第一章
1-1
ディアマント王国。その王都にある王宮内で
ホールの奥には
王家主催時にのみ許された純白のテーブルクロスには銀の食器が並べられ、一口大のケーキやみずみずしい果物が盛られている。
使用人が配るワインも銀のグラスに注がれており、食器という食器は全て銀製の物が使われているのが一目でも分かった。
毒が混入すると色が変わる銀は、
なぜならこの夜会は、モントシュタイン
(でも私は新皇帝の容姿も
ディアマント王国第一王子の
代わりに目に入ったのは、母と同じマルベリー色の
(相変わらずね。……あ、食事をしているからかしら?)
フォークを口に運んだ
「
「あんな野蛮人が次代の
「そうそうバルコ
(卑しいのはどっちよ。リュビアンの
口から出しそうになった言葉を食事と
それはリュビアン公国に住む人々の
公国に住む民は、男女問わず一人歩きを始める一
第四
(私が
王国と公国で
表向きは第一王子の婚約者という立場を
た婚約に愛などない。
貴族達が
(でも私が
想像しただけで背筋にひやりとした
(私が殺されるだけならまだマシよ。でも、私の死が戦争に
しまったら、私はリュビアンの民に顔向けできない。たとえ公主の
ても、一国の姫として責任を持たなくては)
第四公女であるリリーだが、公国ではいないも同然の
公国の統治者一族は、髪と
不義理の子だと三日三晩食事を与えられないことや、授業中少し
はじめは誰にも気づかれぬようコッソリと。しだいに過激になっていったそれは、リュビアン公の耳に入るほどになったが、父が
むしろ、父が見て見ぬフリをしたことで
リリーには同腹の姉がいたが、
髪と瞳に赤を宿して生まれたソフィアは、リリーが生まれるその日までは
なく温かな食事を囲み、家族と笑い合っていたのだから。
公主の娘として
だからこそ、リリーは人質としての
婚約相手が自身を見てくれることを願って。
(まぁ、そんな望みも打ち
何事も起きなければそれでいいわ。王妃になれば簡単には手出しできなくなるもの)
婚約により公国から抜け出したリリーは、王国の待遇に多少の不満はあれど、表だって不満を
たとえ婚約者から一度も
母の形見であるアレキサンドライトのピアスは、今もリリーの耳元で
(ピアスが幸せを教えてくれるなんて、本当かしら?)
内心ため息を
流行が過ぎたオレンジのドレスには、フリルやレースがふんだんにあしらわれていた。
誰がどう見ても、身長が小さく
せめてもと高さを
(純白のドレスだったら、いいえ。私が認められていれば……)
王族に連なる者のみ着ることを許された
リリーに純白をまとうことが許されていれば、
(たとえ認められていなくても正式に私が殿下と
今の待遇を
だが、リリーの居場所は婚約者の
漏らさず逆らわない公女であるのが、リュビアンの民のためになるのだから。
(さて、エスコートも満足にできない未来の
食器を使用人に
するといつもの
(あらあら? 私、何かしたかしら?)
いつもとは
(やっと来たわね。今からでもちゃんとエスコートしてもらわないと)
当然のようにリリーは婚約者の元へと足を運ぶ。その足取りに迷いはない。
婚約者がコツコツと階段を降りて来たかと思うと、彼は
「リリー!! お前との婚約は
一瞬にして演奏が止まり、令嬢はダンスをやめ、
きらびやかな
自信に満ちた彼を彩るように、光に照らされた
婚約破棄よりもリリーに
ラングレー
スペンツァーに
(純白の、ドレス)
少女が着ている白色のドレスから目が
スペンツァーが望めば純白のドレスが着られたのだと、心臓が嫌な音を立てている。
純白のドレスさえ着られたなら、と抱いていた
しかし、リリーは内心の
口を開かないリリーに
「
観衆の目に
(国母? 今、国母って言った……?)
ミアを側室にと
男爵令嬢であるミアでは明らかに地位が足りない。
スペンツァーの後ろ
ないない
(あぁもう。どうして今なの? いえ、悲しんでいる
衝撃から
リリーはゆったりと首を傾げ、困った
「まぁ。そんなことができると本当にお思いですか?」
「できるさ」
胸を張るスペンツァーは
(そうだった。こういう時の殿下に何を言っても
スペンツァーは国内貴族や各国の要人が集まるこの場で婚約破棄を宣言してしまった。
その
(まぁ殿下の無能っぷりは今に始まったことじゃないけれど……)
リリーが十、スペンツァーが十二歳の
そこは足の
部屋の
その代わりに使用感があったのは大量に散らばる幼児向けの
簡単な公務の代わりに玩具で遊んでいたのだ。頭が痛くなるのも当然だろう。
その上、気分で予算を使い切る
努力
想定外の事態が起こった時の対処法から、
かわ》いた地面が水を吸収するかのように知識を
(和平のためにずっと
リリーが似合いもしない流行遅れのドレスを着るのも、王宮の
(私が婚約破棄されたら、公国に条約
ため息が出そうになる口から言葉を
「国母となるのは私のはず。それに私との婚約破棄にはそれ相応の理由が必要ですよ」
「理由だと? しらばっくれるな! この罪人め!
「罪人……?」
「
ホールの
兵が動くのは罪が確定した相手にだけ。つまり、リリー
(だから今日は殿下をいさめなかったのね)
リリーが罪を
衛兵に
「無礼ですよ。
「なにをしている! 早く連れて行け!」
「殿下。最後に一つだけ答えていただけますか? 私の罪状は?」
「は? 罪状……?」
スペンツァーが
助け
(罪状も覚えていないのによく断罪しようと思ったわね)
あまりにもお
侍従の金の腕時計をぼんやりと
た。得意げな顔のスペンツァーが書類を
「
何に対して感謝をすればいいのか。
「城の外に馬車を用意してある。分かったらとっとと出て行け!」
「……わかりました」
リリーはすっと足を引き、お手本のようなカーテシーを行う。
「
顔を上げ、にっこりと笑顔を浮かべた。
これはもう意地だ。
「それでは皆様。ごめんあそばせ」
そして、現在。
リリーは真っ暗な森の中を全速力で
そんな
(あぁもう! よりによって
もとより和平のための政略結婚だ。正直、
リリーが正妻であれば、戦争が起きない。それだけで満足だったというのに――
(今私が死ねば戦争が起きてしまうわ!)
馬車が森の中へ入った
(
馬車が襲われた際、
動かなくなった馬車の中で、襲われると理解しながら
(あの子はちゃんと逃げられたかしら?)
人一人が通れる小さな窓から侍女を逃がしたものの、同じように逃げ出した時に見つかってしまったのだ。その後散り散りになってしまったため、侍女の安否は分からない。
(ただ私ばかり
月明かりの届かぬ深い森はリリーの姿を隠してくれるが、少しでも速度を落とせば
ってしまうかもしれない。しかし
(もし盗賊の仕業に見せかけて私を殺すのが目的だったら? だとすれば、侍女を追わない理由も、馬車の中を
夜の森の寒さとは違う薄ら寒さがリリーを包む。
(
なんとしても逃げ切らなければならない。リュビアンの民のために。
「まだそう遠くには行ってないはずだ!!」
背後から
息を
(
盗賊の動向にばかり気を取られていたからだろう。少し離れようと身を引いた瞬間、木の枝にぶつかってしまった。
「いたぞ! こっちだ!!」
しまった、と思う間もなく反射的に
(これなら走りやすいわ)
すでに見つかっているのならと音も気にせずリリーは駆ける。
視界の
森を抜けた先にある
(馬車を襲ったのは九人。足音の数からして全員ついてきているわね。……あら?)
視界に森の奥に小さな光が見えた気がして目を
(まさか新手?)
(動く気配はないけれど、
視界に
リリーの死角から飛び出してきた盗賊の手がリリーの髪を摑んだ。
「
「痛っ。離しなさい!!」
力任せに引き寄せられ、髪が悲鳴を上げる。ぶちぶちと髪の切れる音が聞こえたのは気のせいではないだろう。視界の端でミルキーホワイトの髪が地面に落ちていく。
「手間かけさせやがって。ったく。大人しくしろよ? 殺されたくなければな」
森の中といえど、街道までは枝が伸びていない。月明かりのおかげで周りがよく見える。
リリーはこの
「お決まりの
「はっ、違いねぇ」
目を動かし騎乗していた二人組の場所を
(ああもう! 目を離すんじゃなかったわ! どこに行ったの!?)
もし今騎馬が襲いかかればリリーはひとたまりもない。彼らが敵だった場合、
(いえ、そもそもすぐ加勢しない時点で敵でも味方でもない可能性が高いわ)
何のためにいるのか、答えはすぐに浮かんだ。
(私の死を確認するために? ならまずは盗賊をなんとかすべきね)
騎馬よりも先に盗賊をどうにかしなければならないと結論づけ、リリーは問いかけた。
「それで? 私は殺されるだけですむのかしら?」
リリーの問いに顔を見合わせた盗賊達は
「そりゃあ、楽しませてもらった後で殺すに決まってんだろ?」
抵抗するとは思われていないのか、油断と
(九人全員、同じ服装に
彼らの立ち位置を把握し、リリーは口角を釣り上げる。
「なら私が大人しくする必要もないわよね」
リリーは髪を摑む盗賊の腰から剣を勢いよく抜き――
――勢いのまま、長い髪を切り落とした。
地面にミルキーホワイトの髪が散らばる。
令嬢の命である
「ぐわっ!?」
すぐさま自身を
「ぅ、の
これだから蛮族は嫌いなんだ!」
仲間に
「私がリュビアンの民だとなぜ知っているの?」
一般的に赤色の髪を持つ者をリュビアンの民と呼ぶ。しかし、リリーは赤色の髪を持たない公女だ。一目で公国出身だと分かる者はいない。
その蔑称はリリーが公女だと知っていなければ出てこないはずだ。
「あら、だんまり? でも少し詰めが甘いんじゃない? 侍女を追わないだなんて」
わざと笑顔で
合図もなしに
休む間もない
単純な力では
振り下ろされた剣を受け止める。剣身を滑らせていなせば、地面に
た一人と増えていき、盗賊の数が瞬く間に減っていく。
(あと五人。あと少しなのに、もう油断して斬りかかって来てはくれないわね)
反射的に身を
(今、後ろから何が飛んで……!?)
視線だけ動かしよく見れば小さなナイフが地面に刺さっていた。
ナイフが飛んできた方向を確認しようとするが、
「しまっ―― ぅぐっ」
途端、
ゆっくりと剣が抜かれ、ぐらりと視界が
(あ、れ……? 私……。なんで月が……?)
リリーは糸の切れた
真っ赤なぬかるみに包まれた背中は生温かく、鉄くさい。
「ぅ、あ」
口から零れたのは、叫び声ではなく命の源だ。頭から足先まで感覚がない。
満月を
体中が脈打つような、臓器の底から
『いい? もしリリーが心の底から助けてほしいと思った時はピアスにお願いするのよ』
(私の、願い……)
『そう。お願いするのよ。そうすればきっとクロノス様が助けてくれるわ』
重い腕を動かし、夜会から付けっぱなしのピアスへと
(っ、私は、こんな所で終われない! この手で幸せを摑むまでは……!!)
リリーが動いたことに
それがリリーの見た、
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