大人の対応
台地が黒板を消し終えてからの教室は、地獄だった。
あの嫌がらせは、瞬く間に他のクラスにまで拡散された。
その結果、噂を耳にした主担当までもが、朝礼早々落ち着いて出席を取れる状態ではなくなった。周囲のクスクスという笑い声が、台地の精神をすり減らしていく。
「コラ、みんな笑わない! 生徒が二人も亡くなっているんだ、明日は我が身だぞ!?」
「は? いやせんせー。狙われてるの、こいつの入ってる部活だけっしょ? 普段ちゃんとやってるうちらが、変なヤツに狙われるわけないじゃないっすか」
「そうそう。てゆうか、こんな何回も悪い事ばっか起きてるやつが教室にいるの怖すぎなんだけど」
「ねー」「うんうん」
と、生徒みんなが冷めた目で主担当に意見する。その光景は正に異常だった。
まるで、台地が生徒としてちゃんとやっていないかのような言い草。
とはいえ今の台地にとって、利己主義が蔓延るこの学園で
更には昼休み中、校内放送で呼び出される始末。
絶対けさの件だ、と肩を落としながら向かうと、職員室で出会ったのはまさかの学園長。教職員も二人ずつ横に並んでいる中、学園長は悲しい表情で台地を見つめた。
「園田さん。今朝の件は先生方を経由し、生徒数人から伺っています。あの写真が本当に園田さんなら、とても痛い思いをされたんじゃない? 怖かったんじゃないかな?」
「…」
「その顔の傷… あなたがここへ転入してきて、まだ半年も経っていない中、部員が二人も亡くなって、更にこんな事になるなんて。先生方も、全く予想していませんでした。辛い思いをさせて、ごめんなさい。無断で撮影していた生徒達には、けさ注意しておいたので」
注意? そんなのいつしたんだ。
台地はすぐにその矛盾点に気が付いた。なぜなら誰も、それらしき件で校内放送の呼び出しをされた人なんていないからだ。そもそも注意すべきは盗撮した人達より、その嫌がらせを仕掛けた犯人に対してだろう。もしかして、今もその犯人が特定できていないのか。
「生徒の安全を脅かすような事は、当校で決してあってはなりません。でもここまで事が大きくなってきた以上、園田さんの身にいつ、今度はもっと恐ろしい問題が起こるか分からない。園田さん、あなたは本当に、とっても賢いから…」
「?」
「きっと他の所でも、充分やっていけるでしょう。今は多様化社会だし、1年や2年卒業が遅れたくらい、進学や就職に影響が出る所なんて殆どないですから。ね?」
「…は?」
台地の中で、何かがプツンと弾けるような音がした。
まるで、爆弾の導火線に火がついたかのよう―― 台地は拳を震わせながら問う。
「俺に、退学しろというんですか? ただでさえ、費用もかかっているのに、それだけ…? そのお金と時間は、返してくれないんですか? 俺が何をしたっていうんですか!?」
台地はふと、学園長の隣にいる教員の視線と手の動きに気がついた。
その教員は台地を睨むようにまっすぐ目を向け、後ろ手で固定電話のダイヤルボタン二つに指を添えている。万一の際、すぐ110番通報が出来るよう準備しているのだろう。
台地はなんとか怒りを抑えた。グッと堪えた。
明らかに不利なこの状況。今ここで暴れたら、本当に自分が悪者になってしまう。それではただのやられ損。泣き寝入りだ。
「申し訳ないけど、費用に関しては転入の際、教育委員会にも同意している以上、返還できない決まりとなっていてね。でもそういった決まり関係なく、今日この為だけに、私と先生方がこうして時間を割いて集まったの。それだけ、皆あなたの事を思っているのですよ。
もちろん、この話は強制じゃないから、園田さんがそのまま残りたいなら残ってもいいし、あなたが決めて下さい。私達も出来る限りの事はしますが。よく、お家の方と相談してね」
という学園長の“本心”は、最後まで揺らぐことはなかった。
…。
「今までの話からして確実に言えるのは、私たち夢占い同好会を陥れようとしている犯人が、身近にいるという事よ。杏子を突き飛ばした者も、杯斗くんを焼き殺した者も、すべて同じ人間の指示によるものだとしたら…」
放課後。旧・面談室。
台地はすぐに部長のナオに会い、けさの事が三学年でも既に噂になってしまっているのかを確認する。結果は予想通りだった。
もっとも、ナオ自身の不審な点については触れられていないので、本人は何も悲劇に見舞われていないようである。そこに、
「おまたせ…! はぁ、はぁ、下校までに間に合った」
ラムが少し遅れて部室に到着だ。
あの嘔吐以来、無事に回復したようで何よりである。しかし本人は何だか急いでいる様で、手には購買近くの自販機で見かけるようなイチゴミルクの紙パックが握られていた。
ラムはその紙パックを、ぐっと両腕を前へと伸ばす要領でナオへと差し出した。
「ごめんなさい! あの時、心配をかけさせてしまって。だからこれ、お詫びと言っては何だけど、どうか受け取ってほしくて…!」
「え? ちょっと、そういうのいいってば。ここ最近の不運続きがあったわけだし、誰がいつパニックを起こしたっておかしくはないでしょ。だからそれは…」
「ううん、それでもお願いだから受け取って! 私には、これくらいしか… これくらいしか出来ないけど、せめてお詫びだけでもさせてほしくて!」
そういって、ラムはナオの両手の平に半ば無理やり、その紙パックを握らせた。
そこまでされると、良識のある人ならそれでもいらないといい、この場で投げ捨てるなんて事はしないだろう。その心理を利用してなのか否か定かではないが、無理に断れなかった。
「わ… わかったから。そこまでいうなら。もう、そうやって自分を責めないで。ね?」
「う、うぅ… ぐすっ」
そう慰めてくれたナオに対し、嗚咽を上げるラム。
以前のような「見た・聞いた夢を絵にし、一人でニヤついている陰湿なメガネ女子」のイメージは一体、どこへ行ったのか。と言わんばかりの弱々しい姿であった。こうしてナオがその紙パックを鞄に入れて帰り支度にはいった所、台地が声をかけた。
「あの。本当に、このまま明日も部室を片づけていくんですか?」
実はあの部活動廃止の話を言い渡されて以来、ナオは自主的に部室として借りている旧・面談室から少しずつ、同好会のものとして持ち込んだビーズソファやガジェット等の後片付けを行っていたのであった。
つまり、あの教員達の通告通り「部活廃止に従う」という意思表示。というよりは自分達に最初から拒否権なんてないから、仕方なく片付けているといった方が正しいか。台地からすれば、自分達の傷心などお構いなしに学校の方針に従うしかないなんて内心、納得できるものではなかった。
最後に、ナオが部室を後にしようとしたその足を止め、台地へ顔を向けてこういう。
「一応ね。もし、また何か困る様な事があったら、遠慮なく私に連絡してちょうだい」
ナオはそういって、今度こそその場を後にした。
台地もラムも、その後ろ姿を静かに見つめる。大人の対応といっていいのか分からないが、この状況でみな部活を行えるような状況でないなら、今日は早く帰った方がいいだろう。そう思える黄昏時であった。
(つづく)
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