悪夢にサヨナラを。
東間の逮捕は、瞬く間に他生徒にも知られる形となった。
朝、登校したらパトカーが数台停まっているのだ。どんなに警察側が未成年の顔を隠していても、すぐに容疑者が東間だと全校に知られるのは時間の問題だった。
こうして誠司と白石が少し離れた場所で警察数人と何か話している間、ナオが悲しい表情で台地の両手を握った。
台地は、僅かに動揺した。
「園田くん… 本当に、ごめんなさい。東間さんから
台地は、首を横に振る。
「証拠がないと、警察は動かない―― その事は承知の上だったので、いいんです。ただ、母には家を荒らされるかもしれない事を黙って、昨夜は寝泊まりを提案した事、きっと本人に知られたら怒られるんだろうなって」
「そうよね… ご家族を守る為でもあったとはいえ、本当に、申し訳ない事をしたと思う。でも、あなたのその共感覚かもしれない『夢』の存在が、犯人の未来を探るヒントになったのは大きかった」
「かも、しれないですね。
俺が、ラムに夢の内容を教えなかった日だけ、夢占い通りにならなかった―― 部長がそこからヒントを得て、ラムの交友関係に疑問を抱いたと知った時は、驚きました」
台地は思い出した。
ラムに教えていなかった事として、代表的なのが「母・梨絵が氷塊に閉ざされていた夢」だ。あれの意味は「母親との不和」の暗示だったが、もしもあれをラムに教え、東間の耳に届いていたらと思うと… 想像するだけでゾッとした。
「ラムには昨夜、私から意図を説明して謝罪したわ。あの子だけは本当に何も知らなかったから、怖い思いをさせてしまった。本人は『生きてて良かった』と泣いていたけど」
「…」
ナオの目から、じんわりと涙が溢れてくる。
台地がそれを心配そうに見つめた、刹那。
「あっ… ゴホン。二人とも、今忙しいか」
横から誠司が咳払いをしてきた。
いつの間に事情聴取が終わったのだろう。はっとなったナオは台地から手を放し、自身の涙を拭き、台地とともに誠司へと振り向いた。誠司は話した。
「台地の家が放火された件と、杯斗くんがトー横で攫われたという鷹野さんの証言を元に、同一グループの犯行を視野に入れて調査するよう警察に伝えておいたよ。しかし、まさか本当に狙われていたのは台地の方だったんじゃないかとはな」
「ぐすっ… そうね。あの東間さんが杯斗くん失踪翌日のタイミングで、生徒会を早退して私達の様子を見にきた。思えば、あの行動はおかしいと思ったの… だってあの子、本来の登下校は車の送迎がメインなはずだし」
「だな。しかしなぜそこまでして、あの子は俺に執着してたんだ? あんな優性思想なら、俺みたいな片親に問題あった家庭の子なんて、目もくれないだろうに」
と、誠司が腕を組んだ。台地が、静かに考察を述べた。
「昨夜泊まらせてもらった家… あんなに立派だったじゃないですか。たぶん、東間はそれを知っていて、金目当てに狙っていた可能性も」
「ふむ。確かに、今まで何度か本人から家族構成を訊かれては、適当にあしらってたけど… いや、まてよ? まさかあの子、俺の今の父親が実父で、根っからの富裕層だと勘違いしたか?」
「え。どういう事?」
「この町へ越した後、母は再婚したんだよ。イギリス国籍の投資家とね。婿養子なんだ」
その言葉を聞いた台地とナオは揃って驚くと同時に、大きく
つまりここまでの犯行動機は、全て東間の勝手な「思い込み」だったということ。
だがその為に、大切な部員の命が二人も奪われるなんて、断じて許される事ではない。
♪~
「あ。ちょっと失礼」
ここでナオのスマートフォンから着信が鳴った。
ナオはその電話に出て、コクコクと話を聞いていく… だが、途端にナオが悲しい表情を浮かべた。
「え… 莉々の容体が、急変!?」
台地と誠司は、その言葉を聞き逃さなかった。
…。
「午前六時五十一分。ご臨終です」
という医師の言葉が、鷹野莉々の眠る病室に響く。
享年十七。遺族は涙を流した。鷹野は一時的に意識を取り戻したものの、ビルからの転落時に打ち所が悪かったのか、長くはもたなかった。
この瞬間までに生き長らえてきたのは、きっとナオ達の身に起きている問題に対し、神が「真実を告げる」よう与えてくれた最後のチャンスだったのだろう。
ナオ達は鷹野の死を
彼女の生前の行いも含め、故人に心からの敬意を払ったのだった。
台地の自宅はあのあと、騒ぎをききつけた母・梨絵の立ち合いの
玄関のドアや窓をこじ開けられ、放火してすぐに通報があったため――まさかその通報者が白石の兄だとは知らず――、消防の活躍もありボヤ程度で済んだが、学校から外出自粛を言い渡された夜という事もあり、流石に「計画的すぎる」と警察も目を光らせていた。
その直後、虹渡学園からは新たに男子生徒三人が強姦の容疑で逮捕されたとのニュースが流れた。
未成年なのでいずれも実名顔出しはされないが、今日までの流れで、台地達はすぐにあの梶原達だと気づいたものだ。切欠は鷹野の生前の証言と、少し前に天津の知人「みみっち」がバイト帰りに襲われた件との因果関係にある。
そのみみっちだが、退院後は性暴行を受けた事による重度のPTSDに
東間から「弁当」という形で援助を受けていたラムの進退だが、一連の事件を耳にしたケースワーカー曰く流石に手作り弁当だけでは金銭的価値は測れず、測れても恐らく少額なので、幸いにも不正受給扱いにはならずに済んだそうだ。
ただし自分が生保受給者である事を周知され、かの黒板の嫌がらせをみた生徒達から実際に何本も通報を入れられた事で、福祉事務所の業務に多少の支障がでたと聞かされたらしい。結果として同ケースワーカーからは今後、別件で同じ様な騒ぎにならない為にも、自身のプライバシー保護を徹底するよう注意を受けたという。
こうして事件終息後。
虹渡学園は、通報者が別の人とはいえ嘘の訃報を流したナオに対し、学校全体を混乱させた責任としてナオに退学を促してきた。
あまりにも重すぎる罰だが、この手の通告はもはや想定の範囲内か。ナオは全く悲しむ素振りもなく、
「退学で結構。私、留学するので」
と言い残し、学園から去っていったのであった。
ナオのその時の姿は、今も台地の記憶の脳裏に、焼き付いている。
…。
「もう、部長はあの学園にはいない。あの後、せい兄ちゃんとも話し合った――。
一,二年、卒業が遅れてもいい。俺、通信制に切り替える事にするよ」
その日の夜。台地は梨絵と話し合った。
家は全焼とまではいかなかったものの、内装をボロボロにされたのだ。もう、以前の様に過ごせる環境ではなくなった。梨絵は怒りを滲ませた悲壮の表情で、コクリと頷く。
「そうね。その分の慰謝料も多くとれるよう、今は弁護士に一任しているから、私もそのつもりで転居手続きを進めていくわ。
もう、この街には住みたくない。あの学校も、信用できない。台地には、そのせいで辛い思いをさせてしまった。本当にごめんなさい。次こそ、ちゃんと信頼できる学校と自治体を見極めていくと約束する」
「うん。俺も、出来る限り協力するから」
そういって、台地は覚悟を決めた。
彼の手には、教育委員会に提出するための書類が、記入済で握られていた。
(エピローグ につづく)
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