格好のエサ

※残酷、および軽度の性的なシーンが含まれています。閲覧の際はご注意下さい。




 「そんな大変な事があったのですね。であれば、今夜は私が案内する部屋へ一泊してください。そこなら安全ですし、私の方からお母様へ事情を説明しますので」


 某所、テナントビルの上階。ナオはどこか疲れた表情で、その事務所を持っているマジシャンであろう派手な衣装を着こんだ壮年女性から、そう励まされた。

 彼女とは、どういった経緯で知り合ったのか―― はともかく、珍しく相談“する側”に立ったナオの悩み。それはやはり一連の「部員達の死」が関係しているのだろう。教職員らの心象もよろしくない、部長の立場ともなれば、これがどれほどのストレスになるか。


 「ありがとう、ございます」


 ナオは感謝の意をやつれた笑顔で表し、マジシャンに一礼した。

 昨今の問題から、今はどこか心身ともに安息できる避難先がほしい… という懇願であった。マジシャンは優しい笑顔でゆっくり立ち上がり、ナオを屋外へと手招きした。




 「お忙しい時にご迷惑をおかけし、大変申し訳ありません」

 「いいんですよ。ささ、暗くなる前に行きましょうか」


 そういって、マジシャンが案内したのは先のテナントビルより二,三軒隣にある、一階建ての四角い建物。

 一見すると貸し切りオフィスのような、カーディーラー販売店のような、あまり居住に向いていない造りの建物である。その中のバックヤードへ、ナオは案内された。


 「では、おやすみなさい」

 というマジシャンの挨拶とともに、部屋の扉が閉まる。


 まさかここに、女子高生が一人で寝泊まりするとは誰も思わないだろう。

 ナオは溜め息をつき、室内に予め用意されたベッドへと足を運んだ。



 パリーン!

 「きゃ!」


 刹那。ナオのすぐ横にあった姿見が、大きな音を立てて、破裂するように割れた。

 強風が吹いているかのような勢いで、鏡の破片がナオの全身を襲った。衣服も呆気なく切り刻まれ、あられもない下着姿が晒される。


 顔、腕、乳房、脇腹、足―― 破片は容赦なく突き刺さった。

 大きな破片に至っては、脇腹と、腿の皮膚を抉るほどのダメージを与えた。


 ナオは仰向けに倒れた。悲痛の叫びをあげた。

 この世のものとは思えないような激痛と、熱が、全身に襲いかかる。

 姿見の裏に、爆弾でも仕掛けられていたのか―― そこから、今度はドブネズミが大量に湧いて出てきた。


 「いやぁ! やめてっ」

 ドブネズミが、血の匂いにつられてナオの傷口へと群がる。

 ナオが振り払う隙も無く、ネズミたちがどんどん嚙みついてきた。病原菌まみれのドブネズミに傷を噛み千切られては、ここで命拾いしても、生き長らえるのは困難か。




 ――いやだ。死にたくない。



 ナオは痛みと熱に魘されながら、天井に向けて、傷だらけになった腕を伸ばす。

 ゾンビの様に群がるネズミに、腿を、脇腹を、顔を、そして眼球を食われていく。


 仰向けの状態で、誰も助けにこない室内。

 視界がぼやけ、暗くなってきた――。


 ――――――――――


 「部長…!」


 台地は目覚めた。


 朝日が差し込む部屋の天井。時刻は午前六時半。予定のアラームが鳴る少し前。


 また、不快な夢をみた。

 と同時に、夢であって良かったと安堵する。だが、今回の夢は台地が見た中でもかなり鮮明で、残酷な展開であった。嫌でも思い出してしまう。


 ――不安だ。


 台地は枕の横に置いてあるスマートフォンを手に取り、ナオの個人チャットへメッセージを送った。

 寝ぼけているので、多少の誤字はあるかもしれないが、今はナオがどうしているか気になる所である。あれが、正夢でなければいいが…


 『おはよう』


 ――部長! あぁ。よかった。


 メッセージは、台地が送った一分弱で返ってきたのだ。

 台地はホッと胸を撫で下ろした。あんな夢、もう二度と見たくないと思った。


 そうしたら、あとはこの早い時間にメッセージを送った理由と、ゆうべ見た夢の内容を送信するのみ。

 正直、夢に出てきた本人に伝えるのは少し抵抗があるが、前回のビルから落下する夢を知られた以上、もう嫌々躊躇っていられない。死人が出ている以上、今は自身の尊厳を守る事より、自身の共感覚を頼りに「最悪の未来」を回避する道を模索する方が重要なのだ。



 ――いくか。



 台地は不機嫌な寝ぼけ顔を浮かべたまま、立ち上がった。

 母親に顔を見られる前に、早めに家を出て、学校に向かった方がいいと思ったからだ。


 今の台地は、顔に暴行を受けた跡の青痣が数々所できている。

 絆創膏やマスクでは隠し切れない部分もあり、息子のそんな痛々しい姿を梨絵に見られてはならないと、無理してでも身支度をしたのであった。




 朝、起きたら息子がいない事に、梨絵からは心配だというNINEが送られてきた。

 台地はその場合の返しも、予め想定していた。だからここは冷静に「今日、日誌の当番だから」と尤もらしい理由を述べて送信したのである。もちろん、今日は当番ではない。


 ダラダラと登校し、教室へ入ると、すでに何人かの生徒が到着している。

 だが、明らかにいつもとは違う空気だ。皆、なぜか教室の黒板へと寄り集まり、なにやら笑い声で騒がしい。中にはスマートフォンを向けて、撮影しているものも何人かいた。

 「え?」

 台地はその黒板に、何か重要な事が書かれているのではないかと推測した。自分もそれを見ようと、生徒らの間を割る様に前へ進んだ。



 「…は!?」



 台地は目を疑った。頭が真っ白になった。


 その黒板には、確かに様々な情報がでかでかと書かれていた。写真まで貼られていた。



 ラムに、生保の不正受給疑惑があるといい、福祉事務所への通報を煽っている文章。

 鷹野の自殺理由が、P活の相手である暴力団員を怒らせた事による口封じではないか説。


 そして―― つい昨夜、台地が梶原達に暴行され、顔中怪我だらけで倒れている姿の写真。



 「!!」

 台地は急いで黒板へと駆け込み、それらを黒板消しで急いで消しはじめた。

 一体、誰がこんな嫌がらせを黒板に書いたのだ。しかも、盗撮までされていたとは。


 「うわーうわうわうわー」

 「なにあれ必死すぎ」

 「今更無理っしょ。バカじゃねぇの」

 と、背後で先に黒板を見つめていた生徒数人から、後ろ指をさされる始末。


 それでも台地は構わず、黒板にかかれている文字を消した。写真もむしり取った。

 その姿を、生徒達は嘲笑しながら面白半分にスマートフォンを向け、無断で撮影していた。


(つづく)

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