警告夢
※残酷なシーンが含まれています。閲覧の際はご注意下さい。
「…」
その日の下校は、いつもより無言の状態が長く続いた。
台地をはじめ、途中退室したラムを除く部員全員、同じ帰路を歩いていく。
先の集団リンチの件をきき、肝が冷えている中、天津が横から台地を覗くようにみた。
「けさから気になってたんだけど、その手、どうしたのー?」
右手に巻かれている包帯の件だ。
既にナオには伝えているが、またその事を口に出さなきゃいけないのかと不快感を覚える台地である。そこから更に追い打ちをかける様に、
「危ないもん殴ってケガしたから、遅刻したって聞いたぜ? 嫌な夢でも見たんか」
と、杯斗に鼻でさされる始末。ナオが台地を慰める要領で、こういった。
「今は、それを話せる気分でもないんじゃない?」
「…」
「まじない程度に、私からアドバイスね。あとで自分で占ってみて、吉夢だった場合は、無理に言わなくていい。逆に凶夢だった場合は、NINEでも誰でもいいから、口に出した方がいい。それで悪い運気を吐き出すの。
仮に『占い』というものを信じなくても、嫌な事は心にしまわず吐き出しちゃった方が、気が楽になるはずだから。慌てず、ゆっくりでいいわ」
「…はい。ありがとうございます」
「じゃあ私、この辺で。ばいばーい」
そういって、相変わらずながらスマホで歩いて枝分かれした鷹野を筆頭に、部員たちと別れの挨拶を交わした。
台地もやっとこの不穏な空気から抜け出せたという安堵を覚えるが、まだ夢の件が脳裏に引っかかる。幸いにもスマホは弄れるので、今朝の夢についてネット上で得られる情報をもとに占ってみた。
――氷は、人間関係の悪化。それに閉ざされていた人達と、関係が不和になる暗示。
――母親の妊娠は、目標の達成。知らない男は、今の生活に満足していない事の表れ。ゴキブリは「敵」。そいつに刃物を向けられていた場合は、対人関係に不安がある状態。
――それってつまり… 今の俺は、誰かに目の敵にされていて、いつか母親からも忌避されるという事の暗示なのかな。その事に、自分でも気づいてはいるけど、退屈しのぎで今の状況に満足しているフリをしているだけではないか、と…?
――完璧に「凶夢」だな。部長のNINEに、見た夢の内容だけ、一応伝えておくか。
自分でも、おかしな事をしていると思った。
認めたくないが、今日のラムの様に夢占いを信じてしまっている自分が、ここにいる。だけど今朝から抱えているそのモヤモヤを、ずっと心の内に溜めたままにするのは良くないと判断した結果だ。
台地はナオの個人NINEへ、かなり簡易的なものではあるが、今朝みた夢の内容を書いて送信したのであった。
「台地! おかえりなさい。怪我は悪化していないわよね?」
帰宅後の室内は、少しばかり明るい雰囲気が漂っていた。
学校が、特に部活中が不穏だったから、この実家のような安心感には救われたものだ。台地は軽く頷いたあと、梨絵が妙に嬉しそうにしている理由を尋ねてみた。
「実はさっき、昔ご近所さんだった鳳さんがうちへ挨拶に来てくれたの。台地、あなた昔よく一緒に遊んでいたあのせい兄ちゃんが今、同じ学校に通っているんですってね!」
「あっ… うん。実は」
そうだった、母に誠司の事を伝えるのをすっかり忘れていた。台地は気まずくなった。
見ると、リビングのテーブル上に高級そうなクッキーアソート缶が置かれている。どこで住所を聞いたのか知らないが、あの生徒会長のご家族が、この家へ訪問してきたのだろう。通りで梨絵が嬉しそうにしているわけだ。
「ご家族からあなたに『宜しく』って。ささ、早くご飯食べましょ」
そんな、今の梨絵とこの部屋の空気を感じて台地は思った。
――やっぱり、凶夢なんて本当に起こるわけがない。あの件はたまたまだったんだ。
と。天津の知人が受けた集団リンチの件である。
ラムは「夢占いが現実となった」的な事を言っていたが、結局は確率の問題。なんて口にしたら被害者に申し訳ないので敢えて黙っておくが、台地は肩をすくめたのであった。
とにかく、今の台地は夢占いが危惧していたような、対人関係のトラブルは起こっていない。母親と疎遠になるという兆候もないのなら、もう今朝の件は忘れようと思った。
――――――――――
台地は今日も、決して良くはない寝心地の中で目を瞑る。
目の前で、ぼんやりと映し出されたのは… 天津だろうか?
おなじみの部員の一人が、真っ白な風景の中に、ポツンと立っていた。
台地はそんな天津の姿を、ただ遠くから見つめるだけ。
気が付けば、天津がいるその横には、一本の大きな信号機が
信号機は、ずっと黄色だけがチカチカと点滅している。赤も青も、一切点滅しない。
「…」
妙な胸騒ぎがした。
台地は天津の様子を見つめた。天津が、ゆっくりこちらへ振り向く。
「!?」
天津のロブヘアが… 頭髪が、サラサラと抜け落ちていくではないか。
天津の頭は、最終的に全ての毛が抜け落ち、みすぼらしいスキンヘッドとなった。
そこから更に、天津の半開きだった口から覗く歯が、ボロボロと抜け落ちていく。
白い背景に、信号機しかないのに、なぜか踏切の音がカンカン響いてきた。
その瞬間―― 天津の顔がケロイドの如く焼け爛れ、両目からは眼球が突出。全身がヘドロ色に溶けだしたのだ。
音が、更に大きくなっていく。信号機の黄信号は、さらに発光を増した――。
――――――――――
「!」
視界に映るは、見慣れた自室の天井。
仰向けのまま、呆然と、乾いた目を泳がせる。
暗い夜。僅かに踏切のカンカン音が遠くから響く。
近くでは車が通っているのだろう、暖色のハイビームが、部屋の窓を差して横切った。
――夢、か。なんだったんだ。あれは。
また、悪夢なのだろう。
気分の悪いものを見てしまった。つい抵抗したはずみで再び手を怪我するような事は、二度と起こしたくないとばかり、台地は冷静になった。
目がとろんとしてきた。
――さっきの… 踏切と、ライトが差し込んできたせいだな。あぁ。気のせいだ。
台地はそう自分に言い聞かせ、ゆっくりと、瞼を閉じた。
何事もなかったかのように、再び眠りに就く。
それにしてもなぜ、天津が夢に出てきたのだろう?
その辺り定かではないが、多分、そこまで気にするほどの事でもないだろうと思った。
(つづく)
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