占いの結果は…
「あなた、昨日はちゃんと眠れていないでしょう? 目の下の
放課後。
ナオがそういって心配を向けた先は、例の件で過呼吸気味になっていたラム。
あのあと、特に何か奇行や発狂を起こしたわけではなく、ラムはそのまま帰宅していたとのこと。だが、それでも安心できない何かがあったのか、
「い… 嫌な夢をみた」
といって、遠い目で身を
「それで眠れなかったのね? その夢の内容って、絵にして描いたの?」
ナオがそうきくと、ラムが静かに、首を横に振った。
台地にとっては、少し意外な展開だった。昨日まで、どんな夢の内容も基本的に率先して絵に描いてきたはずのオタク系女子が、こんな珍しい日もあるのだなと思った。
「描けるわけ、ないじゃない… だって」
「?」
「バイクに乗った、鷹野さんが… 事故で死ぬ夢なんて、描けるわけないでしょう!?」
「え!? はぁ!?」
いつもの様にスマホを弄っていた鷹野が、ラムの震えた声につい目を大きくした。
台地も杯斗も、揃って鷹野へと振り向く。鷹野は怪訝な表情でその身を引いた。
「ちょっとなに、怖い怖い怖い! あんたなんつー夢見てんの!? てゆうか私、バイク乗らないし、免許ももってないし!?」
「なるほどね。事情は大体分かった。占いの観点からしても、あまり良い夢とはいえないから、昨夜はよく眠れなかった。そういう事よね? ラム」
と、ナオが冷静に対応した。
台地は息を呑んだ。
ナオは次に鷹野へと目を向け、静かにその顔を見つめた。
「…わ、わかった。わかったから!」
鷹野も、ナオのその視線で空気を読んだのだろう、不貞腐れた顔ですぐスマホを両手持ちへと変えた。何かを急いでNINEで送っているのか、フリック入力がとても早い。
「間違っても、バイクには乗らないって約束する! あまり遠くにもいかないし、今日はバイトの時間も減らして、できるだけ大人しくしておく! どう? それで満足!?」
口ではそう言っているが、内心は納得がいってなさそう。
台地は陰で溜め息をついた。所詮はただの「夢」なのに、本気で信じている部員がいるものだから、気を落ち着かせる為に態々そこまで言わなきゃいけないのかと落胆したものだ。
「…園田さんは、夢を見ていないの?」
「え」
が、今度は少しだけ気持ちが落ち着いたラムから、台地への質問である。
昨日の今日で、まさかこんな展開が起こるとは。
「部長から、言われたんでしょ…? 凶夢は、口に出した方が、いいって」
「げっ」
台地はすかさずナオを見た。ナオは頭が痛いのか、眉間に皺を寄せ俯きがちになっている。
これには杯斗も、
「ふん。言った方がいいんじゃねーの? この流れだし」
と背中を押す。流石にこの状況で一人「我関せず」と振る舞う訳にはいかないようだ。
「あー、もう… しょうがねぇなぁ! ところで今日、天津は?」
台地は確認のため、鷹野に質問を投げかけた。今日は天津が部室に来ていないが…
「ヘアサロンの予約があるから、先に帰ったって。大胆イメチェンするって言ってたよ」
「へぇ、平日の夜に髪切りにいくなんて意外じゃね?」
なんて杯斗が物珍しそうな表情で相槌をうつ。台地は、妙なデジャブを覚えた。
「髪、か… この際、本人がいないからいうけど、その」
台地は内なる緊張を解くように、軽く咳払いをした。そしてこういう。
「天津が、夢に出てきて… そいつの髪が、ボロボロ抜け落ちて、ハゲになる夢だった」
「ぶーっ!!」
杯斗は吹き出し笑いを起こした。鷹野もぷっと片手で自身の口元を抑え、腹を捩らせる。
「あはははは! ウソでしょう!? このタイミングでそんな事ある!?」
「マジかよあははははは! タイムリー過ぎるだろ、やべぇ腹いてぇ!!」
なんて大笑いをするものだから、台地は恥ずかしくなった。昨日の今日で、まさか悪い意味で部員達が笑顔になるとは思っていなかったのだ。
「だから言いたくなかったのに…!」
台地は小声で呟いた。
もっとも、その後のケロイドや眼球突出の場面は流石にグロテスクなので、訊かれない限りは言わないでおこうと思った。
「杏子、大丈夫かな? 園田くんには申し訳ないけど、サロンへ行く日にそれって、ちょっと縁起が悪いかもね。念のため、施術が終わった時間帯にグルチャで声をかけてみるわ」
と、ナオが顎をしゃくった。
部長のその提案には鷹野も杯斗も納得したようで「私もそうする」「俺も」と、続けて返事をする。
ラムもこの時間までに漸く気が楽になったのか、立ち上がるさま、
「だいじょうぶ… だいじょうぶ… 口に出せば、きっと悪い運気は逃げ出す。髪が抜け落ちる夢は『生命力の低下』『行く手を阻む障害物』! だから、実際に髪がなくなる暗示ではないけど園田さん、あなたも健康に気を付けて!! 寝れる時にちゃんと寝るの!!」
と、いつものオタク早口で台地に忠告したのであった。台地は冷や汗をかいた。
――いや、それはお前もだろ。
なんて、心の中で突っ込んだのは言うまでもない。
『だいじょうぶだよー。結果は大成功! すっごく良い感じに切ってもらったんだー』
と、台地のスマホ画面にはNINEの夢占い同好会グループチャット。その中に、天津からのメッセージが表示されている。
帰宅したあのあと、彼はナオの言葉が気になったのか、グルチャの様子を見に行った。
本当は、先の悲劇の連続など引きずっていないで、バイト探しの続きに入った方がいい気もしなくはない。それにしても、天津は相変わらず元気そうで良かった。
『その様子なら、大丈夫そうだね。寄り道しないでまっすぐ帰ってよ?』
『もちろんだってば。折角イメチェンしたんだもん。早く明日になって、部員のみんなに見せてやりたいなぁー』
『浮かれてんなぁ。今、その様子を自撮りしてグルチャに送った方が早くね?』
『もうー! 女心を分かってないなぁ。そういうのは、当日までナイショなのー』
『まぁまぁまぁ。あ、私も今日は約束通りバイト早く上がったからね! この通り』
なんて、鷹野や杯斗、ナオ、そして天津の四人がメッセージでやりとりをしている様子を、台地は静かに眺めていた。
ラムは以前、確か「文章を書くのが苦手」みたいな事を言っていたからともかく、台地は静観の身である。既読の数で、全員がチャットを見ている事が分かれば、それでいいのだ。
『そうだ! 明日のお披露目会が終わったら私、みみっちのお見舞いに行こうと思ってるの。もちろん、面会に行っていいか先に確認はするけどねー』
と、天津が明日以降のスケジュールを提案する。
そういえばその集団リンチの件を耳にしてから、しばらく部の空気が重かったけど、ずっとその事を引きずっていたって仕方がない。
今は、自分達が出来る事を優先していくのみ。事実、今日は何も悪い事は起こっていないのだから、夢占いの話はあまり気にしないでおこう。
台地はそう自分に言い聞かせ、一言挨拶の末チャットを閉じ、寝床についたのであった。
翌日、あんな悲劇が起こるとは、予想すらしていなかった。
(つづく)
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