外出自粛
ナオの死について、学校からこれ以上詳しい情報を聞く事はできなかった。
分かっているのは、ナオの母親である臨床心理士の友人がNPO法人を務めており、その人から「ナオが摂取した飲み物の中に青酸カリが含まれていた」という通報があったと思われる事だ。実際にその友人本人からなのか、それともその噂を聞きつけた一生徒が広めたものなのかは、分からない。
その事もあって教職員たちの間では瞬く間に騒ぎとなり、その日最後の時限である全学年共通の「学活」では急遽、体育館での全校集会が行われた。学園長からの発表は、
『今度はいつ、誰が命を脅かされるか分かりません。本日は全部活動を休止するものとし、一斉下校となります。なおその後は安全の為、今夜は全員、外出を自粛させて頂きます。
先ほど皆さんの保護者と、当校で許可している各自アルバイト先にもその旨、同様の内容を送りました。もしアルバイト先がそれでも出勤するよう強いてきたり、生徒が勤務した事を隠し無賃で働かせるような事が発覚した場合、こちらから法的措置を検討する旨も間違いなく伝えていますので、決して不要不急の外出はしないこと! いいですね?』
である。一見すると学園のトップが、そういう抜かりなく徹底している所だけは評価できるかもしれない。
だが集会が終わったその直後、生徒からは静かなブーイングが殺到した。
「ふざけんなよ、せっかく彼女とデートの予定だったのに! ねー、これじゃ予約した店のキャンセル料とられんじゃん、なんなんマジで?」
「え… バ先から『もう店に来なくていい』ってNINEきてんだけど。え、今日シフト入ってんだけど、は? え、もうやだ嘘、絶対その自粛のこと学校から言われたからだー」
そんな中、誠司たち生徒会のメンバーは分からないが、台地とラムだけはそんな周囲の木霊に耳を傾けられる余裕など、なかった。
泣き腫らし、赤く充血した目でとぼとぼと教室へ戻り、帰り支度をする。その間、急な問題発生で忙しくそれ所じゃないからか、教職員から慰めの言葉を貰う事は一切なかった。
「台地。準備はできた?」
その日の夜。
学校から外出自粛を言い渡されてはいるが、台地からすればそんなのは所詮「ただの忠告」でしかないと思った。
あの利己主義な学校のことだ。実際、自分達が監視しきれない所にまでは目を向けないだろう。という理由で今日は変わらず外出することになった。その理由は、こうだ。
「できたよ。でも、まさかあのせい兄ちゃん家から泊りに誘われると思っていなかったな」
そう。あの誠司の家に泊まってほしいとの誘いを受け今夜、いま住んでいるこの家を一晩空ける事にしたのだ。
親子ともに、玄関にはトラベルスーツが置かれている。梨絵は不安だった。
「貴重品はちゃんと持ってきているのよね?」
「うん。財布も鍵ももってるから」
「スマホとタブレットは?」
「だからあるってば。ちゃんと確認してるから大丈夫だよ」
「そう。にしても… 本当に、こんな時に外出して大丈夫なのかしら?」
「大丈夫だろ。あの集会ではバ先の事しかいわれてないし、俺だけならまだしも、親が一緒なら何も言われないと思うけど? 相手も分かってくれるはずだよ」
「まぁ… 確かにそうね。じゃあ、行きましょうか」
時刻は夜六時半。園田親子はそんな重たい空気で話しながら、玄関を後にした。
ガスの元栓や、戸締まりがしっかりしているかを確認し、玄関の灯りだけつけ鍵を閉める。
台地からすれば、本当はそれ所じゃないのかもしれないが、約束は約束である。だから母親の前では決して涙を見せず、気丈に振る舞う事で精一杯だった。
もし、天国にいるナオが今の台地たちの姿を見たら、どう思うのだろう?
学校から言われた通り「外出自粛」をしなさいと叱るのか、それとも… なんて考えていると苦しくて、涙が出てきてしまうので、何も考えない。それが台地の限界であった。
………。
翌日。時刻は午前六時。
西校舎の一階、旧・面談室。
開庁したてでさほど人はきていないが故、面談室の前は、とても静かである。
廊下はとても薄暗く、窓もだいぶ白濁に汚れている。だが以前と比べ、室内が非常に開放的になったのは確かであった。先日まで部活動で使われていたソファや機材等、全て各自持ち帰られているためだ。今では、室内で走り回る事も可能か。
トントン。
「失礼。話って、何――」
その旧・面談室へ、一人の生徒が入ってきた。
部屋でその人の来訪を待っていたのは、台地だ。
昨夜は誠司の家に泊まっていた緊張によるものか、不機嫌にも眉間に皺を寄せた目の下に隈ができていて、良く眠れていないようだが… 部屋へ入ってきた生徒の足が、止まった。
「…」
サッ!
その生徒は、くる場所を間違えたとばかり、咄嗟に部屋を出ようとした。
しかし、
バン!
廊下に続く扉が、勢いよく閉まった。
生徒は「え!?」と驚きながらも、すぐにその扉をこじ開けようとする。しかし、扉はびくともしなかったのだ。何度引き手を力強く持っても、外から開けられないようにされているからか、無意味だった。
「ちょ…! 何、これ…!」
「無駄だよ」
「!?」
台地は冷たい視線を向けていた。内なる怒りは相当なもの。
生徒は振り向き、この旧・面談室にあるもう一つの扉へと目をやる。だがその扉の前には、幾つもの片づけられた机が奥へ詰める様に置かれていて、その前方には台地が、右手にもった金属バットを肩に乗せて立ちはだかっていた。
完全に、逃げる道を失っている。台地はふんとため息をついた。
「へぇ。
「な… い、一体、何をいって…」
「そりゃこっちの台詞だよ。ここまで、よくも俺達を散々コケにしてくれたじゃん。俺はお前を絶対に許さない。いい加減、諦めたらどうだ?」
台地がそういうと、その生徒はぶるぶると手を震わせながら、自身のポケットに手を入れようとする。
だけど、その人自身の中で何か「葛藤」が生まれているのだろう、ポケットに手を入れる寸前で止まり、静かに息を切らしている様子であった。台地は更に続けた。
「ふーん。スマホもってんだろ? それで早く警察呼んだら? どうせ事件が遭ってからじゃなきゃ動かない公務員相手に、こっちは怖くねーし。俺、なんも悪い事してないもん。
それとも何? そのスマホ、父親に内緒で持っているラムと殺し屋どもの連絡用だから、警察に調べられたらIP検知でバレて自分が捕まるのが怖いワケ? ふん。だっせぇなお前」
台地がそういって、少しずつ、自分を睨みつけている生徒へと歩み寄った。
生徒がそれに合わせ、僅かに身を震わせながらも、後ろ足で下がる。だけどすぐに黒板へと背が当たってしまい、行き場を失った。
台地は足を止め、こう言い放った。
「こっちは全部分かってんだよ。天津を突き飛ばしたのも、杯斗を焼き殺したのも、鷹野を自殺に追い込んだのも、全部! お前が、殺し屋どもに依頼してやったんだろ? 市議やってる親父さんの金でさ。
そうだろう? 生徒会書記、東間萌」
(つづく)
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