第4話

 

「しらにゃい空だ」


 チチチッ、チュンチュンと平和に囀さえずる鳥たちが舞う空を見ながら、独ひとりごちる。


 地球にある月は、昼は白く遠くにあった。触れる距離にはなかった。だがこちらの月は、「本当に触れないだろうか」と思わせる近さだ。惑星が間近に迫ってくる臨場感だ。体験するには、映画館の3Dで、鑑賞してみることをお勧めする……映画の種類では酔うこともあるので、注意が必要だ。


 臨場感がある3D映画とかで、納得できる様な景色である。


 木々が視界を邪魔しているが、神秘的な輝きはそれを物ともしていない。寧ろ木々に陰影がついて、視覚の美術的感覚に一役買っている。


「綺麗だにゃ。こんにゃ月が二個もあるにゃんて、贅沢だにゃあ」


 異世界転生は成功した私は、余韻に浸っていたけれど。なにか違和感がある。舌っ足らずなのは、もちろんだが。


「私の声、高くにゃいか?」


 私は、寝転がっていた身体を起こす。するとそこには、小さいあんよとお手々があるじゃありませんか。


「まぁ、にゃんと可愛らしいぷくっとまるっとしたお手々でしょう?……」

 と現実逃避をするが、悲しいかな。現実は、なにも変わらない。


「‥‥にゃんで、若返ってるんだろ?というか若返るにしてもやり過ぎだろ~!?…もしかして、スキルが多かった?それに、身体が耐えれんかったとか?もしそうにゃらば……仕方にゃいか?」


 最悪、消滅があり得た話だ。四歳くらいで済んで良かったと、思うべきなんだろうな。


『私のおかげなんですよ!』

「脳内に直で聞こえるとか、嫌にゃ予感しかにゃい」 


 時々、呂律が回らないのはご愛嬌だ!木にしてはいけない。


『もぉ~、嫌な予感とか失礼ですね?ウルシアですよ、女神です!』

「分かってますよ。ちょっと巫山戯ふざけただけよ」

『それにしても、ちっちゃくなりましたね?』


 ププッと笑いが零れそうになるのを堪える女神。


「にゃんで、幼児化したか知ってる?」


 多分、想像した答えで合ってるだろうけど。


『そうですよ!ミオが考えた通り、欲張った結果です。私が、頑張って調整しました!』


 頬を膨らまして、大変だったんですよ!?と少々オコな女神様。


「にゃはは~、やっぱり?耳が痛いわ〜」


 嫌な想像が当たったか。でも創世神様も、なんの躊躇いもなくサービスしてくれるんだもん。大丈夫って思うじゃん?


『そうですよ!ミオはこちらに来たばかりで加減が分からないのに、ガイア様ってば、神界の物差しでスキルを授けちゃうんですから!ミオが四歳にまで幼児化したのは、スキルに馴染む身体がその年齢だったからです!』

「まぁ、にゃっちゃったもんは仕方にゃいよ。にゃが生き出来るにぇん数が増えたと思えば、儲けもんだし」


 怒りが収まらないウルシラ様と、のほほんとする私。対比に温度差があるな。


『神界でも思いましたが、事故とは言え、私は貴方を殺してしまったんですよ?もっと責めるとか、怒るとかしないんですか?あまりにも反応が薄くて、拍子抜けしてしまいました』 

「だって今更慌てても、仕方にゃいものはしょうがにゃいじゃん?怒ってにゃんとかにゃるなら、今頃暴れてるよ」

『ミオが暴れるところが想像出来ませんが…暴れられたら、それはそれで怖いですね』

「でも、それで慌てて降りてきてくれたの?」


 ウルシラ様の呟きは捨て置き、私は小首を傾げて尋ねた。そうすれば、彼女は、キリッと真面目な表情になる。


『降りてきたのは、私がきちんと謝罪が出来ていなかったのと、ガイア様からのお詫びの品を持ってきたんです』 


「お詫びにゃら、加護をもらったよ?」

 

 しかしお詫びなら、加護という史上最高の品を貰ったと思ったけど、更に追加でくれるん?


『ガイア様からのお詫びは、幼児化に関してです。私は……この度は、誠に申し訳ございませんでした。心より謝罪致します』

「謝罪を受け入れます」


 私の言葉を聞いたウルシアは、ホッと胸を撫で下ろしたようだ。控えめな微笑みが、その証拠だ。


『それともう一人。私の喧嘩相手だった地球の神。名前は言えませんけど、彼からもお詫びを預かっています』

「地球の神様から?」


 ウルシアは、豊満なお胸から、一匹の動物をみょ~んと取り出した。その谷間のどこに、そんな余裕があるのかな? 裏山けしからん。


『ミー』


 少しだけ嫉妬の嵐が生まれ始めた私の耳に届いた、癒しの鳴き声。


「……こ、これはピューマ!?」


 そのモフモフを見た瞬間、私の身体はまた、衝撃の雷が流れされた。

 靭やかな身体に、細長い魅惑の尻尾!

太いおみ足なのに、鳴き声は猫とか……反則かっ!?


「くぅ!?」


 ちゃぶ台があれば、机ドンをやったのに!!


『……ピューマという動物に見えるのですか?それならば、彼の実体をそれに固定しましょう』

「ピューマじゃにゃいの?」


 慌てて顔を上げた私に、ウルシア様の説明が始まる。


『この子は、地球の獣神見習いなの。この世界は、日本より物騒だから、護衛役にと選ばれたのよ。神は実体を持たないから、下界で暮らすなら、実体を創る必要があるから』

「ほぇ~。神様の見にゃらい……そんにゃ人が、私と一緒にいていいんですか?」


 護衛をしてくれるなんて、とても心強いけど、かなりのVIP対応にビビっちゃう。


『彼の修行でもあるの。それに彼にしてみれば、人間の寿命は、昼寝をするくらいの体感よ……ね?』

『みっ!』

 ウルシア様の声掛けに、獣神様(仮)は、片足を上げて元気よくお返事した。


「……グフッ」

『『ビクッ!?』』

 

 私の漏れ声に、二人はビクッと慄いていた。私から距離を取り、なにやらコソコソと話し始める二人。


『女神様。我の主人は、こんな幼子で奇人なのですか?彼女は、不気味です。なんですか?あの「グフッ」という曇り声は……』

『幼子なのは外見だけよ。中身は32歳の成人女性よ。奇人は言い過ぎだけど、動物が大好きみたいだから!よっぽど嬉しいのね?それにしても、彼女のことは、奴から聞いてないの?』

『上層部から、突然辞令が来たんです。準備をするので、精一杯でした』

『そうだったの。アイツは、相変わらず大雑把ね。それならば、彼女のことを話しておきましょうか。彼女は、貴方と同じ地球に属する人族として生を受け、暮らしていたの。でも彼女の生は、突然終わりを迎えた。それも、私と貴方を遣わした神との喧嘩に巻き込まれて。彼女は、被害者なの。生を強制終了させられた魂は、地球の輪廻には入れない。お詫びとして、私が管理するこの世界で、生をやり直す提案をしたわ。幸い、彼女はこの手の話が大好物で、難なく受け入れてくれたの。普通は、罵倒されてもおかしくないんだけどね……』


 そうやって、苦笑いの表情の浮かべる女神様を、俺は眺める術しかなかった。

いっそ、罵倒された方が楽なのだ。その身に燻る思いを吐き出して、昇華する役に立てるのだから。幾らか、贖罪した気になれるから。


『そんなことがあったんですね。唐突な辞令に戸惑いましたが、それを聞いて納得しました』

『ふふっ、よかったわ……はっ!?殺気!』

 

 言いしれぬ気を感じ取ったウルシアは、周りをキョロキョロと見回す。


「いつまで、二人の世界で居るつもり?」


 ズモモッと負の影を纏ったミオに、ウルシアは慌てた。謝罪に来たのに、更に怒らせては元も子もない。


『あわわ……、彼には事情を話していたの!こちらには、急に来ることになったみたいだから!』

 

 必死に言い訳を並べるウルシアは、思った。確かに、時間をかけ過ぎた。神界の時間の感覚でいれば、下界などあっという間に時が過ぎる。

 ガイア様の二の舞を踏みそうになり、ガイア様を悪く言えないな……と、少しだけ落ち込んだ。

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