形勢逆転

 「な、なんで…!? し、死んだんじゃなかったの!?」


 東間はその場から立ち上がり、ビリビリに破いた自分の衣服を抱え、警戒した。

 台地に色仕掛けをしようとした矢先である。東間は自身のあられもない姿を隠した。

 「うっ… ぐすっ…」

 台地もその間、ゆっくりと起き上がった。一時は自分の尊厳を脅かされるのではないかと、恐怖で身を震わせていたが、ナオのためにも怖気づいていられない。


 ナオはなお、冷静だった。


 「それね。嘘」

 「は?」

 「母と相談し、私・阿仁間ナオが死んだという噓情報を流してやったの。通報者であるNPO法人の方は、息子さんの母校であるこの学校で以前から起こっている一連の問題に懸念を抱いていたそうでね。そんな中、私が毒を盛られたという話を耳にし、流石に全校生徒の外出を自粛すべきだと、すぐ強いクレームを入れてくれたってわけよ」


 それであの全校集会へと発展し、今日に至る。

 杯斗の死後、すぐに部活動の廃止を要請した時の様に、ここの教職員は保護者からの過剰なクレーム、つまりモンスターペアレンツには頭が上がらない。相手がNPO法人、それも卒業生の親となればなおさらだ。ナオはそれを逆手に利用したのであった。


 東間はこれまでにない鬼の形相で、ナオを睨み、憤怒を露わにした。

 今の東間は、物凄く醜い。


 「あなた… よくも、よくも騙したわね!? 学校全体をこんな、混乱させて、どうなるか分かってるの!? 学園長から、如何なる処分が下されることか!」


 「これ以上、誰かが殺されるくらいなら、私一人が処分を下されて終わりにさせる。こっちはそれだけの覚悟をもってきたの。

 もう、あなたと梶原達の好きにはさせない。そうよね? 園田くん」


 東間が「え?」と振り向いた先、台地は既に体勢を持ち直し、ドアの前に立っていた。

 台地は、

 「あぁ」

 と、低い声で返答する。彼も、実はナオが本当は死んでいないと分かっていて、ラムたちの前では泣く演技を見せていたのであった。台地は続けた。


 「ラムを病院へ送った日。梶原達に依頼して、部長を襲うよう尾行させてたんだろ?」

 「なっ!」


 ――俺はその時に、部長と約束をした。




 それはラムを病院へ送ったあと、帰りをナオの自宅前まで同行した、あの日。

 ナオが「耳を貸して」といい、台地にこう告げたのだった。



 「実は杏子たちの事件がニュースになってから、母と離婚して音信不通だった父が急に現れる様になってね。私、早生まれだから、今のこの状況から娘を救うといって親権を奪う魂胆みたいなの。私はそんなの嫌だから… この戦いが終わったら、海外へ引っ越すわ」

 「!!」

 「話を戻すけど、実はラムから情報を聞きだせた。弁当の渡し主は、あの東間さんだって。食料援助を受けさせられている事を理由に、『不正受給で捕まりたくないなら私に従え』と、ずっと脅されていたみたい。だから、ラムはその事を誰にも相談できず一人で…

 にわかに信じがたいけど、私は東間さんが一連の主犯格とみている。今はこのまま泳がせ、犯罪の証拠を集める事にするわ。詳しい事はまた、後日口頭で話すから――」




 「――部長を家へ送った後、分かりやすくあの先輩達が現れた。奴らは部長を襲う機会を失った腹いせに、俺に強く当たってきたけど、その時に梶原が自分からこう明かしたんだ。『俺には親が市議やっている金持ちの女がいる』と。後で部長にきいたら、お前の世帯情報と見事に一致したよ」

 「く! あのバカ…!」


 東間は小声で憤慨した。だが、すぐに悪あがきで言い訳を起こす。


 「で、でもそれはあくまで彼らがそう言っただけでしょう!? 私が違うと言えば、最早そこまでだけど!?」

 「ねぇ東間さん。あなた、一つ大事なことを忘れているみたいね」

 「え?」

 「実はね。つい昨日、あの鷹野莉々が意識を取り戻したのよ」

 「!」


 そういえば、鷹野の自殺については暫く続報がなかった。

 事を荒げないよう、台地とラムは黙っていたが… ナオがこう続けた。


 「彼女には、なぜ身を投げ出したのかゆっくり聞きだす事にしたの。莉々は泣いていた…『妹に、傷を負わせてしまった。親がいない所を、梶原達が突然家に入ってきて。私のせいで、だから死んで償おうと。ごめんなさい』と」



 すると東間が視線を遠のかせ、冷や汗をかく。

 どういう話なのか、心当たりがあるのだろう。


 そしてそれは台地にとっても、ナオにとっても、東間に対する一種の「殺意」を覚えるものであった。

 どこまでも汚い手を使う女だ。こいつと梶原達は、絶対に野放しにしてはならない、と。


 「で、でもそれって『つい昨日』って、あなた言いましたよね…? その頃には、あなたは死んだ事になっているはず! なのに、どうやって面会なんか?」

 「あら。私が面会しにいったなんて、いつ言ったかしら?」

 「え?」

 「莉々に面会し、証言を元に警察に通報し、そこのドアを閉めていたのは…」


 「俺だよ」


 「!?」


 ドアの方向から、台地とは違う、澄んだ男性の声が響いてきた。

 東間は声の主が誰なのか、すぐに分かった。「ひゃ」と高い悲鳴を上げ、ボロボロになった自分の姿を隠すようにうずくまる。


 いつの間に開いていたドアから入ってきたのは、生徒会長の鳳誠司であった。

 誠司の青い目が、深淵のように冷たい。


 「梶原達の行動には、以前から問題があった。だけど確たる証拠がなくて、暫く頭を抱えていてな。でも、奴らが鷹野家を襲うタイミングを見計っていた証拠はもう掴んである」

 「ま… まさか」

 「そうだ。その日、鷹野さんのご両親を『私用』として料亭に誘ったのは、君の父親である市議の東間謙造さんと、ここのOBである落語家の養老亭さんの二人だ。ご両親はその時の様子を写真に撮り、SNSに上げている。レシートもある。もう言い逃れはできないぞ」


 そういうと、どこからか異様な音が聞こえてきた。


 ウイーン、ウイーン…

 「やっときたか」


 と、ナオが囁く。彼女は窓へと目をやった。

 音の正体はパトカーのサイレン音。ナオが通報を入れたのである。


 東間の目が、絶望へと変わった。


 「他にも沢山証拠を取らせて頂いたわ。さっき園田くんがいった、彼の自宅への放火問題。彼は偶々お母様と一緒に別の所へ寝泊まりしていたから、事なきを得たけど、その放火の瞬間を見かけた人の通報で、犯人らは現行犯逮捕されたの。外国籍の男を三人、それも皆が寝静まっている午前三時に! 遅かれ早かれ、彼らは指示役が誰か明かすでしょう」

 「うぅ」

 「それだけじゃない。あなたが捨て駒に罪を擦り付けるために、その人を経由して私に差し出したあの紙パック。あれも下部に針で刺したような穴があったから、警察に届けておいたわ。料亭の件も含めて、これらの事件が全て同一犯のものと確定すれば、最悪、あなたの父親は市議の職を失うでしょう。覚悟しておくことね」

 「そん、な」


 そういうと、窓から、そしてドアから、ゾロゾロと警官が入ってきた。

 すると少しして、早出の教職員や事務員が数人、何事かと駆けつけてきたのだ。現場は騒然と化した。




 「六時二十分、放火、殺人教唆、公然わいせつ現行犯―― 逮捕」

 ガチャ。


 金属同士、カチカチとぶつかり合うような音が響く。

 怒りで身を震わせ立ち尽くしていた、東間の全身には大きな白い布がかけられ、両手には手錠が嵌められた。未成年なので、外部からは顔や名前が一切分からないよう、連行されるといった形か。


 こうして、今日までこの学園で発生した、部員連続死の連鎖は、漸く断ち切られた。


(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る