生徒会長との「再会」

 「へぇ、鷹野さんたちにスカウトされたの!? それであの夢占い同好会にね」


 生徒会室は、職員会館の最上階の端にある。

 なにせ校内では、教職員たちの次に大きな仕事を任されている組織である。その代わり、在学中はバイトを禁止されるのがネックらしいが。


 台地は、これからその部屋へお邪魔する事になる。

 正確には「招かれた」わけなのだが、なぜか、とても緊張していた。


 「東間さんは、なぜ生徒会書記に?」


 きょう、初めて会ったばかりなのに、台地はなぜかそう馴れ馴れしく東間にきいた。

 東間は、その手の質問には慣れているようで、階段を昇りながらニッコリ答えた。


 「去年、生徒会役員選挙に、次期会長候補に推薦されてね」

 「え…? 去年って、1年生で!?」

 「うん。『進学や就職で有利になるぞ』って、父親からの勧めもあったから、みんなから立候補するよう催促されたの。もし、それで落選しても、生徒会書記に就任する権限は必ず得られるからという理由でね。――まぁ、結果はご覧の通りで」

 「はぁ」


 そんな経緯が東間にあったとは、彼女はさぞ有能で、生徒たちの人望も厚いのだろう。

 だが、そんな東間を覆すほどの票数を得て、新会長に就任した生徒は、それよりもっと凄い人という事になる… と、台地は少しばかり期待したのであった。


 「ここが、その生徒会室です。どうぞ」


 扉は、普通に学校でよく見かける部屋の出入口と、さほど変わらない。

 台地は「失礼します」と一礼し、東間が開けてくれたその部屋へと、足を踏み入れた。部屋が音楽室並みに広いのは、虹渡学園きってのエリートにだけ与えられた恩恵といっていいだろう。


 中には会員が二人、指定の席に座りながら静かに業務を行っていた。


 「あぁ―― 君が、転校生の園田台地くんだね。はじめまして」


 生徒会室の上席。一人だけ違う、フェイクレザーの回転式チェア。

 そのチェアから立ち上がった、優美なオーラを放つ男子生徒が、台地を見てそう挨拶をした。ハーフだと見て分かる、ダークブロンドの髪に蒼眼の、端正な顔立ちをした青年だ。


 「は、はじめまして」


 ダメだ。声が僅かに震えている。

 台地はそんな絶望を内に抱えながらも、ここはその男子生徒の顔を真剣に見つめた。


 「会長のおおとりです。鳳誠司… ていっても、ピンとこないか」


 台地は思い出した。

 少し前に、鷹野と天津の会話でも名前が出ていた、誠司会長とはこの人の事だ。

 誠司は、依然立ったまま反応が薄い台地を見て、僅かに笑みを浮かべるのみであった。


 「部活動中を呼び出して悪い。君、少し前に梶原… うちの学年の男子数人から、購買のパンを買いに行くよう誘われたらしいな?」

 「えっ…? あ、はい」


 台地はドキッとした。今の誠司の言葉から「まさか」と思った。

 もしかして、あの時は大人しく柄の悪い先輩たちの話を聞いておくのが、正解だったのだろうか? やはり、ここに呼び出された原因は自分の過失――


 「転校早々、梶原達が申し訳ない! せっかくの新スタートなのに、理不尽に怖い思いをさせてしまった。彼らには、今後あの様な脅迫はしないよう注意しておいたのだが…」


 意外だった。初対面にして、まさかの生徒会長から謝罪を受けたのだ。

 台地は拍子抜けした。もっとこう「堂々としなかったお前が悪い!」とか、そういう注意を受けるものだと思っていた。誠司はすぐに顔を上げる。


 「実は、あれから特に問題なく通学できているか、生徒会として聞いておきたくてね。教職員たちの対応にも色々限界があるから、何か困っている事があればいってほしい」


 その言い方… まるで、この学園の教師が役に立たないとでも言わんばかりの。

 でも、実際にそうなのだろうと、台地は思った。でなければ、あんな柄の悪い生徒たちに目を付けられることもなかった。


 「白石さん。この後、入院しているご家族の面会があるだろう。先に上がっていいよ」

 と、誠司はすぐに左端に腰かけ、ノートになにかを記入している女子生徒に声をかけた。

 白石という名の女子は「あ、はい!」と二つ返事をし、席を立ちあがる。

 「それと、東間さんはまだ今日の分の見回りが残っているよね? 時間的に、ご家族は心配していないか?」

 「はい。野球部と、吹奏楽部が残っています。それに、今日も父から県庁づてで許可を貰っていますし、迎えがくるので大丈夫です」

 「分かった。なら、そちらの見回りを続けてくれ。転校生くんの帰りは俺が送る」

 「分かりました。では、失礼します」

 と、東間までもが誠司の指示に律儀に従い、部屋を後にする。



 こうして、生徒会室には台地と誠司。男子2人だけが残った。

 予想外の展開であった。呼び出し初日で、先輩と二人きりとはこれいかに。


 「――やっぱり、そうだよな?」


 急に静かになった空間を、先に打ち破いたのは誠司。

 その蒼眼は、まるで台地の姿を、前から知っているかのよう。


 「園田… いや、“佐藤台地”。お前だよな? 小学校低学年まで、安中市にある十八号線沿いの住宅街で、俺とは別棟の二階に住んでいた」


 ――!!


 台地は、誠司のその言葉で全て思い出した。


 そうだ。

 鳳誠司という名前、どこかで聞いた事があると思ったら、昔よく一緒に遊んでいた一つ上の“せい兄ちゃん”ではないか!


 と、台地は目を大きくしたのである。


(つづく)

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