“お悩み相談”
結局、お悩み相談について話すのは、昼食の後にしようという事になった。
ナオが食堂で注文したのは、醤油ラーメン。
正直、そちらの方が台地の弁当より美味しそう、と思ったものだ。
もちろん、母が作ってくれたお弁当も美味しい。
だが、今の台地は手を負傷しているため、箸も満足に持てない。だから、今日の弁当は手づかみできるおにぎりのみで、それも昨晩の残り物であった。
梨絵があのあと、急ピッチで配慮をしてくれたのだ。無理に断れなかった。
「いじめの実態調査…?」
台地が案内されたのは、虹渡学園で唯一立ち入りが許可されている、東校舎の屋上。
ナオと二人きり。ここなら、誰かが来ても話しかけられる事はない。
金網で、転落防止用の柵が張られたこの場所で、ナオから理由を聞かされた。
「もう何度か遭遇しているだろうから、教えちゃうけど、この学園にはいじめや性犯罪などが陰で横行していてね。それを、学校側は
「…あー。よくニュースで見かけるやつですね」
台地は微妙に落胆した。ナオは深く頷く。
「そう。ましてやこの学校は、芸能人の卒業生を輩出しているという過去の栄光にすがり、何かあるたびに芸能事務所に頭を下げては、事実を揉み消してもらおうと躍起になる。そこまでしてこの学園は、生徒の将来よりも、自分達の名誉を守りたがる屑の集まりってわけ」
「…」
台地は思った。
どうして、そんな劣悪な環境の学園にナオが通っているのだろう? と。
「部長は、その事を、入学前から知っていましたか?」
「まぁ、一応はね」
「じゃあ、どうしてこんな学校に…」
転校してきたばかりの立場である台地が、いう事ではないかもしれない。
それは、彼自身もよく分かっている。
だけど、彼はどうしても気になった。お世辞にも、この学校に似つかわしくないアイデンティティをもった優秀なナオが、態々底辺校に通う理由が分からないのだ。
正直、今の訊き方は先輩に対し失礼だったかもしれない。するとナオは困り笑顔で、
「滑り止め」
と、あっさりした返事を返した。
同時に、内心「そうであってほしい」と密かに期待した通りになったことに、台地はなぜか申し訳ない気持ちを抱く。なぜか、だ。
「志望校は、別だったと?」
「うん。ただ私、試験当日にインフルで休んじゃったの。二次選考の朝も、送迎中に母のアンチがわざと車にぶつかってきて、それで警察に足を取られている間に、時間が…」
台地は絶句した。
ナオに、そんな理不尽すぎる受験失敗の思い出があったなんて。
つまり、ナオがこの学園に通っているのは本意ではなく、本来なら彼女は、もっと優秀な高校に通っていたかもしれないのだ。
なのに、二度も神に見放され、滑り止めのための併願を余儀なくされた。
そんな、将来を潰される痛みや苦しみを知っているから、彼女は――。
「それで、誰かの救いになりたくて、お悩み相談を…?」
台地は言葉を選ぶように、最初の質問に戻した。
「まぁ、そんなところ。でも、さっきも言った通り、学校側は事実を揉み消す傾向がある。もちろん、完全には揉み消せなくて、一時は新聞の一面に載った事もあるけどね」
「そうなんですか」
「うん。その時の、いじめ被害者の証言を記した手紙は、全て真っ黒に塗り潰されていた。最初はそれをニュースで目にした人達から批判があったけど、すぐにその話題は下火となった。一説では、OBの養老亭かん平が所属する事務所が、マスコミに
「ひどいですね」
「でしょ? だから、被害者側はみんな本当の事が言えないし、言っても悪い大人達の権力で『なかったこと』にされてしまう。そこで私が思いついたのが、夢占いってわけ」
「?」
台地はそれこそ、いじめと夢占いに何の関係があるのだろうと疑問を抱いた。
共通点が、思い浮かばない。
それを察したのか、ナオが正面を向いた。
「夢が投げかけるメッセージは、いわばその人の『隠語』よ」
「隠語?」
「そう。たとえば、多重夢の夢占いは『心身の疲弊』『SOS』。つまり、その多重夢を頻繁に見る人の心理は、必死に助けを求めているというサインなの。
きっと凄惨ないじめに遭っていて、誰にも言えない状況に見舞われているのかもしれない… と、私達は夢占いから予測していくのよ。そうすれば、次からその人の様子を陰で伺い、いじめの証拠をかき集めていけるじゃない。実際に、その方法で夢占いをひも解いていった結果、予想が当たっている事が多かったわ」
「まるで探偵ですね」
台地は顎をしゃくりながら、相槌を打った。
なるほど、大体の意図と経緯は理解できた。ナオは満足げに微笑む。
「そうかもね。だから、被害者が直接本音で言わなくても、夢占いで察してあげれば概ね解決の糸口が見つけられる。悪い大人達に先手を打たれ、泣き寝入りになってしまう前に、そうやって生徒達の悩みを解決してきた過去があるのよ。十何件かね」
「なるほど。なら、どうして人が来なくなったんですかね…?」
「“当てすぎて、逆に怖がられちゃった”」
ナオは、それ以上のことは何も言わなかった。
最後の言葉が、何を意味しているのか―― そこを察してあげるのが、大人というものなのだろう。
ナオの言葉には、自分に非があるのだという自責の念さえ感じられた。
(つづく)
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