凶夢は「現実」へ
「フフ… フフフ…!」
部室内に響き渡る、ラムの不気味な笑い声。
また、いつもの様に絵を描いている…
かと思いきや、今回はじっと自分の描き上げてきた絵を見ながら、ニヒル笑いを続けているのであった。筆を持っていないのだ。
「なにか良い事あったの?」
鷹野が、スマートフォンを弄りながらラムに質問する。ラムは答えた。
「この前みた夢を描いた絵…! この夢占いの通りになったの! 私もう嬉しくて!」
そういって、その描いてきた絵を見せる。
台地もあの日目にした、うさぎと猫が仲良く遊んでいる所を、ヒヨコをたくさん従えているラムが見つめる夢の絵だ。
つまり、ラムに何があったのか。ラムは嬉しそうにこう続けた。
「朝、地区の子供たちが、親御さんとともに私の家にきて、沢山の手土産をくれたの! 突然だから理由をきいたら、『いつも大変そうだから皆で出し合う事にした』って!」
「え、なにそれ…?」
鷹野は眉をしかめた。
台地も、今の言葉は聞き間違いかと反応してしまう。杯斗も、今ので目が覚めたようだ。
「どういうこと? 皆でお金を出し合って、手土産を買って渡してきたってこと?」
ナオもキーボードの入力を止め、しかめ面にラムへと訊いた。
「そう!」
と、ラムが自分の絵を抱えながら答える。ナオの目が、真剣な眼差しに変わった。
「それ、役所からの給付とか、そういうのじゃなくて? あなた確か母子家庭よね?」
「くっ…! そんなのは関係ない! みんな、善意で出しにきたって言ってたもの!」
ラムが、突然怒りの表情を見せる。
ナオに訊かれたくない項目があったのだろう。このままだと、またナオとラムの口論が発生しかねないと察したのか、ここは杯斗が話を本題へと戻した。
「その手土産って、中身どんなのだったよ?」
「えっ… まだ、見てない。でも、子供たちは『有名店のお菓子』だって言ってた!」
「有名店かぁ。そこそこ良い値段するものを買ってきたんだね、みんな」
なんて鷹野が褒めるように相槌を打ち、ラムの気を落ち着かせていく。
――それって、大丈夫なのか?
台地は疑問を抱いた。と、同時に、
――なんか、俺んちのポストに大金の封筒が入れられた件と、妙に似ているな。
とも思ったものだ。考え過ぎだろうか? と思っていたそのとき。
ガラガラガラン!!!
「莉々ー! たいへんだよー」
部室の扉が開いた。天津杏子の到着だ。
だが、今日の天津は慌てている。部員達も、珍しいとばかり振り向いた。
「杏子、遅かったじゃないの。どうした?」
「みみっち、病院だって! しばらく入院することになるみたい」
「入院? て、みみっちって、あの山火事の夢を見たってNINEしてきた!?」
台地たちが全員、天津からの報告に目を大きくした。
つい昨日、鷹野が話していた夢占いの依頼者だ。たしかあの時は、ナオ曰く「山火事は大切な何かを失う凶夢」だと言っていたが、まさか本当に…
「どうして入院することになるかは訊いたの?」
ナオが一旦冷静になり、天津に質問する。天津は、僅かに肩を震わせていた。
「うん。なんかね、その子の近所に住んでる同級生の話だとー、昨日バイト帰りに誰かから襲われたっぽくてー、自転車も壊されてて」
「え…?」
「なんでも、足の骨を折られて、しかも全身傷だらけで倒れてたって、目撃者が救急車を呼んだそうなのー。しかも着ていた服まで全部、ハサミで切られてて、裸だったって」
「「えぇぇ!?」」
台地も、ナオも、天津から聞かされた詳細に声を荒げた。
鷹野でさえ、スマートフォンを弄っている場合ではなく、飛び上がる様に席を立った。
「だからあの子、ずっと既読がつかなかったんだ! 今朝、学校をお休みしたから、どうしたのってずっとNINEで送ってたんだけど…」
「マジかよ。集団リンチじゃね? それ。チャリまで壊されるって、相手はわざとその子を足止めしてやったって事だよな?」
「ま、また夢占いの通りになってしまっている…! ということは、まだ恋愛経験のない女性の『大切なものを失う』の意味って…!!」
ラムが自身の両手で口元を隠し、そう言いかけたところをナオが制止した。
「ラム! さすがにそれ以上は言っていいことと悪いことがあるよ!!」
「でも…!!」
「私だって正直
その言葉に、天津も鷹野もコクコクと頷く。
部員の中では割とフワフワしたイメージのある女子二人が、珍しく真剣な表情を浮かべている。それだけ、今回は空気を読むべき事案だ。
「は… はは… こわい。こわいこわい、こわい…!」
それでも、ラムの動揺はさらにエスカレートしていた。
明らかに、夢占いを信じ切ってしまい、過呼吸寸前に肩が揺れている。
「やはり、夢占いは吉夢でなきゃいけないんだ…! 凶夢をみたら不運が起こる、吉夢なら助かる…! ぜんぶぜんぶ予知夢! もっと、もっともっと吉夢を求めないと!!」
ガラガラガラン!!!
「「ラム!」」
ナオと杯斗が、荷物を持って走り去るラムへと手を伸ばすが、時すでに遅し。
ラムはそのまま、息を切らしながら、何かを求めるように部室を後にしていった。
「ちょっと、偶然にしては、でき過ぎじゃない?」
こうして部屋が静まり返ったあと、最初に鷹野がそう呟いた。
杯斗も、陰で汗を滲ませる。台地は血の気が引いた様な感覚に陥った。
(つづく)
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