ダイイングメッセージ

※残酷、および虫が登場するシーンが含まれています。閲覧の際はご注意下さい。




 「園田! 早く、この街から逃げるんだ!!」




 ――聞き覚えのある男声だ。誰だろう?


 そう台地が目を開いた先にいるのは、街一つ見当たらない広大な平原に、遠方の山脈。

 ぐずついた天気の下、山脈は… 煙を上げて、赤と橙が無秩序に発光している。

 山火事だろうか?


 台地から約5m先、平原の中央から立ち上がったのは、一人の達磨だるまになった人間。

 燃えているから全貌は見えないけど、体格からして、台地と同じくらいだろう。その者は全くといって良いほど、熱がっている様子はなかった。しかし、


 「はぁ… はぁ…」


 台地は酷く恐れていた。

 平原周辺には一本も木が生えていないのに、なぜか空から紅葉もみじがヒラヒラと落ちている。火事が起こっている山から? いや、あんな遠距離から紅葉が届くはずがない。

 それはともかく、台地の目の前にいるのは火達磨になった人間だ。その者は、こう叫んだ。


 「俺達、夢占い同好会のメンバーは全員、命を狙われている! 天津だけじゃない! 俺も、鷹野も、お前も、全員だ! 首謀者はあの学校の中にいる!!」

 「え…!?」


 信じられない情報だ。台地は目を見開いた。


 火達磨の人の元に、何処からか湧いてきた巨大カマキリが三匹、その体に纏わりついた。

 その者よりも巨大で、人体など簡単に嚙み千切れるような、攻撃性の高い虫――。


 「園田! そいつはお前が勝てるような相手じゃない! 早くこの街から逃げろ!」


 その瞬間、その者の首が、巨大カマキリの強靭な顎によって噛み千切られた。

 その者の頭は、グチャグチャと不快な音を立てて切断され、カマキリにくわえられた状態でドロドロと溶けていく。同時に、他のカマキリもその者の四肢を噛み千切っていた。


 台地は怯えた表情で、後ずさりした。


 火達磨になった人は、そのまま灰となって散った。

 カマキリ達はそのまま何事もなかったかのように、揃って右斜め後方へと走り去った。

 そして… ヒラヒラと舞う紅葉は、いつの間にか消えてなくなっていた。


 ピカッ――


 「…」


 地平線から、大きなキノコ状の光がゆっくり上がってきた。

 あの光り方、轟音、そして熱風。あぁ、原爆か。これはもう、今からだと逃げられないな。台地はそう悟ったのだ。

 自身の目から光を失った感覚を、覚えた。


 爆風は、すぐに台地のいる平原へと到達した。

 まだ、爆心地から遠い距離である。台地は、呆気なくその爆風に吹き飛ばされた――。


 ――――――――――


 「はぁ… はぁ…」


 また、嫌な夢を見た。

 今日は、いつもより息を切らしている。


 時刻は午前七時。枕の横に充電コードを挿したまま置いていた、スマートフォンのアラームが鳴ったことで、台地はそれに起こされたのであった。

 台地はゆっくり起き上がった。


 ――あの火達磨になっていた人… もしかして、杯斗か?


 目を覚ましてから、台地が気づいた事。夢の中に出てきた人物の正体だ。

 聞き覚えのある男声、台地の所属する部活を知っている素振り、そしてSOS… 台地はとてつもなく嫌な予感がした。あの夢が占いでどのような結果をもたらすのかは分からないけど、なんとなく「見てはいけなかった夢」だと思ったのだ。勘、ではあるが。


 ――杯斗にNINEしてみるか。まずは挨拶だけでも。


 そういえば、昨夜の杯斗は何かよからぬ事を考えている様子だった。本人が言っていた「急な用事」というのも何だか不自然で、今は兎に角無事なのか気になって仕方がない。


 「…」


 杯斗からの既読は、台地の登校時間まで付く事はなかった。




 天津の死後六日が経過した現在、学校はいつもと同じムードが流れている。

 どんよりした中に、無理やり陽の光を差したような、そんな空気。台地にとっては元の「普段の登校していた頃の時間」に戻されたような感覚で、なんだか釈然としなかった。


 「ん?」


 そんな台地の視界に、見慣れた部員の姿があった。

 鷹野だ。自分とは別のクラスにいる女子が、今日は珍しく同学年の各教室の中を覗く様に、廊下を一人歩いている。遅刻魔で定評のある生徒にしては、珍しい光景だなと思った。

 鷹野は台地に気がつき、足を止め、覇気のない声で挨拶した。


 「あ。おはよう」

 「あぁ、おはよう。この時間帯にあんたを見かけるの初めてだけど、誰か探してるの?」

 「えっ… えーと、なんでも」


 なんて、いつもの鷹野にしてはらしくない・・・・・反応である。

 昨日の杯斗といい、今日の鷹野といい、あやしい。台地はそう睨んだ。

 よく見ると、鷹野の目の下は化粧で隠し切れていないくらい濃い隈が出来ている。眼も少し充血している辺り、昨夜はよく眠れていないのだろう。


 「あのさ。もしかして、杯斗探してるの?」

 台地はなんとなくだが、思い切ってそう質問してみた。鷹野の方が僅かに上がる。

 「ひっ…! ち、違うから! クラスの友達だよ!! その、最近、大学生の彼氏と付き合いはじめてから不登校になりがちだから、ちょっと心配になっただけで…」


 と、視線を逸らしながらぎこちなく答えた。やはり怪しい。

 だが台地は、鷹野をこれ以上問い詰めるのは良くないと判断した。ここは相手ではなく、自分がどうしたいかを告げるのが最善策だ。そう考え、台地は溜め息交じりにいう。


 「話を戻すけど。実は杯斗から、昨日の夜からNINEの既読が付かないんだよ」

 「…え?」


 鷹野は嘘でしょと言わんばかり振り向き、呆然となる。台地の疑惑は確信へと変わった。

 やはり彼女の探している相手は杯斗で間違いないな、と。


 「あいつ今、どうしてるかな? あいつと連絡とってない??」

 「え… と、さぁ。あ! ちょっと聞いてもいい!?」


 といい、今度は鷹野から話題をすりかえられた。

 その様子、ぜったい何か隠している。台地はそう確信したが、ここは事を荒げないよう鷹野の質問を聞いてみる事に。


 「私の事でさ。なんかこう、変な噂流れてない? その… 杏子がいなくなってからの皆の様子とか、ちょっと気になってて」


 「…さぁ? 天津の事なら、誰かがどうこう噂にしている所、見た事ないけど」


 台地はそう答えた。もちろん嘘はついていない。そう、「天津」の事なら。


 カーン… カーン…


 校内一帯に、重く音割れした予鈴のチャイムが鳴った。鷹野がハッとなり、足を早める。

 「そう… わかった。ごめん、また後で!」


 「…」


 鷹野は自分の教室へと去っていった。

 台地にとっては依然、不可解な展開でしかなかった。


(つづく)

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