“ナオへの想い”

 夜。煌びやかな摩天楼が、グライドライトの如く照らしだす高層ビル群。

 そこで台地… 否、ナオが目にしたのは、三度目となる部員の悲惨な姿であった。


 ビルの屋上。複数の人影が円形状になって集まっているその中央には、眼鏡女子のラムが仰向けに倒れている姿があった。

 しかも、ラムの手元にはひっくり返されたお弁当が握られており、その中から大量の薬が無造作にばら撒かれている。幸いにも意識はあるようだが、その場から起き上がる事はままならず、口から泡を吹いていた。オーバードーズか。


 「ラム! どうして、こんな事に… てゆうか、そこに立ってるあなた達は何なの!? なぜ何もしないでそのままなのよ!?」


 ナオは、ラムを囲む形で立ったまま無言の人達に叱責した。

 だが、彼らは全く動く様子はなく、顔は夜空の影に隠れていて見えない。共通点としてはみな薄手のシャツやブラウスを着用しており、全員が首にプラカードをぶら下げていた。

 ナオはもう彼らの事は信用ならないと、一人ラムが倒れている屋上の中央へ向かおうとした。が、


 ドーン!!!

 「!?」


 ナオの足が止まった。目の前に、大きな動物の足が垂直に降りてきた。

 岩が砕けるような轟音がなる。ラムと、それを囲む人影はみな、その動物の足の下敷きにされた。地面に大きなヒビが入った。

 ナオはすぐに頭上を見た。


 見えたのは… 巨大な三毛猫だ。

 猫はギロッとした、殺意に満ちた目をナオに向けたのであった。


 「な… あなた、なんて酷いことを!!」

 ナオは全身を僅かに震わせ、涙目になりながらも、その猫を睨んだ。しかし、

 『うるさい』


 猫が人語を喋った。ナオは愕然とした。

 猫がラムたちを踏み潰したその足をどけると、そこにはクレーター状の歪みだけができており、ラムたちの姿はどこにもなかったのだ。


 『阿仁間ナオ… あんたさえ、あんたさえいなければ、何もかもうまくいったのに!』

 猫が喋ったかと思えば、いわれのない罵倒である。ナオもそこは負けじと睨みを利かせた。

 「あなたの目的は何なの!? 私の大切な部員達を奪って、一体何になるというの!」

 『そういうところよ! そういう偽善者ぶった所が、死ぬほどムカつくのよ! あいつの次は、あんたが出てきて… 本当に邪魔! 気持ち悪い!

 あんたなんか、とっとと汚い男達に犯されてしまえ! 消えろ!! 死ね!!』

 「ふざけないで!!!」


 ナオがそう叫び、猫を追いかけたタイミングで、猫はその場を走り去った。

 ナオは怒りの拳を猫にお見舞いしてやろうと、必死に追いかけた。だが、猫の巨体に生身の人間が追い付くはずもなく、すぐに別のビルへと飛び移られ、見えなくなってしまった。

 ナオは屋上の端で立ち止まった。


 ガタガタガタ…!

 「!?」


 ナオの足元が、轟音と共に上下に揺れた。

 刹那、足元のコンクリートが崩れ、ナオともどもその場にあるもの全てを落下された。


 「キャアアアアア!!」

 「部長―――!」



 台地に、“視点”が切り替わった。


 台地は全速力で、ナオが落ちていくビル屋上の端へと向かった。

 そこへ通せんぼしてきたのだろう、いつの間にか崩れたビル跡の直前に現れた、自分と同じくらいの背丈のサソリを台地は「どけ!」と言い、裏拳で横へと押し退けた。

 サソリからは緑色の血が吹き出したが、そんなことはどうでもいい。


 台地は勢いよくビルから飛び落りた。

 何処にも掴まれる場所がなく、ただ虚しく落ちていくだけのナオを見つけ、必死に手を伸ばす。自分がどうなろうが、今は部長を助けたい。そんな想いで精一杯だった。



 「部長!」



 台地が落下しながら伸ばした手と、ナオの伸ばす手が、距離を縮めていく。


 二人の手は、やがて引き寄せられるように繋がった。

 その瞬間、二人の肌を掠めるように桜の花弁が舞う。大都会の僅かな下層から風に乗ってきたのだろう、夜桜が二人の落下スピードを緩めている様だ。


 台地はナオの手を掴むという、一つの「目標」を達成した。


 そうしたら、この後の事はどうするべきか。台地はナオの腕を自分の所へ引き寄せながら、ポケットに入れている布を引き抜き、布を大きく広げた。

 布は一枚で、ポケットの収納スペースに似つかないほど大きい。分厚さもある辺り、まるでふわふわの掛け布団を頑張って収納したかのよう。


 ながら、台地は涙目になっているナオを抱き締め、頭を保護する体勢に入った。

 同時にポケットから急いで取り出した布が、まるでクッション代わりに、自分とナオ両方の全身を包み込むようにクルクルと巻かれていった。



 夜桜のように踊り舞う、その布の動きは、まるで「魔法」のようであった――。


 ――――――――――


 ドンッ

 「んっ」


 台地の夢は、そこで終わった。


 時刻は朝七時。枕の横に充電コードを挿したまま置いていた、スマートフォンのアラームが鳴っている。が、台地はなぜか部屋の端の壁に、背中を打った状態で目覚めたのだ。

 きっと、寝ている間にゴロゴロ転がっていたのだろう。


 台地はなぜか、自分が敷き布団を抱き枕にしていることに気が付き、愕然とした。

 蒸し暑いので、ブランケットに変えているが、そのブランケットは別の方向へ投げ出されている。暑さで蹴り飛ばしたのか不明だが、台地にしては寝相の悪い朝であった。




 じわじわと、羞恥心が襲う。



 ――なんだよ、あの夢… 言いたい事は山ほどあるけど俺、部長になんか、とんでもない事をしていた気がする! これ、部長にいったら引かれるんだろうな。



 台地は気まずくなった。


 みた夢の内容は、鮮明に覚えている。その夢に登場していたナオを、台地は落下事故から助けたい思いで抱き締めていたのだ。冗談でも、本人に話せる内容ではなかった。

 台地は赤面をかき消す様に、顎をしゃくった。


 ――これは… ラムに相談する形で終わらせるか。あいつ登場してたし、それよりなんだよあのクスリの量! ちょっと、あれだけはあいつマジでやってそう・・・・・・・・で笑えないのだが。


 そう頭をぐるぐるさせながらも、台地は起き上がった。


(第四章 結 につづく)



――――――――――――――――



【補足】

 台地くんが見た夢、正に「あらら」な展開でしたね。

 あの中で最後の描写だけ、夢占いの意味をお教えしましょう。


・ナオの手を掴む = ナオを助けたい気持ち(そのまんま)

・夜桜 = 心境の変化。特に、神秘的象徴に対する想いが強まっている。


・ナオと一緒に布団に包まる = ナオの事が好き、ナオに恋をしている。

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