共感覚

 翌日。夢占い同好会は、今日から活動再開だ。

 天津の死、そして杯斗の安否不明と立て続けに不運に見舞われているが、一度受理された届を延長するのは難しい。台地としては自分が夢を見やすい体質だから、これまでの偶然の一致を含め、自分が見た夢をちゃんとナオに伝えようと決めたのだ。


 恐らく、天津の死には自身の情報共有不足という、自責の念があるからだろう。

 俗にいう「被害妄想」か。自分が当時、どうでもいいと思っていた夢の内容をちゃんと誰かに言わなかったせいで、本来救えるはずの命が救えなかったという――


 「あの… 鷹野は?」

 「まだ会ってない。というか、登校してないみたいなの。NINEも既読がつかなくて」


 予定では部活再開日である今日、部室に鷹野が来たらナオは即、本人からバイトと杯斗の件を聞き出そうと意気込んでいた。が、そうなる事を見越してか、今日は鷹野が一向に現れないのだ。メッセージを送っても反応がない。ナオは肩を落とした。

 ちなみにラムは今日、学級全体の補習で忙しく、部活に来れるか分からないのだそう。


 約一週間ぶりに足を運んだ、西校舎の一階、旧・面談室。

 少し薄暗く、寂れた印象があり、一見何の為に使われているのか分からない様な内装。最初は不気味だと感じていた部室。今戻ってみても、なお怖気がした。


 「園田くん。昨日まで教えてくれた夢の件で、幾つか分かった事があるんだけどね」


 ナオがそう、水晶玉とユニコーンのシールが貼られたノートパソコンを手前に、台地のみた夢について説明を始めた。台地は静かにその診断結果を聞き入る。


 「直近でみた夢というのは、まず結論からいうと杯斗くんの不幸を表している。

 平原は『友情』の象徴なんだけど、奥では山火事が起こっていたんでしょ? これは少し前にラムが言っていた通り『大切な何かを失う』事の暗示ね。そして空を舞っていた紅葉… 紅葉そのものは秋の風物詩の一つで、夢占いでいう秋の風物詩とは『終焉』を意味する。

 つまり誰が対象であれ、大切な何かを失うという出来事は、もう既に“終わったこと”だという意味が含まれているわけよ」


 「…」


 「そしてあなたの目前にいたとされる『火達磨の人』。もしその人が杯斗くんだったとしたら、彼は恋愛面での失敗トラブルに見舞われていることになる。そこへ突然のカマキリ達からの攻撃――

 カマキリは『敵』や『トラブル』の暗示なんだけど、あなたは杯斗くんらしき影が、そのカマキリに首を噛み千切られる夢を見たのよね? それはつまり、あなたが友達想いを意味しているサインであると同時に、あなた自身が変わろうとしている吉兆でもある」

 「えっ」


 台地にとっては、とても意外な診断内容であった。

 内容からして、杯斗が食われる場面も含め全て凶夢だと思っていたからだ。ナオは続ける。


 「結論からいうと、あなた自身は何も悪い事は起こらない。起きたとしても、それは最後の最後で見たとされる『キノコ雲』が関係しているだけ。原爆つまり爆発の夢は、文字通りあなた自身の我慢の限界や、爆発を表している。

 あなたはとても無理をしている。これ以上、自分一人で抱えこまなければ、その夢占い通りの不幸にはならずに済む。と、忠告されているわけ」


 台地はこの夢占いに対し、どう反応を示したらいいか分からなくなった。

 そして、こうも思ったのだ。嗚呼、今までこの学校の生徒達が体験してきた「お悩み相談」って、こういう感覚・・・・・・なのか。と。


 「今回はまだ分からないけど、これまで園田くんの見てきた夢はほぼ占い結果通りに事が進んでいる。今日まで活動してきて、ここまで的中率が高い人を見たのは初めてよ」

 「そう、ですか」

 「そういえば、普段はとても眠りが浅いって言ってたわよね? それであって、この的中率… もしかしてだけど園田くん、『共感覚』の持ち主だったりして」

 「共感覚?」


 ナオの口から聞き慣れない単語である。台地はそれを反芻はんすうした。

 ナオは腕を組み、こう頷いた。


 「心理学の一種でね。ある感覚刺激を受けた時に、その刺激以外の他の感覚が引き起こされる現象のことなの。諸説あるけど、統計だと二十人に一人が持っているらしい」

 「…ちょっと、よく分からないです」

 「そう、ね。たとえば、ある特定の音楽を聞くと『匂い』を感じたり、書いてある文字や内容から『色』を感じたり。

 知ってる? 世の中には、小説を読むだけで『味』を感じる人もいるんですって」

 「えぇ?」


 台地にとっては、耳を疑う様な症状例の数々であった。そしてこうも思った。

 まず、そんな話をいささか信じていない時点で、自分は共感覚なんか持っていない。と。


 「母はかつて、こういっていた。共感覚とは先天性で、無意識に起こるものであり、自分でコントロールできるものではないと。そしてその感覚の種類も実に多種多様だから、自覚がある人もいれば、逆に自覚がない人もいる。園田くんは、恐らく後者ね」


 ここまでの説明で、台地は何となくナオの話している意図が理解できた。つまり、

 「俺が見る夢の正体が、その『共感覚』の一つだと?」

 という仮説である。ナオは頷き、組んでいた腕を下ろした。


 「問題は、園田くんが何の刺激を受けて、それが『夢』として現れるかなんだけどね。

 ここからは私の推測だけど、恐らくその場の空気や人々の視線などから、これから起こりうる出来事や違和感を無意識に感じ取り、それが脳内で『夢』として出てきている可能性がある。つかぬ事をきくけど園田くん。昔、何か凄く嫌な事があったんじゃない?」

 「!!」


 なぜわかる。いや、何に対して嫌な事と訊いているのか、わからない。


 台地は困惑した。下唇を噛み、僅かに俯いた。

 分かった様な口をきくなとは、冗談でも先輩に向かって言えないし、かといってナオの推測が当てずっぽうでもない事は、台地自身がよく理解している。「図星」だからだ。


 NINE~♪

 「ん? ちょっとまってね」


 ナオのスマートフォンから受信音が鳴った。

 今は部活動中なので問題ないが、授業中にサイレントモードを忘れて鳴らしたら、没収案件である。ナオはNINEに届いたメッセージを見て、次第に顔を青ざめた。


 カタカタカタ…!


 ナオがすぐにノートパソコンのキーボードを打つと、やがて流れてきたのはニュース番組の動画音声。

 台地も、ここは無言で音声を聞いてみる事に。


 『昨夜、山間部から焼け焦げた遺体が遺棄されているのが発見された問題で、解剖の結果、被害者は同市内に住む高校生、織田杯斗さん(16)である事が判明しました』

 「え!?」


 台地は驚愕した。

 すぐにナオの隣へいき、パソコンの画面を見入る。ナオの表情が、嘘だと言いたいばかりに歯がゆい。


 『織田さんの遺体はガソリンのようなもので焼やされたあと、証拠隠滅のため地中に埋められたものとみられ、警察は織田さんが何らかの事件に巻き込まれた可能性があると見て、調べを進めています。織田さんが在籍する虹渡学園は先週にも、女子生徒が通学中の駅ホームで何者かに背中を押され、人身事故に遭っており――』


(つづく)

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