2-2
*****
(今の人たちが私をここへ連れてきた……なんで……? 手駒って私のこと……?)
わけがわからない。なぜこんな
「おーい、君、
気がつけば、漆黒の
この人はどういう立ち位置の人なのだろうと、ニコラは不安になる。先ほどの男たちの仲間ではなさそうだが、だからといってニコラに害を
しかし彼は、ふるえの止まらないニコラの手をなだめるようににぎってくれていた。ニコラよりも大きな手は温かかった。その熱のおかげか、次第にニコラの
「あれっ……」
気がつけば両手の拘束も両脚の拘束もほどけていた。いつのまにか青年が縄を
き》ってくれていたらしい。
「ど、どうも、ありがとうございます……」
「おや、ガルフォッツォ語。わかるんだ?」
「まあ少々……」
「じゃあさっきの連中がまくしたててた内容は聞き取れたわけだね」
青年がにこりと笑う。
「君は今かなりの混乱の中にいるだろうけど……うん、とりあえずは場所を移そうか」
青年は
「お手をどうぞ、お
「あ、ご親切にどうも……って……えっ、おじょ……!?」
ニコラは
「おや大丈夫? 気をつけないと」
「なっ、なんで……! どうして私が女だって、わかったんですか……!」
「どうしてって。あれだけぴったりくっついてたらね、そりゃわかるでしょ。それに」
青年は、ぱっとニコラの手をにぎった。
「こんなきれいな肌、女の人のに決まってるし?」
女
て、女性として扱われている。
信じがたかった。それは異国の地に知らぬ間に連れてこられていると気づいたとき以上の衝撃だった。
「というか君、どうして男装を? 最近のユマルーニュ王国の
「これは……込み入った……事情が……お役目が……」
「なんか白目
とんでもないことを
「それじゃ
「それはもう、山のように……」
青年のあとをニコラはよろよろついていく。
気絶していた三人の男たちが
よろめくようにソファに座ると
すニコラの混乱は深まる。
「なんで、こんなとこに……ちょっと前まで王女
「王女殿下って、ユマルーニュ王国の末王女アリアンヌのこと?」
思いがけず反応があってニコラはぎょっとした。心の
「君はアリアンヌ王女と知り合いなの?」
「えっ、はあ、そう……ですね、はい」
「年の
「そっそんな恐れ多いっ! お
「王女の
何やらふむふむと青年はひとりで
「側付きなら、君も知ってるでしょ? ユマルーニュ王国の王女アリアンヌと、ガルフォッツォ王国の王太子との
突然の思いも寄らぬ話題に面食らいつつ、ニコラは頷いてみせる。
「その婚姻をね、
「え!?」
ニコラは目を剝く。
「婚姻をぶち
「わっ私がっ!? えっ、なんで!?」
「君が王女の恋人だから」
「はっ!? いやいやいや、だからそれは違いますって!」
「うん、そう
「へ……」
「そう誤解されるような心当たり、ない?」
「……」
あった。大いにあった。アリアンヌ宮ではいついかなるときも男装姿でキメていたし、王女とは毎日欠かさず室内で密会していたし、確かにあれでは恋人っぽさ
きっとあのとき客室内でニコラに何かを嗅がせた不審な侍女たちこそが潜り込んでいた間諜だったのだろう、そしておそらく女装男だった。複数の男手でならニコラひとりなど
「で、ですけど……
「使い道は色々あるんじゃない? 他国の王太子との
「こっ……そんな、
ニコラは
「そんな御方じゃないですよ! 殿下はそれはもう
「うん、ちょっとよくわかんないけどまあ落ち着いて」
青年も立ち上がって、馬をどうどうと落ち着かせるようにニコラの
ついつい声を
彼とかなり近い距離で向かい合う形になり、ハッと初めて気がつく。
(この人……! 背が! 高い!)
青年はニコラを見下ろせるくらいの高身長だった。これほど自分と身長差のある男性にニコラは初めてお目にかかった。ガルフォッツォ王国では珍しくない体格なのだろうか。
異国の男に目を向けてみたら、とか言っていたメラニーの顔がふと思い浮かび、ニコラは首をふって追いはらう。今はそんなことを考えている場合ではない。絶対にない。王女の婚姻
「わっ!?」
不意に彼が顔を寄せてきて、おまけに彼の指先で
「ちっ近いのですけどもっ!?」
「近づけてるからね。じっと見つめてくるから、もっと俺をよく見たいのかなと」
「もう
「そう?
にこっと彼は笑ってみせて、逆にニコラをじっと見つめてきた。
「うん、顔色も良くなってきたかな……初めは
ニコラの顎から指を
「まあ、そう心配しないで大丈夫だよ、俺がなんとかするから。どこの誰がこんな
彼の
(この人は、どういう立場なんだろう……やっぱりガルフォッツォの王家に仕える人かな。婚姻潰しを阻止すべく奔走してる身、ってことはそういうことだよね)
服装もまさにそういった感じで、白を基調とした華やかな騎士服が実によく似合っていた。ニコラも似たような型の騎士服を
「あのう、あなたは……」
「おっと失礼、名乗ってもいなかったね。俺は……そうだね、ルーナとでも呼んで」
「ルーナさんは、王家に仕える方なのですか?」
「まあ……そんな感じかな。王国の、忠臣だよ。王国のため身を粉にして働いてる立場」
にこりと笑って、ルーナはニコラの顔をのぞきこんでくる。
「君のことはどう呼べばいいのかな、ユマルーニュ王国のお嬢さん」
「あっすみません申し
「それじゃあニコラ、そろそろ行こうか」
「へ? どこへ……」
「どこって。帰りたくないの? ユマルーニュ王国に」
「え……あ、帰りたいです
ルーナは
「放り出すわけないでしょ、女の子ひとりで。といってもね、申し訳ないけど、すぐにというわけにはいかない。ユマルーニュ行きの交易船に乗ってってもらおうと思うんだけど、次の出港が明朝だからそれまではどこかに
「はいっ勿論! ありがとうございます、助かります……!」
妙な企みに巻き込まれてしまったのはひどい不運だったが、この親切な騎士に出会えたのはかなりの幸運だったといえる。先の見通しがたって、ニコラは胸をなでおろした。
「港の近くの宿屋にでも滞在してもらうとして、ここからだとちょっと距離があるんだよね。ニコラ、馬は乗れる? 北門から出るとしても小一時間は馬を走らせないといけないからさ。というかここから北門まで行くのだけでも時間くうし、まったく、王宮ってのは
「え」
ニコラは息をのみ、ルーナを
「今……王宮って言いました……? えっ、ここ……ここって王宮なんですか!?」
「言ってなかったっけ? うん、王宮だよここは。ガルフォッツォ王国の中心地」
「ほ、ほんとに……?」
ニコラは周囲をきょろきょろと見回す。確かにこの部屋の調度品は豪華で、きらびやかな装飾もそこらじゅうに
「まあ正確に言うならここは、王宮
「森の中の、館……?」
「大昔、何代も前のガルフォッツォ国王が
「な、なるほど……」
急にこの場が何やら
「今やすっかり忘れ去られた廃屋ってわけだけど、婚姻潰しを
借してるようだね。おそらく首謀者が、さっきの柄の悪い連中を……おそらく街で
行こう、と
だいぶ平静は
(ああ、でもお手本がいないんだったなアリアンヌ宮には……私の身近にもお手本になるような男の人はいないしなぁ……もっと王女殿下に強い刺激を
うんうん
「どうかした? うんうん唸って」
「いえ別になんでも……お気になさらず……」
「あ、ちょっと動かないでニコラ」
ルーナがまたもや顔を寄せてきて、しかも大きな手をのばしてきて頭に
「なっなんですか今度はっ!? 」
「うん、埃やら蜘蛛の巣やらがあちこちにくっついちゃってるからさ」
「えっ、あ、ありがとうございます……」
ニコラの髪や肩の辺りに付着したそれらを器用に取り除いてくれるルーナをニコラは至近距離からどぎまぎしつつ見上げていたが、不意に、ハッ! と思い至った。
(これだ……! この人だ……っ!)
ニコラはカッと目を見開いて、目の前の騎士を食い入るように見つめた。
(本物の男性のお手本っ! この人こそぴったりだよ、そうだよ、ルーナさんをお手本にすればいいんだ……!)
申し分ない人材だ。やたらと
やけに距離が近くてちゃらちゃらとした接し方は、まさしくこれぞガルフォッツォ男という感じだ。ただの男らしさのみならず、ガルフォッツォ男らしさを習得できたなら
彼から学んだものを持ち帰って、ガルフォッツォ男らしさを身につけたニコラが特訓を行えば、今度こそきっとうまくいくだろう。王女は克服できるし、自分は
「ルーナさん! ちょっと相談させて頂きたいことが!」
ニコラはルーナに向かってずいっと身を乗り出した。
「あのっ、私! 明日の出港時刻までの間、ルーナさんと
「え?」
ルーナは蜘蛛の巣を
「えっと、俺は今……口説かれてるのかな?」
ニコラはぶんぶんと首を横にふりつつ、ルーナの
「私を、男にしてくださいっ!」
「……は?」
「私、男らしさに
「ちょっと何を
ルーナは明らかにドン引き顔をしていたが、しかしニコラはひるまない。
「込み入った事情があるんですっ! 私の男性らしさが増すことで、我が国の王女殿下のこのたびの婚姻がうまくいくんです!」
「え、今回の婚姻
「
なんなんだこの子は……というような困り顔を浮かべてルーナが
「一緒にいてほしいって女の子にせがまれたらそうしてあげたいとこだけどね。でも今の俺は例の件の首謀者を
「
(そうだよ、殿下が無事に男慣れを習得できても、こっちの悪党の企みのせいで婚姻自体が潰されちゃったら何にもならないんだから。だから私も積極的に手伝うべきだよ、あんなに頑張ってた殿下のためにも……それからそれから褒美の婿を得るためにも……!)
ニコラはギラギラとやる気を
見つめ返しながらしばし考え込んでいたルーナは、やがて根負けしたように小さく笑いをもらした。
「まあ正直言うと、単独で動いてる俺としては人手が増えるのは助かるとこだね」
「え……大変そうなお役目なのに、おひとりで?」
「まあ、こっちにも込み入った事情ってやつがあってね。それに今回の婚姻を無事に成功させたいっていう思いは俺も君も同じようだし……うん、それじゃあ
「ありがとうございます……! 勉強させてもらいます! よろしくお願いしますっ!」
「では
足を
その
「宝石……?」
ふりむいたルーナがニコラの視線を追い、
「紅玉か。これはまた随分と値の張りそうな……装飾品から
「かつてのここの主のものですかね? 大昔の王様の愛妾だったっていう人の」
「いや、それにしては全然埃をかぶってない。おそらく最近の落とし物だろうね……ここを根城にしてる例の連中の」
あ、とニコラが目を見開き、ルーナは笑みを浮かべて頷いてみせる。
「こんなの
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