台地の焦り

 放課後。結局その時間まで、杯斗から既読がつく事はなかった。

 杯斗は昨夜から、どうしているのだろう? あいにく部活だけで、それ以外の彼の様子はほぼ知らないため、彼の安否を知る友人がどこにいるのか分からなかった。


 鷹野もあれから姿を見ていない。早退したか、たんに台地が人を探すのが下手なだけか。


 「あ。部長」


 門を出る直前、台地は部長のナオと、部員のラムが揃って下校する姿を見かけた。

 休部期間も今日が最終日。明日からは、いつもの静かな部活が始まる。二人は台地へと振り向き、ともに帰路を横並びで歩いた。


 「おつかれ。園田くんから声をかけるなんて、珍しいね」

 「あ… お疲れ様です。その、今日あとの二人は、見かけましたか?」

 「杯斗くんと莉々のこと? ううん、見てない」

 「そうですか。連絡は?」

 「莉々ならいつも通りよ。杯斗くんは、普段は自分からNINEしてくる事はないからね。この後、明日からの部活再開の知らせを送るから、それを見て返事がきたらって所かな」

 「もし、こなかったら? そういう事って、たまにあるんですか?」


 台地がそう質問を続けると、ナオもラムも揃って足を止めた。

 不思議そうに、だけど少し不安そうに、こちらを見る。台地も足が止まった。


 「一体どうしたのよ、園田くん。あなたがここまで自分から訊いてくるなんて、珍しい」

 「あっ… すみません。少し、喋りすぎました」

 「ううん、いいの。私に相談できる事なら、なんでもいって。もしかして何かあった?」

 「まさか、また不吉な夢でもみたとか!?」

 と、ここはラムも前のめりになる。台地は思い出した。


 そういえば、ゆうべ見た夢についても気になる。

 ところで、ずっと道端に留まるわけにはいかないので、3人は再び帰路へと歩き出した。


 その間に台地は、昨夜の杯斗と今朝の鷹野の様子、そして夢の内容について、全て話した。




 「山火事に、『敵』を表すカマキリまで、嘘…!?『終焉』を意味する紅葉も、まさか」

 最初に絶望の表情を浮かべたのは、ラムであった。

 もちろん、台地が見た夢の内容をきいて顔を青ざめている状態である。実に分かりやすい。


 「…なるほどね。バイトの件は、学校や部活とはあまり関係がないから詳しくは聞かなかったけど、まさか援助交際の噂がクラスで流れているとはね」

 一方ナオは冷静な様子で、台地の言葉にうんうんと耳を傾けていた。

 だけど内心は、鷹野に対する失望を抱いているように見える。


 「明日、会ったら本人に直接聞いてみる。杯斗くんの件も含めて、今はとりあえず静観。園田くんがみた夢についても調べてみるけど、ここまで不吉な事が重なると逆に心配だわ」

 「…」

 「あれ? そこにいるのは、夢占い同好会の皆さんですよね?」


 背後から、穏やかな女声が聞こえた。


 振り向くと、そこにいたのは生徒会書記の東間だ。

 台地とナオは軽く挨拶をした。ラムは少しだけ顔を向けると、すぐに肩をすぼめながら視線を逸らしたが、きっと人付き合いがあまり得意ではないのだろう。それはそうと、

 「東間さん、こんばんは。この時間に下校なんて珍しい。今日は生徒会早く終わったの?」

 そう、ナオが質問した。東間は足早に歩きながら、困り笑顔で答えた。

 「ちょっと家庭の用事があって、今日は早めに上がらせてもらったんです。その間に、鷹野さんが生徒会室へお邪魔しにいってないか気になる所ではあるけども」

 「え? あの子を見かけたの?」


 これにはナオも目を大きくした。台地も無言で真剣な表情になる。

 東間は首を縦に振った。


 「はい。けさも朝礼前に、珍しく鷹野さんを見かけまして。ついさっき、職員会館への渡り廊下にいたので気になったんです。本人とは今日、お話はされていないんですか?」

 「あ、うん。どうやらここ最近、プライベートで色々悩んでいるみたいでね。それに明日からは部活動も再開するから、その時に本人から色々きいてみるつもり」

 「そうですか」

 そう落胆ぎみにいう東間に、ここは台地も小さく頷いた。親身になってくれているとはいえ、さすがに書記相手に鷹野のP活の事は言えないので、今は知らないていを貫く。


 「わかりました。明日から、部活再開ですね… では、私はこの辺で」

 そういって、東間は足早に帰路へと去っていった。


 その直前、一瞬だけラムの方へと視線をやり、僅かに冷めた視線を送った様な気がしたが… 台地はこう思った。

 多分、ラムが先程からずっと引っ込み思案だから、相手に難色を示されたのだろう。と。




 そして分かれ道でナオ、ラムと別れたあと、台地は自宅前で珍しい光景を目にする。


 「ん?」

 それは、自宅アパート下の歩道で、外国籍の男が三人屯している様子だった。

 別に外国人じたい、今の日本のインバウンド需要の観点から特段珍しい光景でもない。しかし、少なくともこの街中で台地が外国人三人を同時に見たのは、初めてのような気がした。

 ――見かけない人達だな。誰か待ち合わせ中か?

 台地はそう思い、ここはアパートの階段を昇る。

 その様子を、外国人三人はジッと見つめていた。正直ちょっと不快だけど、制服姿だし、きっと物珍しさで見ているんだろうと肩をすくめたものだ。文化の違い、というか。


 「オイ。デケヤ?」

 「アーホ。ウォ・ソノダ・ヘナ? ヤーロ、キャーホーガ?」

 「チッ。ムジェネイ・パタ」


 なんて、英語でもない全く分からない言語で話している。中東の方、だろうか?

 なんて気にしても仕方がないので、台地は振り向きもせず自宅がある3階へと向かう。結局の所、自分と母親に何の害も無ければ、それでいいという考えであった。




 のちに、郊外の山間部で「謎の焼け焦げた死体が埋められているのを散歩中の犬が発見」との速報が流れたが、この時の台地たちは、まだその緊急性に気づいていなかったのだ。


(つづく)



――――――――――――――――



【補足】

 はい、また出てきましたね。謎の外国語。

 今回は、ノーヒントで申し訳ないです。ただ、前回の外国語補足を見ている方なら、彼らが何を話しているのか、もう何となく察しが付くかなぁと思います。

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