トラップ
「母さん。そんな何処から来たのか分からないお金、もっていたら危ないよ」
台地はあのあとすぐ、ポスト投函で大金を手にとった事がばれ、落ち込む梨絵を説得した。
まだ、本人の口からはハッキリ答えは出ていないが。
「それ、暫く持って何も問題なければ、自分のものにしようと思っていたでしょ?」
と、台地が訊いても「ごめんなさい」の一言だけ。
台地は、母親のその情けなさに心底呆れそうになった。
目先の金に目が眩んだ親の姿なんて、見たくもなかった。大きなため息が出てしまう。
だからといって、このまま見捨てるわけにはいかない。彼はこういった。
「それ、一緒に警察に届けよう。俺は、そこまでの大金がなくたって気にしない」
と、言葉を選ぶように。
「台地」
すると梨絵も、青ざめた表情ながら、わずかに台地へと顔を上げた。
今日は学校を一時限ほど遅刻だ。
その事は朝礼がはじまる前に、既に主担当に報告済みである。その際、理由を聞かれたので「親の都合で一緒に行政機関へ行く事になった」と当たり障りなく返した。
「あ。おはよう杯――」
台地はそう言いかけて、その足を止める。
普段は別のクラスで、最近まで部活動以外で会う事のなかった、杯斗だ。
というよりか、杯斗が2年B組前の廊下にいるのは珍しい。だから台地の口が止まった。
「はぁ」
杯斗は今日、なぜか元気がない。
それも、台地のクラスよりもっと奥にある、自分のクラスへ行くのを拒んでいるかの様な、そんな足どりであった。
「…あぁ、園田か。うっす」
反応が、遅い。
きっと何かあったのだろう。台地は教室に入る前に、杯斗に質問した。
「どうした?」
「あぁ、ちょっとな。モノ盗まれちまって」
「盗まれた?」
「あぁ。そのせいで、警察に盗難届出してきてさぁ。この通り、完璧に遅刻よ」
なるほど、杯斗も遅刻でいま登校してきたのか―― と、傾向は違えど自分と同じような理由で遅刻してきた生徒に出会い、不謹慎だが少しばかりホッとした。
「このあと、ぜったい職員室行きだ… 参ったなぁ。ところで、園田も遅刻?」
「え? あぁ、ちょっと。母の都合で」
と、逆に訊かれたので、ここはとっさにそう答え、各自教室へと向かう。
実は自分も、けさ交番へいってきて、家に届いた謎の大金の出所を――。
なんて、今は口が裂けても言えない。
だから台地も、杯斗が紛失したものについてはこれ以上、詮索しない事にした。
放課後。夢占い同好会がある、面談室にて。
「たまたま近くを通りかかった同級生のお兄さん曰くー、杯斗くん、学生証が入った財布ごとスリに遭ったみたいだよー」
天津からそう教えてもらったのは、杯斗が盗まれたものの正体であった。
――実は、なんとなく「財布」なんだろうなぁと思っていたが、まさか学生証もか。
と、台地はあの杯斗の落ち込み具合をみて、妙に納得がいった。
当然、杯斗は今日は部室に来ていない。けさ財布ごと学生証を盗まれたため、職員室で再発行申請書を受け取ったり、教員から詳しい説明があったり、いま色々と忙しいのだろう。
「それって…! 昨日、園田さんが来る前に織田さんが教えてくれた夢占い通りだ!!」
突然の大声であった。もちろん、声の主は絵描きのラム。
正直「またか」という思いが、台地の脳裏によぎった。
だが前回、目の当たりにしたナオとの口論と杯斗からの情報で、概ねラムの性格は把握できているので、ここは刺激しないよう無言を貫く。ラムはなおもこう続けた。
「織田さんが昨日見たというのは、たしか『子供が転んで怪我をする』という夢だった! あれの意味は、子供は『自分自身』を表していて、転倒は『自分が大切にしているものを失う』という暗示! その夢占いの通り、けさ織田さんは…!」
「ふぇ~! それ、本当だったら怖いんだけどー」
と、天津が怖がるような仕草で相槌を打つ。
――え、そんな事あるか? たまたまなんじゃねぇの?
と、台地は心の中で訴える。ところが、
「ここは念のために、皆で情報共有をしていかないと危ないかもしれない! 園田さん、あなたは昨日夢を見たの!?」
まさかの、ラムから二回目の夢質問だ。こうも運悪くメガネ女子に聞かれるとは。
「…まぁ」
「へぇいいなぁ。私ぜんぜん夢見れないからさ。で、どんな夢を見たの?」
と、今度は暫くスマホ弄りで静かだった鷹野まで訊いてきた。台地は、
「…杯斗がテレビに映っていて、そこで何か色々喋っていた夢、だけど」
と、少し言いにくそうに答えた。
あくまで母親の登場シーンは割愛し、印象的なものを1つ。これでも嘘はついていない。
「テレビー? え、えーとどういう意味だったっけそれ?? ラム知ってる?」
「いや、知らない…! 初めてきいた!」
意外な反応だった。
天津はともかく、部長に次いで夢占いに詳しそうなラムが知らないというのだ。だが、
「――そう。園田くんは、その夢が占いでは何を意味しているか、知ってる?」
と、ここでずっと無口だった部長のナオがそうきいて、パソコンの手を止めた。
台地は妙な胸騒ぎがしたが、ここは正直に「いいえ」と答える。
「ナオは知ってるのー?」天津がきいた。
「もちろん。ちょっとマイナーな夢占いサイトにしか載っていない情報だから、知らなくても無理はないよね。これの意味は、『テレビに映った人に今後、良くない事が起こる』」
「「!!」」
衝撃の夢占いであった。つまり、あれは杯斗にトラブルが起こる暗示だったのか。
部員たちは絶句し、一斉に台地へと振り向く。台地は首を横に振った。
「うっわ、そっちも杯斗くんの件、当たってんじゃーん!! そうだよねラム!?」
「うん! やっぱり、物事はすべて夢占い通りに進んでいるんだ…! 吉夢を見れば本当にラッキーな事が起こって、逆ならもちろんトラブルも…!!」
「いや、まさかそんな」
と、台地はこれも「たまたま」だと言いかけた。が、
「ん?」
自身のスマートフォンの、NINE通知が鳴った。画面を見ると、相手は母の梨絵。
「ちょっと悪い」
台地はそう断りを入れ、いかにも深刻そうな冒頭から始まっている梨絵のトークを開く。そこには、「警察から連絡があって、あの札束の正体は――」と続いていた。
「…偽札!?」
台地はトークの続きを読み、思わずそう口に出してしまった。
なんと、けさ届に出したポストの謎の大金は、全て本物に酷似した「
――やっぱり受け取らなくてよかったんだ! あー、ひどい罠を仕掛けるヤツがいるな。
と、台地は心臓が止まるかという思いで溜め息をつく。
「どうしたの?」
と、天津たちが不安そうにこちらを見ていた。
しまった。さっきの声で、皆を驚かせてしまったか。
気まずい。
そんな羞恥心で、目を凝らそうとする台地に、ナオが一人冷静に確認した。
「だいじょうぶ? もし、家で何か心配ごとがあるなら、今日はもう上がる??」
――部長。空気を、読んでくれているのか?
台地はハッとなった。そして、さっきはあんな声を出してしまった以上、どうせこのあと天津たちに色々聞かれそうなので、そうなる前に先に上がらせてもらおうと考えた。
「はい。お先に失礼します」
台地は、ナオのお言葉に甘え、今日は部活動を早退する事にした。
ほか部員たちは、もっと詳しく訊きたかったのか、少し残念そうにしている様子であった。
(第二章 承 につづく)
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