鷹野のバイト

 『なぁ』

 『無理ならいいんだけど、俺がけさ見た夢の内容、みてくれる?』


 休み時間、台地はラムの個人チャットにそんなメッセージを送った。

 ナオ以外の部員にNINEをする事は滅多にないので、きっと受信した本人はビックリするだろう。それで「なぜ私に?」と聞かれからどう答えようか、と台地は考えていた。

 すると、


 『え、まってまってまって』

 『ウソでしょ、園田さん!? まさかの。えっとみれるけどまって、場所と時間作らせて! ちょっとまってどうしよう!?』


 というメッセージが来たのだ。意外と返信は早かったように感じた。

 だが、台地としては周囲からの誤解を防ぐためにも、どこかの休み時間にラムと二人きりで会うという約束をするつもりはないので、こう返信した。


 『あ。会うのは、こっちが無理だから…』

 『今から俺が送る夢の内容に、目を通すだけで良い。占いとかも別にいらない』

 『あんたに関係ある夢だから伝えたいってだけ』

 するとラムからの返事は、

 『?』

 だった。きっと本人は疑問符の裏で、ガッカリしているに違いない。


 台地はこの休み時間が終わる前に、スマホを両手に持ちかえ、さっさと夢の内容をフリック入力した。

 鷹野ほど早くはないが、一応予鈴までに間に合う。が、


 バシャン! カラカラ、コロコロコロ~


 後ろ斜めの方向から、筆箱が落ちる音が聞こえた。

 台地の足元へと転がってきたのは細いシャープペンシル。彼はNINE画面を開いたままそれをサッと拾い、開けっ放しの筆箱を落とし文具をぶちまけた男子生徒の元へと渡しに行ったのであった。


 「あれ? どこいった? シャーペン」

 「ハイ、これ」

 「え? あ、ひっ!? う、ど、どうも」


 男子生徒はシャーペンを拾ったのが台地と知り、最初は動揺するも、肩をすぼめるように引き腰でペンを受け取った。台地は顔色変えずに、すぐ自分の席へと戻る。

 どうやら、台地自身が知らない間に自分が「怖い人物」としてクラス中に認知されているようだが、台地にとってはそれも想定の範囲内。


 最初こそは興味を持たれ、だけどあの部活と関わった事で好奇な目を向けられ、それでも本人が思ったほど動じないから、今では腫れ物を扱うかのように皆から避けられている。

 というようにクラス内では完全に「高校デビュー失敗」に終わっている台地だが、まだ別の所に居場所があるだけ、余裕でいられた。それはもちろん部活だけでなく、


 「なぁ聞いたか? あいつ、生徒会長と小学校からの付き合いらしいぞ」

 「あぁ。俺も最初きいたとき『あの鳳先輩と、ガチ!?』ってなったもん」

 「それな。でもよかったー、早めに知っておいて。ほんと危なかったわー」




 “危なかった”?

 それ・・は一体、どういう意味で言っているのか。


 なんて、台地は嘘でも疑問を顔に出さない。どうせ今日までの流れで、大体の想像はつくからだ。男子たちはなお、遠くでこんな話をしていた。


 「てゆうかアイツ、あの様子だと多分知らないんだろうな。あの部活に入ってる鷹野って女、パパ活やってるらしいぞ」


 ――ん?


 台地は今の小声を聞き逃さなかった。

 ながら漸くラムへの送信が完了したので、もう少し静かに地獄耳をたててみる。


 「あー、それ前に彼女から教えてもらった! しかもその事を学校に悟られないよう、表向きあの部活に在籍してますーみたいな」

 「なー。本当だったら、あの部長もグルって事になるじゃん。ちょっと信じられないよな」

 「それさ。俺、昨日も見たんだけど、夜にトー横で誰かと待ち合わせてるっぽい鷹野何回か見かけてるんだよ。ずっとスルーしてたけど」

 「それ! 彼女ちょうどそのトー横のこと言ってたわ。毎回違うオッサンと会ってんだと」

 「うわキモ。女ってすぐそういう所勘づくの、怖くね?」


 台地としては、どうにも聞き捨てならない情報であった。

 天津が死んだ今、追悼の意よりもその鷹野の悪評の方が噂になっているとは、決して良くない傾向だからだ。しかし、


 カーン… カーン…


 校内一帯に、重く音割れした予鈴のチャイムが鳴った。

 その瞬間、先の男子達によるコソコソ話は中断され、みな自分達の席につく。台地もすぐに、スマホの音もバイブも鳴らない様に設定したのであった。




 「あれ? 園田か」


 放課後。

 休部期間中のため、この日も下校となった台地のもとに、聞き覚えのある男声が響いてきた。歩きながらだが振り向くと、そこにいたのは、

 「あぁ。杯斗か」

 織田杯斗だ。彼は自然と台地の隣へ歩いてきていた。

 同性で一緒に帰路を歩くなんて久々だが、杯斗が少し、申し訳なさそうな表情をしている。


 「――俺、実は昼休み中に、ラムに謝りにいったんだよね」


 なんて、杯斗から突然の報告である。

 夕暮れ時、帰路へ向かいながら、振り向いた台地をみて更にこう続けた。


 「あの件があってから、暫く考えてみて俺、あいつに少し言いすぎちゃったなって反省しててさ。それで謝りに行ったんだけどあいつ、急に持参してるスケッチブックを隠すように抱えて、そのまま逃げてしまって」

 「…はぁ」

 「多分、あいつが絵を描いてる所を俺が見ちまったから、また俺に怒られるとでも思って逃げたのかなって。参ったなぁ。俺、人が描いた絵まで否定するつもりないってのに」


 台地は思った。多分、それは自分がNINEで送った夢の内容を絵にしたものではないかと。

 でも、それを知った所でどうにかなるものではないので、次は台地がこう質問した。


 「なぁ。少し話変わるけど」

 「ん?」

 「鷹野って、たまにバイトがどうこう言ってるけど、あの人どこでバイトしてんの?」

 休み時間に、男子生徒らが話していた件だ。なんとなくだけど、ここは他部員がどう答えるのか見たいと思ったのである。杯斗が首を傾げながら答えた。

 「さぁ? 詳しくは聞いてないんだよな。本社が新宿にあるって言ってたくらいで」

 「新宿…」


 トー横こと、東宝ビル横の広場を構える歌舞伎町の区分だ。男子生徒らの証言にリーチがかかった。


 「それがどうかしたの?」

 「いや。実は朝、クラスの何人かが噂してたんだけど… 鷹野、本当はトー横でその、よくないバイトをやってるんじゃないかって」

 「え… それ、ホント?」


 杯斗のキョトンとした反応。どうやら、彼は鷹野のバイトについて本当に知らないらしい。

 台地は、あくまでそう耳にしただけだからと念押しした。杯斗の表情が険しくなっていくがふと、彼は近くの時計塔を一瞥いちべつしてこういう。


 「おっと、そういえば用事があるんだった。じゃ俺、先帰るわ!」

 「え? あぁ」


 そういって、杯斗は足早にこの場を去っていった。

 まるで取ってつけたかのような、その急な用事の思い出し方。まさかこの後、彼一人でトー横へいって鷹野のP活とやらを止めにいくのかと一瞬考えたが、詳しい事はまた明日にでも訊けばいいやと、台地は溜め息をついた。




 ――そういえば部長、どうしてるかな。明日、話しかけてみよう。


 と、ナオの事も思い出していく。

 果たして、この追悼ムードから完全に脱却できる日は、来るのだろうか?


(つづく)

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