第三章
3-1
(息、が……。苦しい、どうして)
火の中で呼吸をしようとしているような息苦しさに、リリーはただただ
(こんな時に出てくるのが、どうしてジークなのかしら。
胸に温かな気持ちが広がる。自覚した
かすかにジークの声が聞こえた気がしたが、
(そうよ。私は明日のために
がばりと起き上がったリリーは部屋に差し込む光にほっと息を
「……最悪な
からからに
「これで
ぽっかりと心に穴が空いたような感覚がリリーを包む。
「……どうしてこんな気持ちになるのよ」
形容しがたい気持ちを
「お目覚めですか? リリアンナ様」
「えぇ。おはよう。アメリア」
灰色の目を少し見張ったアメリアに
「本来なら
「
スペンツァーを
(やっぱり何か変よ)
ドレッサーに置きっぱなしだったジュエリーボックスの
(どうして!? あれは確かにアメリアに
予想していなかった物を目にしたリリーは気が動転しそうになるが、息を吐いて落ち着かせた。反射的に閉じてしまったジュエリーボックスをもう一度開く。
色とりどりの
(アメリアが
行き着いた答えにリリーは青ざめた。確信を得るためアメリアへ質問を投げかける。
「明日はモントシュタインの新
「はい」
(なぜ
(心臓を|貫《つらぬ)かれた痛みはなかった。あったのは少しの息苦しさだけ)
理由が分からず
「あまり顔色がよくありませんね。……確か今日の
聞き覚えのある言葉に、
顔を上げれば、鏡
(明らかに
今までの
(……そういえば、足音で目が覚めたことがあったわね)
火事の最中に命を落とした後、一度だけ走り去る足音で起こされた。まだ
「あの水、
「? あれは……確かメイドだったと思います」
「それは……灰色の
「はい」
「っ、そう。ありがとう」
目礼をしたアメリアに気づかれぬよう、リリーは
(
今まで水に手を付けてこなかった。だというのに、昨夜に限って飲んでしまった。
(夢で息苦しかったのは毒の
鏡越しに飲みかけのグラスを
(私、毒の入った水をさっき口にして……。また死ぬの……? 嫌だ、死にたくなんてない。でも私の不注意のせいで……あと、どれぐらい時間が? ジークにどう説明したら……)
今にも泣き出しそうな赤色と目が合った。鏡の中の自分はひどく
(こんな顔、ジークには見せられないわ。賭けに勝ったとすぐに会いに来そうだもの)
リリーは目を閉じ、大きく深呼吸をしてから、目を開けた。
そこにはもう、迷いを抱えた少女は映っていない。決意を
「アメリア。気遣いありがとう。あなたに気がつかれるのだから、よほど
「かしこまりました。騎士団長へはなんと?」
「城下で事件が起こるかもしれないと」
アメリアは
予定調整のために退室したアメリアを見送り、足音が聞こえなくなってから動き出す。
尾けられると知っていれば、撒くのは容易い。
一番動きやすいワンピースに
「いるかと思ったのだけれど、いないのね」
リリーは少しほっと胸を
(今、ジークの顔を見たら泣き言を言いそうだもの。もう少ししてから会いたいわ。それに分かったこともある。再び毒を飲んだ時点で私の死は確定したようなもの。だけどまだ巻き戻っていないってことは、心の臓が止まるまでは巻き戻らない)
王城を
「毒を盛るぐらい、私が
バルコニーの目の前に立つ大木の枝に摑まり勢いを殺す。
さらに降りようと手を
反応が
「っ、ジークっ、そこどいて!!」
「は? っ、リリー!?」
代わりに訪れたのは少しの
「じ、ジーク」
「何やってるんだ、リリー」
「それはこっちの
「知ってる。それにしても、いつになく
「……別に。なにもないわ」
毒を飲んだと
リリーが顔ごと視線を外したのをいいことに、ジークがリリーの
ジークに包み込まれたリリーに
「ふっ。
からかうような甘い声が耳元で聞こえ、リリーは
せめて少し離れようと身をよじるが、さらに
「リリー。俺は……こんな賭けに勝ちたくなかった。リリーが無事なら、俺は身を引けたんだ。なのに、なんで死んだんだっ!」
背中に回ったジークの手が
「ごめんなさい。あなたを置いていって」
「っ、謝ることじゃない。悪いのはリリーを手にかけた
ているのか?」
「……いえ。でも片方が死んでも二人とも巻き戻ってしまうって分かったわ」
リリーはこれ以上ジークを揺らがせてはならないと
「ねぇ、ジーク。力を貸してくれる?」
顔を上げたジークと目が合う。
「あぁ。もちろんだ」
「きゃっ!? ちょっと!」
リリーを軽々と抱き上げたジークが歩き出す。
「城下に行くんだろ?」
「そうだけれど、降ろして」
「
「そんなこと……って城門から出るつもり? 誰かに見られるのは
ジークが進む方向には城門がある。門番に見つかればリリーは部屋にとんぼ返りだ。
「
「っ、私をからかって楽しい?」
「どんなリリーも余すことなく見てみたいからな」
「答えになっていないわ」
今まで以上に甘い顔と声でリリーを構うジークに、リリーは
城門に着いた二人は気配を消してそっと様子を
ちょうどレヴェリーが門番に
「どうかお取り次ぎをっ」
「ええい! 殿下は忙しいのだ!! 散れ!!」
「もう半年になるんだ! まだ見つからないなんて職務
!?」
必死に門番に
(今、私達に気がついた)
気配を殺しているリリー達に気がつくレヴェリーは、やはり皇帝の手先なのだろう。
ジークが歩き出すと、レヴェリーは示し合わせたように声を張り上げた。
「本当に
「騎士団は忙しいんだ! 一つの事件ばかりに注力できない!」
表通りに着いたリリーはようやく
(放火を止めるためにあの三人を待つ? それともカジノや他に何か見落としが……)
カジノへと歩き出せば、リリーの
「ありがとう」
「スリか、女に
「誓っては、ないような気がするのだけど」
「同じだ。それに俺にリリーを守らせてくれる約束だろう?」
「……好きにしたら」
リリーの言葉に、ジークはいいことを聞いたとにんまり笑った。
「そんな可愛いこと言われると、もっと構いたくなるな」
「っ!?
急に近づいてきた造形美に
「
「まぁ! 一年先まで予約が取れないと有名なあの?」
「あぁ、そうだ。行きたいと言っていただろう?」
「ミアが行きたいって言ってたの、覚えてくれてたの? スペン様大好き!」
仲
リリー達は二人の会話を聞き取れるほど近い距離にいたが、スペンツァー達は気がつかず通り過ぎていく。
(そうだ。あの二人が
注意力
「この距離で気がつかないのか」
「そういう人よ。喫茶王冠ってなんで貴族に人気なの?」
「ん? そうだな。
「
まるで訪れたことのあるような口ぶりに、胸にもやもやとした感情が
「なんだ? 行きたいのか?」
「べ、べつにそういうわけじゃ……」
「本当分かりやすいな。そんな
ジークがリリーの手を取り、スペンツァー達を追うように歩き出す。
「ちょ、そんなんじゃ……。そもそも一年先まで予約が埋まっているって、さっき」
「大丈夫だ。絶対入れるから。それに俺が行きたいんだ。付き合ってくれるだろ?」
「なんでそんなに自信満々なのよ」
「んー。秘密」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます