2-3


*****


 外に出ると周囲は本当に森だった。

 頭上を見上げてみれば、枝葉の合間からし込んでくるまぶしい光はあさであるように思える。


(アリアンヌ宮の客室でおそわれたのは夕刻だったよね……あそこから港まではすぐだからおそらく夜の内に私は船に運ばれて、それから内海を船でわたった……夜間とはいえおだやかな内海だし六時間もあればこっちの港に着いたはず。夜明け前くらいには着いて、そこから馬車でこの王宮の森まで小一時間かけて運ばれて、って感じかな……? それなら、やっぱり今は朝方くらいなのかな)


 木立の中にぽつりとたたずむ小さな館を後にして、眩しい緑の中を、ふたり並んで進む。


「これまでにも、妨害工作は何度かあったんだよね。いちばん初めのは、先月半ばだったかな……ちょっとしたさわぎがあったんだよ、王宮のかたすみで」


 ルーナからの説明をニコラは耳で聞きつつも、目ではしっかり彼を凝視する。

 そばで学びたいと勢いでお願いしたものの、彼と一緒に居られるのは、明日の朝に交易船が出るまでの間だけだ。たった一日のみというこの限られた時間の中で、王女のためになるように男性らしさをしっかり学ばねばならない。ニコラは気合い充分だった。


(襟元をゆるめてるあの感じ、男の色気というやつをかもし出してる気がする! ぜひしよう! それに堂々とした歩き姿も、足の運び方も……あ、あと常にゆうしゃくしゃくな感じで笑ってるのもたよれる男の人って感じを醸し出している気がするっ! 私もすぐあわあわしないで、こんなふうにならなくては……!)


 そんなニコラの様子に、ルーナは困ったように苦笑する。


「なんだかギラついた視線を感じるな……聞いててくれた?」

「はっはい勿論! えっと、これまでの妨害工作の件ですよね!?」


 相変わらずあわあわしながらニコラはしきりに頷いてみせた。


「そう、王宮の片隅でちょっとした騒ぎが起こったって話ね。とある保管部屋がらされる騒ぎがあったんだ」


 ルーナの漆黒の目がややしんけん味を帯びる。


「王家同士の婚姻に際しては、ぞうとう品を取りわすっていう慣わしがあるんだ。たとえば自国ならではの希少なほうしょく品や工芸品、王家のしょうぞう画、特別にあつらえた名酒とかね。このたびのユマルーニュ、ガルフォッツォ両王家の間でも勿論そのやりとりが行われてる。こんやく後、数度にわたってね」

「あ、その品々の保管部屋が荒らされたとか……?」

「まさに。ユマルーニュ王家へおくるために用意された高価な品々がぬすまれたり、それだけじゃなくて壊されたりもした。ただの高級品目当てのとうなんだったらわざわざ壊していったりはしないでしょ? どうもきなくさい。その後日、改めて用意された贈答品を積んだユマルーニュ行きの荷馬車がったから俺は追いかけたんだ、中身が心配でね。港の手前で追いついて、荷馬車を止めて、中を検めてみたら……酷い有様だった」


 ルーナが呆れたように首をふる。彼によると、その贈答品の品々はまたも壊されていた、というより、妙な小細工が施されていたのだという。アリアンヌ王女てのドレスが、しょうの着るような類いのドレスにすげ替えられていたり、王太子の肖像画が、ふざけたどうの絵画になっていたり、というような有様だったらしい。


「あとは……れた白しら百合ゆりくさったつたが組み合わさった花束まであったよ」

「えっ酷い! ユマルーニュ王家のもんしょうへのじょくじゃないですか!」

「そう、誰がいつのまにあんなあくしゅな小細工を仕込んだのかはしらないけど、どれもこれも明らかに侮辱を目的としてる。あんな代物があのままユマルーニュにとうちゃくしてたとしたら……」

「た、大変なことになりますよね……? 婚姻めとかにも……」

「うん、なりかねない。婚姻を潰そうとしてる連中がいるようだと、そこで確信になった」


 ニコラは言葉もなかった。思っていた以上に大変な事態に巻き込まれてしまっているようだと、今さらながら呆然としてしまう。


「その荷馬車ではしゅうかくもあってね。敵連中につながる痕跡が……とくちょう的な残り香がただよってたんだ。おそらくこうすいかな、甘ったるいミルクの中にかすかなこうしんりょうの刺激が混じってるような香りだった」


 ニコラはその香りを想像しようとしたがピンとこない。香水にはあまりえんがなかった。


「荒らされた保管部屋にも似た残り香があったと保管部屋付きの役人たちが証言したから、確かに連中につながる香りってわけだ。その同じ香りに再び出くわしたのが、つい昨夜のことでね。この森の近くでじょうの数人とすれ違った際に一瞬かすかに香った。そいつらが森に入ってったのを追って、一晩中捜しに捜してたら古い館を見つけて、その窓の隙間から、ちらっと見えたんだ……明らかに異国の人間が拘束されてる異様な光景が」

「わ、私……?」

「そう。そうやってついさっき、俺は君と出会ったわけだ。咄嗟に助けに入ったはいいけど……でももっと早く見つけられてたらっていは残るね」

「わっ!?」


 ぱっと手をつかまれ、ニコラは慌てた。


「せっかくのきれいな肌なのにこんなすいあとが……俺がさっさと見つけ出せなかったせいで申し訳ない」

「いえいえ別にこんなのすぐ消えますから!」


 手首に残る縄の痕を褐色の指先でいたわるようになぞられ、ニコラはその感触にどぎまぎし

つつ、彼の手の動きをじっと見つめた。


(ことあるごとに手をにぎってくる……これがガルフォッツォ男か……! こんなのたびたびらったら王女殿下、大変なことになるのでは……? 帰ったらとにかく殿下の手をにぎりまくって慣らして差し上げないとなぁ)


 ニコラが難しい顔をしてひそかに決意していると、ルーナが顔をのぞきこんでくる。


「まだ痛む?」

「いえいえいえ全然っ! らんのとおりたくましい体格ですので手首だってがんじょうで……って、あ……!」


 ニコラは前方に現れた光景に息をのんだ。

 緑の木立がれて、ぽっかりと空間が開けている。

 手前に広がる庭園の向こう側に、そうれいな王宮が堂々とそびえたっているのが見えた。

 まだ距離のあるここから見てもそのきょだいさがわかり、ニコラは思わずくぎけになる。広大な森にぐるりと守られた、ガルフォッツォ王国のちゅうすう。王族が住むというその場所は朝のしを受けてばゆかがやいていた。


(ほんとに私、王宮敷地内に居たんだ……随分と大層な場所にさらわれてきちゃったもんだなぁ……)


 ルーナが長い指で王宮をまっすぐに指差す。


「目指すはあそこだね。婚姻潰しの首謀者として疑わしい連中はたいていあの中にいる」

「首謀者の目星がついてるんですか?」

「婚姻をじゃしたい理由のある人間と考えればある程度はしぼれるからね」


 ルーナいわく、たとえば王太子の弟たちは、大国ユマルーニュの王女をはんりょに得た王太子が王位けいしょう者として完全にばんじゃくになってしまうのを嫌がる立場にあるので、今回の企みの黒幕である可能性が存在するという。あるいは、きゅうていで今現在権勢をふるっているさいしょうや役人らが、力のきんこうくずれるのをけいかいして、大国から来る王女の存在をはいじょしようとうごめいている可能性もあるし、ガルフォッツォとユマルーニュの二国にこれ以上結びつきを強められたら困るヴォスていこくなど他国の回し者の仕業という線も考えられるという。


「な、なんだかとてもたくさんあやしい人が……」

「そこから絞っていけばいいよ。例の残り香も手がかりにして。さっき拾った紅玉もね」


 さあ、とルーナに促されて足を進めようとしたニコラだったが、はたと気づく。


「ルーナさん、そういえば私って、今……捜されてません……?」


 先ほどの館で、柄の悪い男たちが確かに言っていた。消えたニコラのことを、とっとと見つけないと、と。男たちの耳障りなわめき声がよみがえってニコラはたんにぞっとする。

 人の居る場所へ行ったりしたら、たちまち彼らに見つけられてしまうのではないだろうか。

 髪も目も漆黒でかっしょくはだを持つガルフォッツォ人の中にニコラが交じったらいやおうなしに目立つ。


「ああ、平気平気。特に問題ないと思うよ」


 しかしルーナはあっけらかんと言い、ニコラの手を引いてずんずん庭園のほうへ向かってしまう。


「ちょっ、ちょっとルーナさん、まずいですって!」

「ほらニコラ、見てみなよ。あの中」


 ルーナが行く手の庭園を指差す。

 王宮の前面に広がる、王宮に負けじと広大な庭園では、整然と手入れされた色とりどりの花々がれいほこっていた。しかし、そこに集ってにぎやかにだんしょうしている大勢の人々の格好のほうが、花々以上に色とりどりで色あざやかで華やかだった。


(な、何これ……)


 庭園に足を踏み入れたニコラは、すれ違う人々をまじまじと見つめずにはいられなかった。道化師のしょうを顔にりたくっている貴公子に、金色のドレスと金色の仮面を身につけて光を放ちまくっている貴婦人に、そろいの極彩色のころもをまとって練り歩いている老しんたちの集団。誰も彼も異様に派手な仮装姿だ。


「ちょうど仮装とう会の時期なんだよ。王宮の大広間でも街でも、ガルフォッツォじゅうで大がかりな舞踏会がもよおされてる。会場以外でも、仮装しておどって飲んで歌ってのおおさわぎだ。夏の盛りに十日間続くこのおまつり騒ぎの最終日が、今日なんだよね。みんな朝っぱらから浮かれてるなぁ」


 確かに誰もが大声で笑い、うきうきした様子だ。楽の音もないのに踊りだしている人もいる。ただでさえ暑いのに熱気がいや増している。


「期間中、ここの庭園は一般に開放されてるから街の人も多く来てるんだ。だから今はね、部外者が目立ちにくい時期なんだよ」


 ルーナがにっこりと笑う。なるほどなぁと周りをきょろきょろ見回していたニコラは、あっ、と口を開けた。浮かれた人々の合間に、ユマルーニュの人間とおぼしき人たちも何人か交じっていたのだ。


「使節団が来てるらしいから、その人らも参加してるんだろうね。これなら君の雪の肌もそんなに浮かないでしょ。そのぼうは人目をひいちゃうかもしれないけど」


 そのとき突然、背後からニコラの腕を強く引っ張る者があった。まさか例の連中かと一瞬で青ざめたニコラだったが、ふりかえればそこにいたのは、見るからに人のさそうな赤ら顔の中年だった。


「おお! 正面も完成度高いじゃねえか兄ちゃん! こりゃ参った、おいらの負けだなっ」

「え……あのう……?」


 明らかに王宮の人間ではなさそうな彼はひとしきりニコラの容姿をほめそやすと、浮かれた千鳥足で去って行った。あっにとられていたニコラは、ぽかんとしたままルーナを見上げる。ルーナはかいそうに笑いをもらしながら、ニコラの全身をしげしげと見て頷く。


「どうやら仮装してると思われたようだね。そういえば君は確かに似てるよ、水を司る神に」

「え……」


 水を司る神――と聞いて、ニコラはあの森の中の館で目覚めた直後に見た天井画を思い出した。神が無数の蝶と戯れている、神話の一場面らしき絵だったはずだが、その神の姿がどのようなものだったかはあまり覚えていなかった。


「金の髪に青い目に白い肌を持つ美青年の姿で描かれることが多い神だからね。それに、たいてい青いしょうを身にまとってる。まさに今のニコラそのものだ」

「まあ青ですけども、ただの宮廷服なのに……まさか神様の仮装と思われるとは……」

「まぎれられてちょうどいいよ。水を司る神の格好をする人たちは多いからね」


 確かにそれらしき仮装の人たちは散見された。先ほどの赤ら顔の中年もそんなふうだった気もする。


「人気がある神様なんですね。うちの国ではあまり絵画などでもお目にかからないかも」

「この国は日照りで苦しみがちだからね。水のめぐみが切実に欲しいんだろう」


 ニコラは頭上を見上げて納得する。朝からこのつらぬくような陽射しだ。アリアンヌ宮で感じた暑さなどはこことは比べものにならない。


「今の国王なんて随分と熱心にしんぽうしてるよ。この数年はかっすいが酷いせいか年々のめりこんでて……おや、うわさをすればだ」


 ふと遠くに向けられたルーナの視線を追ってみると、王宮から十人ほどの一団がぞろぞろと出てくるところだった。

 先頭を歩いているのは、ひどくせた中年の男だった。膝裏まで達しようかという長いくろかみが目立っている。その後ろには、揃いの真っ白い衣装を身につけた者たちがしゅくしゅくと続いている。遠目でも、彼らの周囲にはひんやりとした空気が漂っているように感じられた。


「あれがガルフォッツォの国王だよ。先頭の痩せぎす男が」

「え!」


 目をこらして見てみれば、確かに長い黒髪の人物の頭には金色のかんむりが載っかっている。

 ルーナは粛々と進む一団から目を離さないままで、どことなく真剣な顔つきだった。


「後続が神官たち。今夜のしきの準備をしに向かってるところだろうな。あの王宮の裏側にはしん殿でんがあるんだよ。水を司る神のための神殿がね」

「今夜、何かの儀式が?」

「この仮装舞踏会の十日間も、言うなれば一連の儀式なんだよ。地上で派手にかざって騒いで、つれない態度の神の気をひきつける。そして最終日の夜にその総仕上げとして、神殿できっちりと儀式をおこなう。水を司る神に、雨をうわけだ」


 なるほどなぁと頷いているニコラの背中に、どんっと衝撃がぶつかった。

 ふりかえると、花のようせいのようなふわふわとした仮装をした女の子が、ニコラの背後でしりもちをついていた。


「やだごめんなさい! あたしったらしてたから!」


 申し訳なさそうにしている彼女を助け起こそうとしたニコラだったが、それよりも先にルーナが手を差し伸べた。


「さあ、つかまって。せっかくのてきな衣装がよごれちゃうよ」

「まあ……ご親切にありがとう、騎士様」


 ルーナを見るなり、彼女はうっとりとほおを染めた。そしてルーナのほうは、彼女の顔を見るなり、ぐっと身を乗り出して、彼女の手をぐぐっとにぎり直した。そんなふたりに対して、ニコラも傍からぐぐぐっと身を乗り出す。


(ルーナさんがなんか突然ぐいぐい行ってる! なんだかよくわからないけど絶好の機会だ! ガルフォッツォ男ならではの女子との接し方を傍から観察できる……!)


 花の妖精の女の子はうれしげに手をにぎられたまま、うっとりとルーナを見上げた。


「ねえ素敵な騎士様、貴方あなたはどなたに仕えてらっしゃるのかしら?」

「大した主じゃないよ。俺もさいしょう殿どのみたいな方に仕えたいものだね、君のように」

「まあっ! どうしてあたしが宰相様付きの侍女だとご存じなのっ?」

りょく的な女性は目立つものだからね。ねえ、ところで最近の宰相殿ってさ……」


 ルーナが女の子と何やらひそひそと会話を交わしたり、ふむふむ頷いたりしているところに、また別の女の子がひらひらと寄ってきた。こちらもやはり花の妖精風の仮装だ。


「あら、しょうかいしますわ騎士様、この子はあたしの侍女仲間なの」

「おや、君は確か、第二王子付きの侍女では?」

「まあっ、よくご存じですのね貴方! そのとおりですわ!」

「そうそう、第二王子といえばさ、俺が聞くところによるとちかごろ……」


 またもルーナは新たな女の子にぐぐっと接近して、ひそひそ会話を交わしたり、なるほどねぇと頷いたりしている。そんな彼らをじっと見守りながら、ニコラもふむふむと頷く。


(こういう感じでとにかく接近して手をにぎって、じっと目を見つめればいいのかな? だけど私、王女殿下に対して、あんなのやれる……? 親しみやすい御方だけどやっぱり高貴なひめぎみなわけだし、あんな接し方するのってヘタレな私には難度高くない!?)


 内心で唸るニコラをよそに、ルーナはにこやかな笑みを絶やさぬまま、花の妖精たちにさらにずずいと接近する。


「ところで君たち、いい香りだね。近頃は甘くてのうこうなミルクの香水が流行りだって聞いたんだけど、使ってる人とか知ってる?」

「え、そんなのあるかしら? 知らないわ」

つうは花の香りよね。ミルクのなんて嗅いだこともないわ」


 ミルクの香水と聞いて、やっとニコラは気づいた。


(そっかルーナさん、さっきから情報集めをしてたのか! てっきりわいい女子たちと戯れたいのだとばっかり……! そうだよ首謀者探しを私も手伝わないと! それに殿下の特訓に入る前にこっちでああいう接し方をじっせんしておいたほうがいいよね、うん!)


 早速ニコラは通りすがりの女の子にねらいを定めた。水を司る神の仮装をしている子だ。


「あのっ、こんにちは! あれっ、いや、おはよう……? えっと、同じ仮装ですね!」


 たどたどしい声かけになってしまったが、青い衣装の彼女はニコラを見るなり、ぽっと頰を染めた。ニコラはすかさず彼女の手をにぎり、ずいっと接近をはかる。ルーナのように、にこりと笑うのも忘れない。


「えっと何だっけ、どう切り出せば……そうだ、まずは所属か、あのっ、王宮のどちらで、どなたのもとでお勤めですか?」

「第三王子のところで侍女をしておりますわ!」

「おおっ、それはまた中枢で……えっと最近その方に不審なアレなどは……」

「そんなことより貴方のお話が聞きたいわ! あたしの自室でお茶をごちそうしますわ!」


 彼女は鼻息荒く、ニコラの手を引っ張って進みはじめた。ええっ!? とニコラが戸惑っているのにもかまわずにずんずん前進し、気がつけば庭園を後にしていた。

 イケメンに狙いを定めた女子のわんりょくなみたいていではなかった。ぐいぐい引っ張られていくうちに、もう王宮の表口が目の前だった。さすが情熱の国、女子もぐいぐい感がすごい。

 しかし前方を見て、ああ助かったとニコラはあんする。王宮入り口にはいかめしい衛兵がどどんと立っていた。どこからどう見ても部外者なニコラは止められるはずである。 だが。


「あ、おつかさまぁ。こっちの彼はあたしの部屋行きでーす、一緒に通りまーす」

「おー。ほどほどになー」

「ええっ!?」


 するっと入れてしまった。衛兵、さらっと通してしまった。


(ちゃんと仕事してよ……! もうやだこの国! 何なの情熱の国……!)


 さらに奥へ奥へとぐいぐい引っ張られながら、このままでは鼻息の荒い女子に連れ込まれてしまう! とニコラは焦った。

 しかし行く手をさえぎる長身のかげがするりと現れて、鼻息の荒い女子を足止めしてくれる。


「ごめんね、この子は俺に返してもらうよ」


 ルーナが、ニコラの腕から彼女の手を外してくれる。彼女は不服そうにつのった。


「困るわっ! あたしっ、この彼が好みど真ん中なのにっ!」

「俺のほうが困るんだよ、この子を連れてかれちゃ。悪いけど他をあたってくれるかな」


 ルーナはを言わせない笑顔で彼女に手をふりつつ、ニコラを促して足早に歩きだす。


「いやぁ驚いたよ。もうぜんと引きずられていったと思ったら、するっと王宮内部に潜り込めちゃうんだから」

「私も驚きました……お手数かけてすみません……なんか凄い国ですね本当……」


 並んで進む王宮の廊下はどこもかしこもきらびやかだった。すれ違う王宮の人々はやはり誰もが仮装姿で、ただでさえ豪華な雰囲気がより一層にぎやかになっている。


「ちょうど良かったよ、今度はこっちで調査にあたろう。さっきの子たちの証言でだいぶ的が絞れたからね。おおむねシロかなと思ってた首謀者候補数人がシロだって確信得られた」

「あの、私も真似して情報集めしてみようと思ったんですけど、ただ女子の鼻息を荒くしただけで成果は得られずで……めんぼくないです……」


「ああ、なんかたどたどしくいっしょうけんめいやってたね。やたら接近したり手にぎったりしてたあれは俺を真似てたの? なんだっけ、ニコラは男になりたいんだっけ」

「なんかへいが……うーん、なんと言えばいいのか……」

「ちょっとその件は俺まだよくわかってないんだけど、俺は何かするべき?」

「いえいえそんな、傍から勝手に拝見させてもらってますので、そのままでいてください! ルーナさんは大事なお役目も抱えてるわけですし、私も今度こそ、ちゃんと戦力になりたいなと……」


 そのときニコラは前方に佇む少女に気づいた。三つ編み頭でメイドらしき格好をしている彼女は、何をするでもなくかべに寄りかかってぼんやりとしていた。


(他の人たちと違って仮装もしてないし浮かれた様子でもない……ああいう子相手なら、私でもうまくやれるんじゃ……? よしっ、ルーナさんから学んだやり方をかして今度こそ!)


 ぐぐっとこぶしをにぎり、ニコラはルーナを見上げる。


「私も今度こそお役に立てるように情報を集めてきます! ミルクの香水のことなど聞いてみますっ」


 言い置いて、ニコラは小走りに三つ編み少女のもとへと向かう。

 近づいてみると、うつむいている彼女は随分とものげな顔をしていた。


「あの、どうかしました? 顔色が良くないですけど、ご気分でも……?」


 ニコラが声をかけると、少女は弾かれたように顔をあげた。そして黒い双眸を見開いて、ニコラをまじまじと真顔で凝視してくる。

 自分よりずっとがらな彼女にややされつつも、ニコラはにっこりと笑みをつくって、一歩近づいてみる。


「えっと、可愛い格好してますよね、どちらの所属なんですか?」


 そうニコラが問いかけた次の瞬間、少女の顔が、くしゃりとゆがんだ。みるみるうちに、その黒い双眸からなみだがあふれだしてくる。


「え!? えっ!?」


 仰天して青ざめるニコラの前で、少女はとうとう幼子のように声をあげてわんわん泣きはじめた。


「えっ、ちょっ……ごめんなさい私なにかしました!? 失礼なことでも……あっ、可愛い格好とか言いましたけど勿論あなた自身も可愛いですよ! 服だけめたとかじゃないんですよ!? ああダメだ止まらない! お願い泣かないでえぇ……!」


 少女のとどまることを知らないギャン泣きを前に、ニコラは為すすべなくあわあわし続け

るしかなかった。

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