第28話 知的好奇心
冷や汗ダラダラになりながらも、表情は何ごともないように繕う。
「神の縁者であることは、あなた達の瞳を見て薄々感づいていましたが……ここまで連続で罠に嵌められるとは。賢者形無しです」
肩を竦めて、冷めきった紅茶を飲むエイルさん。
『まぁ、儂に免じて許してやってくれんかのぉ。ミオは、この世界にやってきて日が浅い。姿通りに、この世界の常識に疎いんじゃ』
(ちょっ!? それっ! 転生者って言ってるようなもん!)
ガイア様の声に、私はワタワタと慌てる。例え、エイルさんに聞こえていないと分かって「分かりました。ガイア様に免じて、私がしっかりと教育致します」……聞こえてたーー!?
私をチラッ見るエイルさんに、私は思いっきり視線を明後日へ!
『おっと!? そろそろ時間じゃ! 儂は帰るからの。さらばじゃ!』
(ちょ!? 逃げたな!?)
(さもありなん)
(いっつも、他人事な反応しないでよ!?)
(他人事だからな)
(……オヤツ抜きだから)
(なぬ!?)
そっぽを向いていたジョウが、焦った表情を浮かべてこちらにダッシュ! 私の足にしがみつき、なにやらキュンキュン言っているが、一切無視である。
「とりあえず、保証人を引き受けてくれてありがとうございます」
私は全てをリセットするべく、平静を装い発言をした。もちろんお辞儀付きである。
「どういたしまして。ですが、私にも利があるお話でしたからね。これからは、対等といきましょう」
エイルさんも、私の気持ちを察しているのか分からないが、今はなにも聞かないでいてくれるようだ。
「分かりました」
「それで、ミオは薬草全般を教わりたいとのことでしたが、ポーションのレシピの種類以外もですか?」
「もちろんです。少し薬草の実験で、やってみたいことがありますから」
皆は理科の実験とか、ワクワクしなかった?私は実験とか好きだったな。せっかくガイア様が用意してくれた調薬釜もあることだし!
「…それをお聞かせ頂くことは、出来ませか?」
なにかウズウズとしているエイルさん。この人が何歳か知らないけど、たかだか四歳児の実験に興味を示すか?
「構いませんけど。他の方には、マナー違反ですよ?」
私のは、研究と名乗るのも烏滸がましい単なる好奇心の実験だけどね。
「分かっていますよ! ミオが研究したいことを知っていれば、教える薬草の目星が付きやすいでしょう!?」
最もな事を言っているが、本音はただの興味。知的好奇心だろう。
だがしかし、エイルさんの言うことにも一理ある。たくさんある薬草を闇雲に教わるよりは、好都合だ。
「分かりました。私の試したい事を教えます。但し、もう一つお願いがあります」
「なんでしょう?」
私のお願いと聞いて、エイルさんが身構えたのが分かった。仕方ないけどね。当然の行動だよね。
「昨日の明け方に、雛が孵化しまして…」
「雛?」
「きゅうちゃん、出ておいで〜」
「きゅう!」
かわいい鳴き声と共に、私の影からジャジャジャーン! ちなみに、きゅうちゃんの命名センスは、ジョウにズタボロに言われました。
「…なっ!? …は?」
「
「きゅきゅう〜」
よろしく!と言うように、片手を上げるきゅうちゃん。ちゃんとご挨拶出来て偉いわぁ。
「……もうなにも言う気力はありません。リード紙に書く条件は、ジョウと同じですか?」
至極疲労が詰まった彼の声音に、少しだけ反省する。
「ちょっとまってくださいにぇ」
私は鞄から、リード紙の写しを引っ張り出した。ジョウの条件を元に、一部書き換えやいらない箇所は削り、作成した。
【・きゅうちゃんは、ミオ・テラオの家族である。
・契約者エイル・リュタ・ラ・マグワイアの易になることはないこと。
・契約者が、きゅうちゃんに命令は出来ないこと。
・街に滞在中の期間、契約者の不利益になる行動はしないことを誓うこと。
・契約者に不利益な行動を起こし、契約者に損失が生じた場合、その補填を義務とすること。】
「これで、おにぇがいします!」
きゅうちゃんは基本的に、私の影にいることになる。外に出すのは、私の部屋の中だけだ。
「分かりました。従魔の印も後でお渡しします………はい、終了しましたよ」
「ありがとうございます!」
相変わらずの早業だ。私は満面の笑みで礼を言った。
「きゅぅ?」
きゅうちゃんは、自分の身体が光ったのが不思議で、視線があっちこっちと忙しない。
「それにしても、私が聖域に行けることになるなんて…」
うっとりと蕩けるエイルさんだが、なにかを思いついたようで、視線を私に向けた。
「そう言えば、私は転移が使えます。ミオたちも、聖域に用事があれば言って下さいね」
彼からの有り難い申し出に、私はどう返答すれば良いのか視線が泳ぐ。
(どうしよう。転移は便利だけど、私たちも急げば半日くらいで行けるんだよね?)
(あぁ。半日もかからん。だが、良いのではないか? 行きだけ転移で送ってもらって、帰りはこちらのリズムで帰れば。せっかくの申し出だ。なにも、無碍にすることはあるまい)
エイルさんのご厚意を、ジョウは受けろと言う。だけどそれって、アッシーじゃない?
「えっと、行きだけおにぇがい出来たりしますか? 帰りは、当てがあるので……」
私の定まらない視線になにかを悟ったんだろう。
「帰りは当てがあるって……じゃあやっぱり、あの魔導船の従騎はジョウだったのですね!?」
エイルさんの視線が、ジョウへと移動する。船員の話は嘘ではなかったんですね!? と若干興奮しているが、私は魔導船に乗っていなかったら、詳しくは分からない。
「エイルさん、私の実験を聞きたいんじゃありませんでした?」
「はっ!? そうでした!」
私は転移の話を終えたくて、話題をすり替えた。
「どんな内容なんですか? そして、何故それを調べてみようと思ったんですか?」
ソファから腰が浮き、ずずいと顔を寄せてくるエイルさん。
「ちょっ、落ち着いて下さい!」
「……すみません」
ハッとして我に返ったエイルさん。なんかこれが通常運転な気がしてきた。先が思いやられる。
「いえ。もしかしたら、前例がある研究かもしれません。それで私の実験ですが、ポーションの細分化が出来にゃいか?ということです」
「細分化?」
「はい」
前置きをしながら語った私の言葉に、エイルさんは首を傾げながら反芻した。そんな彼を見ながら、私は頷いた。
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