第三章 ―転―
葬儀
お輪の音色が、葬儀場一面に鳴り響く。
参列者は教職員、生徒、遺族あわせて五十人弱。
祭壇には、生前の天津の写真が遺影として飾られていた。
会場一面に、生徒達のすすり泣く嗚咽が聞こえてくる。もちろんナオたち夢占い同好会のメンバーも全員、制服姿で葬儀に参加していた。
芸能人出身校に在籍する女子高生を、謎の黒ずくめの男が線路へ突き飛ばしたという人身事故はあのあと、全国区のニュースにまで発展した。
以前、ナオの口から耳にしたOBの落語家・養老亭かん平とかいう人物も、流石に本件には遺憾の意を示したらしい。そんな大御所にまで目を付けられた以上、教職員たちも流石に自分達の立場が危ういと危惧したのだろうか。
「阿仁間。部員との別れの挨拶は、ちゃんと出来たか?」
納骨後、教職員の一人である眼鏡の中年男性が、部長のナオに声をかけてきた。
台地たち他部員が参列者と面会している中で、まさかの教職員からの声かけである。ナオはその教員に連れられる様に少し場所を移動してから、静かに質問に応じた。
「はい。なんとか。でもまさか、こんな事になるとは思っていなくて」
ナオが答えられるのは、それが精一杯であった。
まだ犯人が捕まっていない中、勝手な憶測は立てられないが故の言葉である。すると、教員は次にこんな事をいいだしたのだ。
「事件当日に早退した後、生徒会に休部願を出したという話は聞いている。部員を遅くまで歩かせるのは危険だと判断したから、願いを届けたのではないかと耳にしているが」
「あー。なんといいますか、部員達が杏子… ううん。天津さんの死を聞いてショックを受けたので、今は精神的な休養が必要だと判断し、休部願を出したまでです」
「それって部員全員か?」
「…え」
ナオは耳を疑った。
全員か否かを聞くとは一体、どういう意味なのか。とにかく、ナオはすぐにこう答えた。
「全員です。その日、部活を休んだ生徒は1人もいません。私と同行していました」
「そうか。なら、部員には更にこう念押ししておきなさい。『犯人が現在も逃走中である以上、休部中はみな放課後、外へ出歩かないように』とね。学校の信用問題に関わるからな」
ナオは絶句した。教員はそういって、この場を後にする。
人の葬儀中、それも傷心中に、信じられない忠告を入れてくる大人がいるものだと察した。
学校の信用問題に関わるのなら、全校生徒が対象となる事案なのに、なぜ夢占い同好会のリーダーにだけそんな忠告をしてくるのか。それも学園長でも何でもない一教員が、である。
まるで、こうなった原因があたかも自分達のせいだと決めつけられているかの様な――。
ナオは場の空気を考え、ここでは我慢したが、陰では多大なる怒りを覚えたのであった。
台地たちも、遠くからその様子を見つめていた。
特に、鷹野が教員のその発言に対し、陰で涙の罵倒をし続けたのはいうまでもない。
解散後は、母・梨絵と合流した。
息子の同級生が事故に遭ったのだ。保護者としては気が気でならないのだろう。会場の外には、他にも何人かの生徒保護者らしき大人が立ったり、送迎用の車を停めたりしていた。
「あ。園田さん」
生徒会書記だ。東間萌である。
台地が梨絵と軽く話をし、少しその場を離れたタイミングで、東間から話しかけてきたのであった。台地は「あ、どうも」といい、小さく会釈した。
「会長から、事情は伺っています。まだ転校してからそんなに経っていないのに、あんな事になるなんて。その、気持ち的にしんどいんじゃない?」
「まぁ… ちょっとは」
台地は俯きがちに答える。これが部員からの質問だったら、恐らく「いいえ」と答えていただろう。東間は続けた。
「その様子からして、夢占い同好会には馴染んできているみたいね。みんなが園田さんに優しくしてきた事が、伝わってくるというか。本当に、惜しい人をなくしたというか」
「…」
「こんな事を言ったら馴れ馴れしいと思うかもだけど、その… 私でもいいから、もし少しでも不安な事があれば、信頼できる人に相談してくださいね。今回の、天津さんの死を無駄にしないためにも。ね」
そういって、東間は踵を返した。生徒会自体がまだ会場に残るためだろう。
しかし東間の発言には、少なからずこの先の学校生活において、台地を含む部員達へ命の危険が迫っているという「扇動」が含まれている気がした。
ナオに対し、教員が言い放った言葉に比べれば、まだマイルドで共感できるものだが。
それだけ、今回の天津の死は事件性が高いことを物語っているのだ。事実、葬儀場前には、
「生徒の人身事故について、被害者の交友関係で何か心当たりは!?」
「多彩テレビリポーターの熊谷です。犯人は現在も逃走中との事ですが、学校で今後、どの様な防犯対策をすすめていくお考えでしょうか?」
と、会場から顔を出してきた学園長に対し複数のマスメディア(通称マスコミ)がカメラやマイクを向け、取材にかけつけていた。当然、学園長は非常識極まりないマスコミの質問に対し終始無言で、道に停まった黒いセダン車に乗り込むのみ。
田舎育ちの台地にとっては、ニュース番組の関係者とこうして同じ場所で出くわす事自体が初めての経験で、まるで非現実にいるかのような錯覚を覚える。
「…信じられないリポーターたちね。この状況で、いって良い事と悪い事があるでしょうに。遺族や先生たちの気持ちを考えられないのかしら」
梨絵がそんなマスコミの言動に対し、陰で怒りを露わにする。台地も内心同じ事を思ったが、態々口に出す事でもないと敢えて反応はしなかった。
ただ、静かに梨絵の顔を横から見つめるだけ。
――今夜は、どんな夢を見るのかな? もし、それで凶夢だったら…
今の台地はマスコミの言動よりも、帰宅してからの自身のメンタルの方が、心配であった。
(つづく)
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