死に戻り公女は繰り返す世界を終わらせたい

藤烏 あや/ビーズログ文庫

序章


 雪うさぎのような少女がかかえた宝石箱をバラのかざられたサイドテーブルに置く。


「ありがとう。リリー」


 えへへとはにかむリリーの頭をごほうでるのは、彼女の母だ。

 しんだいこしける母へすり寄れば、病人特有のにおいが鼻につく。


「お母さまもリリーもこんなに待ってるのに、お父さまは今日も来ないの?」

「あらあら。そんなことを言ってはよ? 父様はいそがしいの」

 リュビアン公国の公主からちょうあいを受け、側室としてし抱えられた母だが、リリーが物心つくころにはすでにしきの奥にあるこのせまい部屋に押し込められていた。

 しかし、母は一度も不満をらしたことがなかった。ただサイドテーブルに飾られたバラを見てはかなげなほほみをかべるだけだ。

 そのバラは母の名をかんしたもので、それがれてしまえば、母の命もきてしまうのではないか――そんなさっかくいだかせた。

 自身が持ってきていないはずのバラを見て、リリーはくちびるをとがらせる。


「お父さまも、お姉さまもきっとリリーがきらいなの。今日みたいに馬術とかけんじゅつとか授業でおそくなった時は姉さま、お母さまに会いに来てるもん。会ってないのはリリーだけ」

「そんなことないわ。みんなリリーのこと大好きよ」

「じゃあなんでお姉さまはリリーに会ってくれないの?」

「うーん、まだリリーには難しいかもしれないわ。でもね。今ははなれていても、いつかき

っとおたがい支え合える日がくるから。今はいい子に待ちましょう?」


 マルベリー色のかみを耳にかけた母が、リリーの額に口づけを落とした。


「いい子にしてたら、お姉さまといっしょにいれる?」

「えぇ。これからもいい子にできるようにお守りをあげる」


 そう言って母は宝石箱から取り出したピアスをリリーの手にのせる。

 リリーの手のひらの上でかがやくのはおおつぶのアレキサンドライトのピアスだ。

 ろうそくの光に照らされてあかむらさきいろに輝くそれに、リリーの口からかんたんの声が漏れた。


「……きれい」

「これはね、母様がおちゃんからもらった大切なものなの」

「お祖母さまから……? とっても古いってこと?」

「ふふっ。そうね、とっても古いのよ」


 られたようにピアスを見つめるリリーに、ますます母はみを深くした。


「このピアスは母様の一族が代々受けいだ物なの。母様と血がつながっていれば、ピアスがリリーを守ってくれるわ」

「姉さまも守ってくれる?」

「もちろんよ。さっきソフィアにもネックレスをわたしたの。二人で大切にしてくれる?」

「うん! わかった! 姉さまと大切にする!」


 元気よくうなずいたリリーの手を母はピアスごと包み込む。


「いい? もしリリーが心の底から助けてほしいと思った時はピアスにお願いするのよ」

「ピアスに、お願い……?」

「そう。お願いするのよ。そうすればきっとクロノス様が助けてくれるわ」

「クロノス様?」

「母様の一族が代々しんこうしている神様の名前よ」


 公主にめられるまで母はろうの民として国から国を渡り歩いていた。そのため独自の価値観が根付いており、クロノス神をまつるのもそのうちの一つだ。


「じゃあクロノス様にお願いしたらどうなるの?」


 意味が分からず首をかしげるリリーに、母は続ける。


「そうね……。きっと不思議なことが起こるわ。でもどんなことが起こってもこわがらない

で。……もちろんお願いするような事態にならない方がずっといいのよ」

「んー? よくわかんない!」

「今は分からなくても忘れないで。将来、リリーに大切な人ができたら二人で分け合うの。子どもが生まれたら、今日の母様のように教えてあげてね。母様との約束」


 いつになく真剣な母の姿にあっとうされながらもリリーは頷いた。するといつものほがらかなふんもどった母がやさしく微笑む。


「きっとピアスが幸せを教えてくれるわ」

「……なつかしい夢」


 小さな声だったが、狭い部屋にはしっかりとひびいた。

 身をばせば質の悪い寝台がぎしりといやな音を立てる。だがリリーは気にもとめずに起き上がり、ドレッサーに用意されたアレキサンドライトへ目を向けた。

 アクセサリースタンドで赤紫色に輝くそれは、夢で見たままだ。

 心温まる思い出にひたる間もなく、いきなり自室のとびらが開かれる。


「リリアンナ様。おたくの時間です」


 しつけな専属じょの言葉にリリーはため息交じりに頷いた。


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