連れ去り
杯斗はその日の夜、トー横へ向かっていた。
複雑な事情を抱えた若者が、援助交際や薬物乱用で現実逃避を求め、屯する場所。
一時はそんな悪評が流れたことが問題視され、現在は取り締まりが強化されつつあるが、それでもお金や薬のために立ち寄る若者が後を絶たない。杯斗は足を止めた。
「いた! 鷹野!」
お目当ての人物を早速発見である。
鷹野は制服姿で、トー横の広場から少し逸れた歩道から、ちょうど待ち合わせていたのだろうスーツ姿の壮年男性と手を繋ぐ形で、その場から歩き出していた。
人混みの声にかき消されているからか、お互い声は聞こえない。杯斗は鷹野を追いかけ、その姿が見えなくなる前に空いている方の腕を掴んだ。
「ひゃ!? な、なに!?」
鷹野は振り向いた。男性もこちらを見て驚いている。杯斗はこの瞬間、こうなった理由について咄嗟にこういった。
「あっ、えーと… いとこです。その」
「え?」「は!?」
と、鷹野も男性も疑問視する。杯斗は冷や汗気味に、こう続けた。
「とにかく! 家族が死んだので! おい行くぞ、家族がお前のこと探してたんだよ」
「えぇぇ!? ちょ、何を言って」
「あ。はぁー」
今の鷹野達の会話をきいた男性が途端に冷静になり、冷めた反応を示す。
そして鷹野と繋いでいたその手を、半ば強引に引き離し、すぐにその場から足早と歩いたのだ。鷹野はこの急展開に思考が追いつかず、ただ慌てるのみ。
「え!? まって、ちょっと」
鷹野がそういって手を差し伸べるも、時すでに遅し。このまま援助交際に踏み切れないと判断した男性の意思は堅く、一切振り向かず一人どこかへ去ってしまった。
杯斗は安堵のため息をつき、鷹野の腕を掴みながらその場を歩き出した。
鷹野は普段滅多に見せない怒りの形相で、杯斗に必死に抵抗した。
「ねぇ離してよ! なに勝手なことしてくれんの!?」
「今、『休部中』だって分からないのかよ!? お前が夜に外ほっつけ歩いてる姿を先公どもに見られたら、どうなると思ってんだ! 最悪捕まるぞ!?」
それでも鷹野は杯斗の手を力ずくで振り払い、漸くその身が解放された。
だけど、そこから急いで先の待ち合わせていた男性を追いかけるのは流石に間に合わないと判断し、逃走を諦めている様子である。鷹野は下唇を震わせた。
「なによ… こっちの事情も知らないくせに! そんなの、私の自己責任じゃん!」
「鷹野がここで屯していること。園田のクラスで噂になってるんだよ」
「…え?」
鷹野は絶句した。杯斗は深く息をしてから、自身を落ち着かせてこう続ける。
「俺は、これ以上の詮索はしないけど。でも、できればもう
そういって、杯斗は一人その場を歩き去っていった。
鷹野を「援助交際」という魔の手から救い、今の学校での状況を伝えられたら、それで十分だと判断した結果である。
鷹野は一人その場で立ち尽くしたのち、思い出したかのように怒りが湧き上がってきた。
「…もうこれ、詰んだわ。ふざけんなよあいつ」
そうブツブツと呟きながら、スマホを取り出しお得意の高速フリック入力でNINEのメッセージを作成する。
相手の名前とアイコンからして、先程別れたパパ宛だろうか。
――知りたくなかったわ… はぁ。
その頃、杯斗は部活の同期を無事に阻止できたという安堵と同時に、先程の制止で無駄に体力を使ったからか、いつもより疲れがドッとでた様な気がした。
とりあえずあの様子なら、鷹野は暫くP活などしないだろう。という安堵のもと、トボトボと帰路へ向かう。この時、杯斗は完全に油断していた。
サッ、サッ…
杯斗から少し離れた背後、謎の人影が二人、塀や電柱に隠れる形でついてきている。
だけどその気配に、杯斗は全く気付いていなかった。疲れで気が緩んでいるからか――
パーン!
「うっ!!」
杯斗の頭頂部に、鈍くて重い打撃が入った。
頭がズキズキと痛み、脈が波打ったように音が聞こえ、やがて熱さが増していく。
あぁ、自分が何か重いもので殴られたんだなと杯斗は気づいた。
杯斗は虚ろな目で振り向こうとした。が、
バゴッ!
杯斗の左こめかみに、今度は強烈なパンチが入った。
杯斗は今度こそ気絶し、その場に倒れ込む。抵抗する余裕など、微塵も無かった。
…。
――クソ! もうこれ、絶対ブロックされたやつだ。最悪なんだけど!
その頃、鷹野は道の脇で一人、苛立った表情でNINEの画面を睨んでいた。
いくら連投しても、パパと思しき相手からは一切既読がつかない。鷹野は肩を落とした。
「…」
鷹野は先の怒りから、この後に起こる可能性を恐れ、どんどん不安な面持ちになっていく。
――あいつ、まさか今日のこと、学校にチクらないよね?
鷹野は杯斗が去っていった方向へと、足早に歩いた。
このままだと、自分がトー横で何をしていたのか学校中に確定で知られてしまう。そう思ったからだ。ズルいやり方かもしれないけど、今は杯斗に念のためこの件を黙認してもらうべく釘を刺しておこうと考えた。
記憶を頼りに、杯斗の曲がっていった道へと入る。
「…え?」
鷹野は目を疑った。
曲がり道へ入ったところ、少し距離のあるその先に、気絶した杯斗が謎の男二人に抱えられ、どこかへ連れ去られる姿を目撃したのだ。鷹野は息を呑んだ。
「は、うそ」
鷹野は足音を立てないよう、男らが運んでいく後を追った。
すると次の曲がり角にて、アイドリングストップをしていた一台の白いワゴン車があり、その後部座席に男らは杯斗を放り込んだのだ。
運転席の窓から、別の男が顔を出している様子が、街灯に照らされて映し出されている。
「ヤール、イトナ・レイトホーゲー・コテーダァル!? ウダル・ジャルケー、ソノダ・マルナ! ヘイ、ジャルディ・ベト・ジャルディ!!」
運転手の男が、そういう。
鷹野は血の気が引いた。相手の男は外国籍、だけど何を言っているのか全然分からない。明らかに穏やかな空気ではなかった。
男らは全員車に乗り込み、その場を去っていった。
幸いにも、鷹野の姿は彼らには見られていない。
だけど、信じられない様な光景を目にしてしまった。あれが杯斗本人なら、一刻も早く通報しないと杯斗の身が危ない。そう思い、震えながらもスマホの電話番号画面を開いた。
「はぁ… はぁ…」
振えた指で「110」の数字を入力し、あとはそのまま発信ボタンを押すのみ。
なのだが、鷹野はそれを押す前にハッとなり、ボタンを押す手が固まった。押したくても、押せないのだ。
なぜなら、あの時の杯斗の言葉を思い出したから。
――今ここで通報したら、私が休部中の夜に外出している事がバレる。発信履歴で、警察にデバイス検知もされちゃうし、匿名で通報しても意味がない! 近くに、公衆もない…
鷹野は青ざめた表情で、スマホの画面を閉じた。
申し訳なさと天に祈る思いで、急いでこの場から走り去った。
もう、あんな光景を見てしまったからには、P活なんて出来る状態ではないのだ。生きた心地がしなかった。
――ごめん! きっとあれは見間違いだ、うん。杯斗なわけがない。杯斗は無事! うん。
鷹野はこの日を境に、自身の行いを大いに後悔することになる。
(つづく)
――――――――――――――――
【補足】
杯斗君をとつぜん連れ去った、謎の男3人。
彼らは外国籍で、しかもその中の運転手ポジの男が、なんだか聞きなれない言語を発していましたね。こちらは私が、実際に海外にいた頃に覚えたものでして、ある言語とある言語の二ヶ国を織り交ぜながら使用したものとなります。
(一言語だけだと怒られそうなので)
この際なので、翻訳をお載せしましょう。
あれの意味は↓
「おい、遅すぎだろクソ犬ども!? 向こうへ着いたら、○○を殺すぞ! オラ、早く乗れ早く!!」
です。
○○の部分はネタバレになるので載せられません。悪しからず。
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