸し、それを絞り、後ろの首に当てた。ベッドなので濡れないように防水カバーを敷く。ガイア様が用意して下さったテーブルの防水カバーが役に立った。私は首の付け根にあるツボを軽く押しながら、ジョウの帰りを待った。

 ララさんの頭痛が少しでも良くなるように…。



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