多重夢

 「はっ」


 台地は目覚めた。

 時刻は… 壁にかけられているアナログ時計は、午前三時を指している。


 眠りが浅い台地にとっては、最早いつもの事だ。

 彼は用を足す為か、すっと起き上がり、部屋を出るためのドアを開ける。


 「…!?」


 ドアの向こうには、小学生だろうか? 男の子が一人、暗闇の中でぽつんと座り込みながら、何かを工作している仕草が見られる。

 台地はより詳細を見るため、ゆっくりと歩み寄った。すると、その男の子が工作していたのは… 女の子が好みそうな可愛らしい人形の腹部を、包丁やハサミで、ザクザクと斬り刻んでいる姿であった。


 「見ろよ、台地。これだけ殺してやれば、君のお父さんはきっと、謝ってくれるよ」


 男の子はそういい、目だけが形成されていない、半分のっぺらぼうの笑顔を向けた。

 よく見るとその子は… 小さい頃の“せい兄ちゃん”だ。ダークブロンドの髪に、端正な顔立ちをした――


 「あはは! あはははは!!」


 せい兄ちゃんの高笑いにつれて、綿が散乱するほど腹部を切り刻まれた人形が、どんどん巨大化していく。

 「え!?」

 台地は後ずさりした。人形はせい兄ちゃんを飲み込むほど大きくなり、やがて一匹の三毛猫のような… 長毛で、ウェーブのかかった猫へと変化を遂げたのである。


 ドシーン! ドシーン!


 「ひっ! く、くるな! くるな!!」


 台地は後方へ走った。

 真っ暗で、壁も天井もない空間を、ただひたすら走る。巨大な猫は大きな地鳴りを上げ、台地を追いかけていた。


 怖い。怖い。怖い。

 このまま、自分は猫の餌食になってしまうのか。という底知れぬ恐怖が、台地を襲う。


 『このまま逃げても無駄! 夢から覚めて! この凶夢を、すぐ誰かに伝えるんだ!』


 横から、聞き覚えのある女声が響いてきた。

 台地は走りながら振り向いた。そこにいるのは、霊体で半透明になっているラムだ。


 「ラム!? なぜ」

 『いいから目を覚まして! このままだと、今度はあなたが殺されてしまう! 早く!』

 「なっ…!? くっ…!」


 幽霊の如く、台地と同じスピードで猫から逃げるラム。

 とにかく、これが夢だという自覚があるなら、すぐに目を覚まさないとだ。そう自分に言い聞かせた台地は、心の中でこう叫んだ。

 「悪夢よ、散れ!」と。


 ――――――――――


 「はっ」


 台地は目覚めた。

 時刻は… 壁にかけられているアナログ時計は、最初と同じ午前三時を指している。


 「はぁ… 戻った」


 嫌な夢を見た。

 そんな思いで、彼は用を足す為にすっと起き上がり、部屋を出るためのドアを開ける。


 「?」


 ドアの向こうには、男の子が一人、暗闇の中でぽつんと座り込みながら、何かを工作している仕草が見られる。

 台地はより詳細を見るため、ゆっくりと歩み寄った。すると、その男の子が工作していたのは… 女の子が好みそうな可愛らしい人形の腹部を、包丁やハサミで、ザクザクと斬り刻んでいる姿であった。


 「見ろよ、台地。これだけ殺してやれば、君のお父さんはきっと、謝ってくれるよ」


 男の子はそういい、目だけが形成されていない、半分のっぺらぼうの笑顔を向けた。

 その子は… 小さい頃の“せい兄ちゃん”だ。ダークブロンドの髪に――


 「あはは! あはははは!!」


 せい兄ちゃんの高笑いにつれて、綿が散乱するほど腹部を切り刻まれた人形が、どんどん巨大化していく。

 「え!?」

 台地は後ずさりした。人形はせい兄ちゃんを飲み込むほど大きくなり、やがて一匹の三毛猫のような… 長毛で、ウェーブのかかった猫へと変化を遂げたのである。


 ドシーン! ドシーン!


 「ひっ! く、くるな! くるな!!」


 台地は後方へ走った。

 真っ暗で、壁も天井もない空間を、ただひたすら走る。巨大な猫は大きな地鳴りを上げ、台地を追いかけていた。


 怖い。怖い。怖い。

 このまま、自分は猫の餌食になってしまうのか。という底知れぬ恐怖が、台地を襲う。


 『私、夢から覚めてって言ったよね!? この凶夢を、すぐ誰かに伝えてってば!』


 横から、聞き覚えのある女声が響いてきた。

 台地は走りながら振り向いた。そこにいるのは、霊体で半透明になっているラムだ。


 「ラム!? うそ」

 『いいから目を覚まして! このままだと、今度はあなたが殺されてしまう! 早く!』

 「なっ…!? くそ」


 幽霊の如く、台地と同じスピードで猫から逃げるラム。

 とにかく、これが夢だという自覚があるなら、すぐに目を覚まさないとだ。そう自分に言い聞かせた台地は、自身の両手の平をかっぴらいてこう叫んだ。


 「いい加減に起きろ! 台地!!」と。


 ――――――――――


 パンパン!

 「うっ… うぅ~ん」


 台地の頬に、自身の両手による平手打ちが木霊こだまする。

 台地は寝ぼけた表情で、部屋の様子を見た。


 時刻は… 枕の横に充電コードを挿したまま置いていた、スマートフォンの表示では、アラームが鳴る直前の六時五十八分を指していた。


 ――夢、か… 嫌な時間だな。でも、起きるか。


 台地は眉間に皺をよせながら、ゆっくり布団から起き上がる。同時に、

 「だいちー、ご飯よー」

 という梨絵の声が、キッチンから響いてきた。流石に、この状況は夢ではないと分かる。


 「…」


 台地はふと、ゆうべ見た夢の事を思い出していた。

 人形を切り刻む“せい兄ちゃん”から、巨大な長毛の猫が現れ、追いかけられるという夢。ただでさえそんな鮮明な夢を2回も見たのだ。こんな経験は、初めてかもしれない。


 【同じ夢を何度も見る 意味】


 台地は立ち上がり、寝ぼけまなこでキッチンへとぼとぼ向かいながら、スマートフォンで自分が見た夢について調べてみた。すると、


 ――え?「多重夢」?

 というワードが検索上位に出たのである。その瞬間、台地の脳裏にあの台詞がよぎった。




 『多重夢の夢占いは「心身の疲弊」「SOS」。つまり、その多重夢を頻繁に見る人の心理は、必死に助けを求めているというサインなの』




 そう。部長のナオが先日、学校の屋上で教えてくれた、多重夢についての意味である。


 台地は自分が怖くなった。ネット検索で出てきたその多重夢の意味も、

 「過度なストレスやプレッシャー、現実逃避願望などの精神的な問題」

 と、ナオがいっていたそれにほぼ当てはまっていたのだ。目が覚めてしまった。


 つまり、今の自分は、精神的にかなり追い詰められている。


 ――絶対に、あの天津の件が原因だ。

 台地は今回、多重夢を見てしまった原因についてそう自己分析した。しかし、

 ――でもそれならなぜ、あのオタク女子のラムが出てきたんだ? せい兄ちゃんの件も気になるけど俺、ラムに何か気がかりな事でもあるのか? ここは本人に伝えておくかな。


 そう考え、スマホの画面を閉じた。


 なんて行動をしているうちに、キッチンへと到着したのであった。


(つづく)

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