第四章 ―結―

身投げ

※嘔吐のシーンが含まれています。閲覧の際はご注意下さい。




 複数社テナントを構えるビル前。

 そこには今にも事が起きろとばかり、通りすがりの野次馬達がスマートフォンを向けながら、屋上にいる若い女性の影を見つめていた。


 女性はみすぼらしい格好で、屋上の端、靴を脱ぎ、立ち尽くしている。

 呼吸が少し荒いことから、怯えているのだろう。自殺に失敗したらどうしよう、壮絶な苦痛を長く味わう事になったらどうしよう、と。


 ビルの屋上に、強い風が吹いた。


 「ひゃ」

 女性は強風に押され、足を滑らせる。


 その瞬間、体がふわりと空中に浮かぶ様な錯覚を覚えた。

 そして重力に従い、視界が段々と、野次馬達が集まっている地面へと近づいていった。



 最終的に彼女は―― 鷹野莉々の全身は、容赦なくアスファルト上に叩きつけられた。




 この日の朝礼前。台地はけさ自分がみた夢の内容を、ラムの個人チャットへと送った。

 それまでのラムの反応は最早いつも通りだが、あとは返信を待つのみ。その間、台地は杯斗が生前、昼休み中にラムへ謝罪しに行ったという話をした日を思い出した。


 ――そういえばラムのやつ、普段の昼休みは何してるんだろう? ぼっち飯か?


 と、適当に推測してみる。


 現在の台地のクラスは、日課中にペアを組むなどという謎のルールを押し付けられない限り、みな無言で台地を避ける様になった。

 少しでも台地が動くようならすぐに距離を置き、教室を出てから皆でコソコソと話をしているようだ。前までは聞けた噂や陰口も、今は完全に聞こえなくなった。まるで数日前から台地一人を省き、クラスの皆で話し合ったかのような恐ろしいチームワークさえ感じる。


 「ん?」


 NINEのグループチャットに、ナオからのメッセージがきた。

 口調からして、部活に関する共有事項なのは間違いない。だがその内容には、内心「またか」という絶望と、ほんの僅かな希望の光が感じられた。




 メンバーについてのお知らせです。


 音信不通だった鷹野莉々がけさ、病院へ搬送されました。

 県内のビルから自殺を図ったとの噂が流れていますが、真偽は不明です。幸いにも一命を取り留めましたが、意識はなく、現在も集中治療室で一刻を争う状態であると聞いています。

 最近の不運もあり、第三者からの勝手な憶測やプライバシー侵害を防ぐためにも、どうか山場を越えるまでは自分から情報を拡散しないようお願いします。今は本人の意識が回復するまで、無暗に騒ぎ立てず、静かに続報が来る事を祈りましょう。


 夢占い同好会  阿仁間ナオ




 ――鷹野が、自殺!?


 台地は危うく驚愕を顔に示すところであった。なんとか声を押し殺した。

 鷹野は生きている。だが、決して予断を許せる状況ではない。そしてこの学園の評判もあるだろう、自分達が騒げば、またあの教員達から何を言われるか分からないのだ。


 ここは鷹野だけでなく、ナオ、ラム、そして自分を守るためにも――。

 台地はナオ達と合流するその時まで、何事も無かったかのように、気丈に振る舞ったのであった。




 そして放課後。台地は恐る恐る部室へ向かった。


 なぜ恐る恐るなのか? かの教職員や、その駒として利用されている生徒会が来ているかもしれないと思ったからだ。

 なんとなくだけど、もう、今までのように部活動はできないような気がした。


 いつからだろう?

 最初はバイト先を見つけるまでの逃げ道として、妥協して入っただけなのに、今では部長やラムといった生き残りの部員達が心配でたまらない。立派な部員の一人として、すっかり馴染んでいる自分に驚いていた。


 ――三人も立て続けにやられたら… そりゃ、俺だってこんなの他人ひとごとだと思えなくなるよ。


 ――いや、鷹野に関してはまだ分からない。でも、本人の意識が回復するまでに、この夢占い同好会が果たしてもつ・・のかどうか。


 ――それとも、鷹野はこの一連の問題について何か知っている? まさか、その口封じのために、表向きは自殺だと見せかけての…



 バン!!!

 「ひっ」


 台地が手を伸ばそうとした部室のドアが、勢いよく開けられた。

 そこから出てきたのは、自身の口を手で塞いでいるラムだ。彼女は青ざめた表情で、廊下の向かいに設置されている水道へと駆け込み、排水口目がけ嘔吐したのであった。


 「オエエー!!」

 「うぐっ… あ、部長!」

 台地は後方の足音がなる方向へと振り向き、ちょうど同じタイミングで到着したナオへと声をかけた。ナオはラムが涙目で嘔吐えづいている姿を見て、視線を遠のかせる。

 「ラム!? どうしたの一体!? 何があったの!?」

 ナオは台地を横切り、すぐにラムの横へ駆けつけた。

 その間、台地は自分まで嘔吐しそうな気持ち悪さを覚えた。黄ばんだラムの吐瀉としゃ物から漂うえた臭い、そしてビチャビチャとなる不快な音のせいで、もらいそうになる。


 水道の蛇口から、容赦なく水が流れていく。ナオがラムの背中をさする。

 ある程度、嘔吐が落ち着いたラムははぁはぁと息を切らしながら、こう呟いた。


 「べ… 弁当、に… だ… だまさ、れ…! うぐっ! オエエー!」

 「弁当…? まさか、よくないものでも入っていたの!?」

 「わ… わから、な… げほっ、げほっ! こわい…! こわい…! げほぇー!」

 「分かった。今は無理に喋らないで。園田くん!」

 「は、はい!?」


 ナオがとたんに真剣な表情で、台地へと振り向く。

 嘔吐を終えてもなおラムの息切れは激しく、目も充血している。ナオの支えがないと、立つ事もままならないのだろう。ナオが鋭い目で台地に指示した。

 「私が荷物を持ってラムを昇降口まで連れていくから、あなたは救急車を呼んで!! 119番!! 早く!!!」

 「え!? あ、はい!」


 台地は慌てながらも急いでスマートフォンを取り出した。

 そして、普段は滅多に使わない電話マークのアイコンを押し、そこから指示された番号へと電話をかける。


 『もしもし、火事ですか、救急ですか?』


 電話はワンコールが鳴り終わる前にすぐ繋がった。

 台地はそこからたどたどしくも、ラムの身に起こっている症状と、救急車が来てほしい場所、そして通報者である自分の名前を教えた。


 ナオがラムの荷物をとりに、そして証拠を取るために部室へ入ると、そこには確かにラムのものとおぼしき弁当箱が、床に叩きつけられたのだろう転がり落ちていた。

 ながら、三人は足早に昇降口へと向かったのであった。


(つづく)

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