失うモノ
「台地と最後に会ったのが、俺が小四の時だったよな?
母が丸三日、ずっと不眠不休で働かされたせいで倒れ、重い病気にかかってしまって。それで、田舎を出て大きな病院に通わせなきゃいけなくなって、俺も祖父母も一緒に引っ越したんだよ。台地には、その事を教えていなかったな」
かつての“せい兄ちゃん”と再会して早々、重い話である。
台地は案内された席に座り、せい兄ちゃんこと鳳誠司の話を、静かに聞いていた。
徐々に思い出す、自分達の幼少時代。
それと同時に── 台地は気まずくなってきた。
「いま、『園田』を名乗っているということは…
「まぁ。一応」
「なら俺たち、一緒だな。俺も、母が急病で倒れてすぐ、父は自分の国へ帰ってしまって。それを最後に、いつの間にか離婚したことになった…
すまない。つい自分のことばかり話してしまった。梨絵おばさんは、元気にしてる?」
台地は頷いた。誠司が安堵の笑みを浮かべた。
「こうして高校で再会したのも、何かの縁だ。てゆうか台地… 変わったな」
「え? そ、そうかな… すみません」
台地は後頭部を掻く仕草になる。
自分でもおかしいくらい、口調も不自然で、緊張しているのだ。誠司は肩を落とした。
「何そんなに固くなってんだよ。昔、あれだけ活発だったろう? でもまぁ、今の台地がそれでうまくやっているのなら、いいけどさ」
そういわれると、余計に気まずくなる。
なんだか、遠い親戚のおじさんに茶化されているような、そんな気分であった。
「今回、台地をここへ呼び出したのは、さっきの話も兼ねてだ… 時間を取らせてしまったな、まだ部活動の途中だろう? 向こうの部員たちによろしく伝えてくれ」
「失礼しました」
そういって、台地はぎこちない表情のまま、生徒会室を後にしていった。
「…」
その去り際を、静かに見守る誠司。
こうして、とうとう会長である自分一人だけとなった室内で誠司は一人、思いつめた表情をしながら、出入り口から目線を逸らした。
昔の、台地と一緒に過ごしてきた時の事を、思い出していく。
――台地は、今も覚えているだろうか? あのとき、自分がされた事を。
――ただまぁ、今のあの様子なら、きっと当時のトラウマは癒えている事だし大丈夫なんだろうけど… ちょっと心配だな。念のため、もう少し様子を見ておこう。
――俺は今も覚えている。当時、暴力癖のある父親から母親を守るために台地が立ち向かったら、力で勝てず逆に殺されかけて病院に運ばれたときいている。引っ越しの当日、あの家の前には数台のパトカーが停まっていたな…
………。
「うそー!? 園田くん、あの誠司会長と昔ご近所さんだったの!?」
面談室へ戻り、部員たちに事情を説明したら、案の定であった。
誠司の件は、下手にウソや隠し事をしたところで、いずれ皆に知られるのは目に見えている。だから台地としては、不本意だが早いうちに誠司との関係を明かしておいたのだ。
きっと、そこは“せい兄ちゃん”も理解してくれるだろう。そう思った。
「呼び出されるまで、知らなかったとはね。きっと向こうとしては事を荒立てないよう、まずはちゃんと会って本人だと確認したかったのかな」
部長のナオがそういって、静かに腕を組む。
少し悪趣味な気もしなくはないが、台地はナオのその解釈に、妙に納得してしまった。
「そろそろ帰る時間だねー」
窓から僅かにさす夕陽を、憂鬱そうに眺める天津。
先の誠司との再会で話題になっていたのも束の間、部員一同は各自帰り支度を行った。
台地はバイトの求人探しを一旦閉じ、ラムはスケッチ一式を片づけ、杯斗はようやく目を覚まし、そして最後にナオが部屋の照明を落とす。
だが、そんな中でも一人だけ行動の変わらない部員がいた。それが、
「へぇ。あの子、そんな夢をみたんだ?」
鷹野莉々である。
みんなが面談室を後にし、校舎を出ようとしているところ、鷹野だけは相変わらずスマートフォンをずっと弄っているのだ。ここまで来ると、もはや依存症か。
「どしたのー?」
天津が、スマホの画面をのぞき込むように質問する。鷹野がこういった。
「うちのクラスの子がね、山火事に遭う夢を見たんだって。私が部員なのを知ってて、これの意味を占ってほしいみたいなんだよ。ホラ、この子」
鷹野が、ここで画面をカメラロールに切り替え、そのクラスメイトの女子を見せた。
天津が、ハッとなった表情でその写真を指差す。
「みみっちじゃん! 知ってるよー。きょうの休み時間に、『明日、石田くんに告白する』って言ってたから、応援してあげたの! 成功したら初彼氏になるんだってー」
「へぇ」と、鷹野が女子の恋バナに関心を示す。
その時、ナオとラムの表情がどんどん青ざめていった。
どうやら、その女子が見た夢に、何か問題があるらしい。
咳払いをし、一旦冷静な表情をみせ、最初に言葉を口にしたのはナオであった。
「ねぇ? その子は『占ってほしい』っていったのよね?」
「うん。そうだけど」
「なら、こう返信してくれる?『山火事の夢』は、その人が大切にしているものや、夢、そして目標などが失われる暗示。念のため、帰り道は用心する様に言っておいて」
「え? うん」
ナオのその発言には、どんな意味があるのか――。鷹野は二つ返事をし、早速言われた通りの返信文をフリック入力していく。
「大切なもの…! 嫌だ、大変…! 山火事なんて、なぜそんな恐ろしい凶夢を!!」
と、一方ではラムが一人狂ったように息を荒くし、青ざめた表情を両手で覆い隠す。
台地たちはスルーした。
すると、鷹野のNINEにすぐ相手からの返信がきた。鷹野が読み上げる。
「あー、心配いらないってさ。『バイト帰りはいつも自転車だし』っていってる」
「そう… なら、いいんだけど」
ナオはそう返事をするが、どこか元気がない。
ラムはラムで、一人ぶつぶつと何か呟いている。台地と杯斗は異様な空気に眉をしかめたものの、このあとは全員、それぞれの帰路についたのであった。
(つづく)
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