第二章 ―承―

面接

 「…なるほど。それが、ここでバイトをしようと決めた理由ねぇ」


 今、身だしなみを整えた台地がいるのは、とある飲食店のバックヤード。

 その店の中年男性、店長が面接官となり、台地に優しい口調で色々きいている。

 ネット求人に応募した結果、台地は今日、この店のバイトの面接に呼ばれたのであった。


 「では、次にちょっとした質問をするんだけどね。ここは、最寄りの武蔵野線から乗り降りをするお客様が、よく来るお店なんだけどね?」

 「はい」

 「もし、その武蔵野線が、たとえば雨天や夢の国への行き来の混雑で、ダイヤに乱れが生じた場合、シフトがある日に予定通り店に到着できない可能性があるとするじゃないの。そうなると、お店としては大変困るわけだ」

 「…はい」

 「でもね。実はその武蔵野線を利用しなくても、もっと早く、確実にここへ辿り着ける経路があるんだよ。君の学校からここまで、どこを利用すればいいか知ってるかな?」

 「え」


 台地が、まったく予想もしていなかった事を聞かれた。

 店長の視線が上目遣いになる。


 「地元の人なら、すぐに答えられるよ?」

 「え? えっと…」


 台地は動揺した。

 そんな、武蔵野線以外の交通手段だなんて、全く考えも知りもしなかった。




 ――ダメだ… 終わった…


 面接終了後、台地はお先真っ暗な表情で、トボトボと帰路を歩いていた。


 ――あの質問のあとに「最後に何かいうことは?」なんて聞かれたら、もうあれ不採用になったも同然だろ。都会暮らしも楽じゃないな。


 園田台地はつい最近、群馬県から引っ越してきたばかりの高校生男子である。

 だから、首都圏の路線については、まだまだ知識不足な所があった。大きい町だから、バイト先なんてすぐに見つかるだろうと思っていたが、世の中そんなに甘くないようである。


 「?」

 そんな中、台地のスマートフォンに、NINEグループチャットからのトーク通知がきた。


 見ると、ナオから部員全員へのメッセージだ。台地は足を止め、内容を読む。




 虹渡学園 生徒会からの伝言です。


 今週の部活動中、書記の東間萌さんが、見回りにくるとの連絡がありました。

 なお、何曜日の何時頃に見回りに来るのかまでは、回答いたしかねるとの事です。

 いつ、部室内のチェックが入ってもいい様に、部員一同のご理解、ご協力をお願い致します。


 夢占い同好会  阿仁間ナオ




 ――見回りか。そういえば、生徒会の人とまともに話したことがないな。


 台地は顎をしゃくった。

 生徒会については、もしかしたら既に2年B組内に会員がいるかもしれないので、絶対に「会った事がない」とは言いきれない。だが少なくとも、その「東間」という名前の人物は、台地のクラスにはいなかった。


 ――あと、そういえばあの鷹野も確か、そこの会長と知り合いか何かで、たまに生徒会に立ち寄っているんだっけ? よく知らんけど。


 なんていつぞやの件まで思い出しながら、台地はナオのメッセージを長押しし、読了のリアクションボタンを送ったのであった。




 家に帰ると、母・梨絵がなんだかそわそわしていた。

 引っ越す前から、ふだんは台地が帰宅しても、おおむね仕事部屋で文字起こしや書評に没頭している母親のことだ。それが、ここ数日は、まるで家の前に不審者が歩いていないかとばかり、チラチラとカーテン越しの窓を覗いている。

 今日も今日とて、落ち着かない様子であった。


 「ただいま。また今日もストーカー探し?」


 台地はそういいながら、靴を脱ぎ、普段通りに自室へと入ろうとする。梨絵がいった。


 「おかえり… ねぇ台地。あなた、最近誰かに後をつけられている感じはない?」

 「またそれか。ないだろう、流石に。俺なんかをストーカーして何のメリットがあるの?」

 「あの時の偽札の件があるのよ? あれは、私にも多少の非はあるけど… 未だに差出人が見つかっていない以上、いつか報復に遭うかも分からないじゃない」

 「なぁそれ、俺思うんだけどさ」


 台地は少し悩んだ。

 本当は、あまり確証が持てない発言はしたくないが、ここは母親を落ち着かせるために、とうとう止むを得ないと判断した結果だ。彼はこう続ける。


 「その犯人って、多分、前ここに住んでた住民への嫌がらせで偽札を送ったんじゃね?」


 梨絵の表情が、途端にハッとなった。

 そうか、可能性としてはあり得る! そう考えたのか、盲点を突かれ目を大きくしたのだ。


 「…確かにそうかも! いやだ私ったら、引っ越したばかりのストレスでつい!」

 梨絵はそういって、自身の口を手で塞ぎながらカーテンを閉めたのであった。


 ――本当に、引っ越しによるストレスが原因なのか?


 台地は一瞬そう疑ったが、ここは敢えて聞かないでおいた。

 結局はそれも前の住民うんぬん同様、憶測でしかないからだ。とにかく、もうあの時のトラブルなぞ忘れて、梨絵にはリラックスしてほしいと思う。




 しかし、正直あんな大金が突然入ったら、ここは自分が手に入れるべきか否か迷いが生じるのは人間、ある程度は仕方がないと俯いた。たぶん、台地が逆の立場だったら、母と同じ様な行動をとっていた可能性がある。

 だから彼はあの日、梨絵をそこまで責める事ができなかった。

 あの日はふと、家族が道を外すような行動を起こさない様に――と、冷静になったものだ。


 なぜ人間はこう、自分以外の誰かがパニックを起こすと、急に冷静になるのだろう?

 我ながら、不思議な生き物だなぁと、台地は思った。


(つづく)

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