第29話 新たな薬の気配
エイルさんが首を傾げたけど、私の言い方が悪かったかな?
「えっと、ポーションって病気というより怪我に特化した水薬ですよにぇ?」
「そうですね。病気は、その時の症状に応じて処理をするやり方か、教会や市井の治癒魔法を使える方の元にいくかですね。ただ治癒魔法も完璧ではなく、症状や患者さんの年齢で使用出来ないこともあります」
「なるほど。やはり、対症療法が主にゃんですね。薬の値段はどんにゃ感じですか? 教会については、聞くまでもにゃいですけど」
そう言うと、エイルさんはぎこち無い笑みを浮かべた。やはり彼は、ギルドと聖国の微妙な関係を知っている。
「そうですねぇ。粉末や軟膏、煎じ薬用に処置された乾燥の葉や根っ子や、新鮮な薬草ですかね? 値段は様々ですよ? 安いものは銅貨からありますし。季節の変わり目などは身体の調子が崩れやすいですから、お世話になる方も多いですね」
「銅貨で買える薬。どんにゃ品質か、非常に気ににゃります」
機械の力で大量生産が可能になった地球とは違い、全てが人の手だ。
「そうですねぇ。効能は幾分か落ちますが、効かないわけではありませんし。夕方頃に薬屋へ行けば、出会えるかもしれませんよ?」
その言い方だと、朝採れ一番の新鮮な薬草のうち、加工が出来ない薬草だけみたいだ。時間が経つに連れ、最高品質→高品質→良品質とグレードは下がり、値段も下がる。
「煎じ薬って、家で煎じるんですよにぇ? 一般家庭の竈門事情ってどうにゃってるんですか? 火の魔道具もあると思うんですけど、普及率ってどれくらいにゃんでしょうか? 食事は一日二回ですが、煎じ薬のために、お昼に再度火を入れるのって、薪代もかかりますよにぇ?」
我ながら質問攻めで恥ずかしいが、『聞くは一時の恥。聞かぬは一生の恥ってね』。だから迷いなく、どんどん聞いていきましょう。
「そうですねぇ。魔道具の普及率は、第四層の住人は二〜三割といったところでしょうか? 薬草も、纏めて煎じれば便利なのですが、知識がない者の保管行為は禁止されています。なんと言っても、食あたりの危険がありますからね」
食中毒のことかな?確かに食中毒は、死人も出るぐらいだ。禁止するのは妥当かもしれない。
「それは怖いですにぇ。では保存が効く方法で、薬草を煎じた薬を作れば、問題解決ですにぇ」
エイルさんと話して核心を持ったが、やはりネックは消費時間の短さだ。冷蔵庫があれば煎じ薬も二・三日は持つが、薪代よりも遥かに高額。これでは、元の木阿弥だ。
だが丸薬にすれば、製法に手間は掛かるが、保存期間は格段に延びる。用法・用量は、鑑定に聞けばいい。なんて便利な世界なの、ファンタジー♪
冒険者だって、高額なポーションはいざというときの保険扱いが多いと聞いた。ちょっとの怪我なら応急処置で済ませるとも。だがここで怖いのは、有名な破傷風である。
異世界にはアスファルトはなく、石畳も大きな街の中や王都など限られた場所だけ。小さな街や村など、土は常に近くにある環境だ。
破傷風は、土や動物の体内や糞に存在する菌が、小さな傷口から侵入することが始まりだ。動物も身近な存在で、衛生観念に鈍い社会。これを鑑みれば、破傷風になる確率はグンッと上がる。
今なお、日本でも少数の死者を出している。丸薬と同じく、怪我の塗り薬も保存が効けば、最強に違いない!
「煎じ薬の保存が効く薬ですって!? そんな画期的な方法があるんですか!? どうやって作るんですか!?」
「……っ!? おっ!? 落ち着……落ち着い『
(我輩は、獣神だ。見習いとは言え神ぞ?何が猫パンチか! ミオはもう少し危機感を持てと常日頃〘うん。さっきのはちょっと焦った。ありがとう〙…ぐぬぅ。そのように素直に謝られては、二の句が継げん)
うん、知ってる……とは思わずに、無心で対応する。ジョウの説教は長いから勘弁である。
私とエイルさんの話し合いを静かに見守っていたジョウだったが、私の護衛として見過ごせない領域に達したようだ。ちなみにさっきの猫パンチは、良いところに入ったよ。
エイルさんは、ソファから転げ落ちて床で蹲っているけど。
「
「正気に戻りましたか?」
頬を押さえながら起き上がったエイルさんに問いかければ、彼は眉尻を下げ、申し訳なさそうに謝意を口にした。
「……ありがとうございます、ジョウ。ミオも、申し訳ありません」
「
「私は大丈夫ですよ。ジョウからは、次はにゃい! ……だそうです」
「勿論です。保証人が庇護者に危害を加えたとか洒落になりませんから」
「エイルさん。私の考えている丸薬が、煎じ薬と同等の効果を発揮するか分からにゃいんです。煎じ薬の長所は、本来の薬効が十分に発揮されることにあります。液体で体内への吸収が良いのも一役買っています」
「えぇ!ですから、実験ですよね!?ミオの言い方だと、製法は思いついているんですよね?ならば、後は試して鑑定の繰り返しです!さぁ、私と一緒に試しましょう!?」
「えっと……よろしくおにぇがいします?」
若干の不安を残しつつ、私は有力な協力者を得た。
「ですが、こうなれば真贋判定の認定申請の結果が待ち遠しいですね」
「へ?」
「どうされました?そんな狐につままれたような顔をして」
真贋判定はまだ終わっていないのでは?私はわけが分からず、エイルさんを見上げた。
「申請結果ですか?」
私がもう一度問えば、彼はニコニコと笑っている。
「えぇ。真贋判定の鑑定結果を昨夜に出したんですが。遅くとも明日の昼頃には、認定許可証が届くでしょう」
彼は自分自身で自白をしていると、いつ気が付くのでしょうか?
皆さん一緒に、第25話を振り返ってみましょう。
『真贋判定がまだ終わってないのですが…』
彼は確かに発言しました。ですが、真贋判定が終了しているなら、これは今日の朝の発言ですから、立派な嘘ということになります。
「エイルさんは、私たちに朝言った事をお忘れですか?」
私の言葉に、エイルさんの笑顔は固まり、目を瞑る。
「そんなこともありましたかね?」
さすがに嘘がバレたのが気まずいのか、視線が泳ぎまくるエイルさんだった。
とりあえず、予定よりも早くに街を歩けそうです!
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