救いの言葉

 「彼は、友人が亡くなって気が動転しているんです。このあと、俺がここにいる皆を説得しますから、どうか反省文等のペナルティはつけないであげて下さい! お願いします」


 誠司が、深く頭を下げて教職員らに懇願した。

 斜め後ろで静かに聞いていた東間は一人、自分の顔を両手で覆い隠す様に俯く。見るに耐えられないのだろう、肩を震わせていて、静かに泣いている様子だった。


 「んー… 鳳がそういうのなら」

 それが、教員からの返事だった。誠司もナオも安堵し、ハッと教員たちへ目を向ける。

 女性教員の方は少し納得がいってなさそうで、ナオに対し次にこんな質問をした。

 「だそうです。フン、良かったわね、会長のおかげで許しを得られて。それで、廃止の同意は生徒会を経由して行われるわけだけど、その様子だとすぐ答えだせない?」


 台地も少し落ち着いた。誠司もナオも姿勢を元に戻し、ラムも荷物をぎゅっと抱えた。夏なのに、重く冷たい空気が圧し掛かる中、ナオは冷静に告げる。

 「少し、考える時間を下さい。一度、生徒会とちゃんと話し合いたいので」




 あのあと、台地たちは職員室を後にする際、教員から最後にこう釘を刺された。

 「三日待ってやるから、それまで部室の片づけ等、済ませておくように」

 とのこと。突然の掃除を言い渡され拍子抜けしそうになったが、すぐに意図を理解できた。


 ――あなた達に同好会続行の権利などない。いかなる理由であれ、必ず廃止とし、旧・面談室を出ていってもらう。


 という事なのだろう。最後の最後まで、自分達の保身。今やもう、怒る気力すら湧かない。


 「なんでこんな扱いされなきゃいけないんだ…」

 という台地の小さな独り言が、誠司の耳に入った様だ。東間とともに、昇降口までナオたちを案内している途中である。誠司は落ち込んだ表情で答えた。

 「顧問も大会出場経験もない、同好会だからだろう。これがコーチのいる運動部だったら、教師達のやり方は問題になっていた」

 「その… さっきは、すいませんでした。でも俺、どうしても納得いかなくて。一体、どこの生徒の保護者が、そんな過剰なクレームを」

 「俺も知りたいね。でも、公務員には守秘義務があるから、もしその保護者から内密にしてくれと言われているなら、少なくとも俺の力では相手を特定するのは不可能だ」


 そんな事は分かっている。なんて、台地は口が裂けても言えなかった。

 でももし、少しでも誰かの耳に、その相手の情報が流れてくれていたら―― なんて、よからぬ期待を抱いてしまう。

 「東間さんは、何か知ってる? その、保護者のこと」

 と、次に東間へ質問した。東間は静かに首を横に振った。

 「ごめんなさい。私も知らなくて」


 台地のよからぬ期待は、呆気なく崩れ去った。

 ナオが静かに「もういいよ、園田くん」と慰めたあと、昇降口へ辿り着いたので、最後に誠司を見ながら困り笑顔でこういう。


 「私達を庇ってくれて、ありがとう。また、明日から我儘を頼んじゃうかもしれないけど」

 「大丈夫だよ。こんな状況なんだ。また何か困った事があれば、なんでも俺に相談してくれ。出来る限りの手助けはする」

 「…うん!」


 生徒会長から、救いの言葉を頂いた。ナオはそれが相当嬉しかったのだろう、泣きそうになりながらも笑顔を浮かべ、大きく頷く。


 その様子を見た台地たちは全員、息を呑んだ。

 ナオのそんな嬉しそうな顔、滅多に見ないからだ。まるで、誠司とナオの距離がほんの少し、縮まったかのような――。




 「ねぇ、台地。今、少し時間いいかしら?」


 帰宅後。杯斗の訃報は、母・梨絵の元にも入ってきていた。

 息子がせっかく仲良くなった友人を失い、憔悴しているのだ。梨絵は台地と向かい合うよう座り、深呼吸をしたあと、ゆっくり告げていった。


 「私、あなたの身に何か起こるんじゃないかと、凄く心配で… 少し前には、この家の玄関にも偽札が入れられていたし、誰かが後を付けている気配もあった。この街に来てから、ずっと悪い事ばかり起こっていて、怖いのよ。明らかに異常よ、こんなの」

 「…」

 「台地。杯斗くんとお別れしたあと、この町を離れましょう。大丈夫。お金の心配ならいらないし、今よりずっとずっと評判のいい転校先の候補も、幾つか見つけたの。だから」

 「ううん。俺は、ここに残るよ」

 「えっ」


 梨絵は目を大きくした。台地の目に迷いはなかった。

 今まで面倒ごとを避ける為に、必要最低限の友達付き合いしかしてこなかったような息子から、意外な言葉が出てきたと梨絵は見ているのだろう。台地は続けた。


 「俺だって怖いよ。怖いけど… 俺がいなくなった後の、同好会は? まだ、メンバーの誰かが狙われているかもしれないのに、俺一人が逃げるなんて… できない」

 「でも、そういうのは警察の仕事…」

 「その警察が役に立ってないのに、部長たちを諦めろっていうのかよ!?」


 台地はハッとなった。しまった、つい大声で母親に怒鳴ってしまった。



 ドン!!! ドン!!!


 横から、壁が壊れるんじゃないかというくらい、大きな打撃音が二回なった。

 流石に近所迷惑か、隣人を怒らせてしまったようだ。台地は肩を強張らせた。


 梨絵は愕然とした。しばらく固まってしまった。

 壁を殴られたのもそうだが、息子にそこまで強く言われる事は、滅多にないからだ。台地は呆気にとられた母親から目線を逸らすように、小声で呟いた。


 「ごめん。でも、今は、一人考える時間がほしい」と。


(つづく)

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