母・梨絵の苦悩
※残酷なシーンが含まれています。閲覧の際はご注意下さい。
ここは、虹渡学園の廊下か。
正確には、何処の校舎の廊下なのかは、定かではない。
『よう』
そんな学校の廊下を歩いている途中、廊下の脇に置いてあったテレビから、声がした。
なぜ、そこにテレビがあるのだろう? 分からない。
台地が立ち止まり、そちらへ振り向くと、ブラウン管テレビの画面には杯斗が映っていた。
『もう帰るのか。いつもにしては早いな』
杯斗の問いに、台地は答える。
「あぁ。ちょっと、事情があってね」
『だろうな。そういう顔してるもん。気を付けて帰れよ?』
そういうと、杯斗が映っていたテレビの電源がプツッと落とされた。
ほんの数秒間だけだが、不思議な光景であった。
台地は、更に廊下を歩いていった。
すると―― 見覚えのある女性の姿と、廊下の中央に似つかわしくない、高級そうな丸テーブルと椅子が一席。
「え…? 母さん…??」
その椅子に座っている女性は、母の梨絵だ。
なぜ、この学校の廊下で、母親が食事をしようとしている――?
いや、そんな事で気になるくらいなら、さっきのテレビの件も気にするべきか。
「ふふ~ん」
台地から見た梨絵の横顔は、なんだか上機嫌だ。
テーブルの上に置かれているのは、鶏を一羽まるまる焼いたグリル。
梨絵が、手に持ったフォークとナイフで、それを切ろうとした。
フッ。
ところが。
梨絵がナイフを入れようとした、鶏のグリルが、静かに消えていったのだ。
「あら?」
梨絵は、何かの見間違えではないかと思った。
だけど、テーブルの上には、確かに鶏のグリルが置いてあったはず。
…諦めたのか、梨絵はフォークとナイフをテーブルに直置きし、すっと立ち上がった。
「あーあ。食べたかったな。せっかくお金持ちになれると思ったのに」
――お金持ちになれる? 一体、何をいってるんだ?
台地はそう思ったが、それを梨絵に質問する前に、梨絵は台地に気が付いたのか、
「あの時はありがとうね。台地」
と、横顔を向けたまま呟いた。
「…え? 俺にいってる?」
そわそわする。
思えば先程から、梨絵は息子が立っている方向へ、振り向こうとしない。
なぜなのか。でも、その疑問はすぐに解明される事となった。
「もちろん。あいつを殺してくれて、私は嬉しいの… これで、雲の上へ行けるわ」
そういうと梨絵は、ようやく大地の方向へと、ゆっくり振り向いた。
すると露わになったのは―― 梨絵の頭が半分、ぐちゃぐちゃにかち割れ、片眼が飛び出て垂れ下がり、血がドロドロと滴っている姿であった。
――――――――――
「ひっ…!」
台地は目を覚ました――。夢だったか。
視界に映るのは、もうだいぶ見慣れた天井だ。少しずつ、家具が増えてきた寝室。
フローリングの上に、先日ネット通販で購入したソファベッドを広げ、その上に布団を敷いて寝ていた。
時刻は、まだ朝の六時。充電コードを挿したまま置いている、スマートフォンのアラームが鳴る時刻ではない。
「はぁ… さすがに、な」
台地は、梨絵がいるであろうキッチンや仕事部屋がある方向へと、目を向けた。
午前六時だ。まだ起きていないか、そうでなくても静かに過ごしているだろう。
台地は、あまり乗り気はしないが、ここは梨絵の顔を見に行こうと考えた。
あんなリアルな夢みたいに、梨絵の頭が半分、なくなっているわけがない。
あれは「夢」だから生きていたのであって、普通はあんな体が潰れ、欠損などしたら、とっくに死んでいる事だろう。台地は少し思い出すだけでも吐き気がした。
「九十五,九十六,九十七,九十八…」
もう既に起きている可能性を想定し、静かにキッチンへ向かうと、やはり梨絵がいた。
母は起きていた。ダイニングテーブルで腰かけ、何かを数えている。
台地は梨絵が気づいていない距離から、朝の逆光で薄暗いその紙を見入る。
それはよく見ると紙幣だ。しかも、どれも真新しそうな一万円札。
バゴン! ゴン! ゴン! ゴン!…
その時だった。玄関ドアに据え置きで設置されている、ポストの開閉ボックスが自然と上下に開いたのだ。
ボックスの蓋が、下部のヒンジへと引っかかり、数回バウンスしたのである。
台地たちは声にならない悲鳴を上げ、肩をピクリとさせ、すぐに玄関へと振り向いた。
ポルターガイストか? いや、違う。恐らく築年数が古いアパートのドアだから、そのボックスを閉じる留め具がもう緩くなっていて、勝手に開いてしまったのだろう。
「あ、台地…」
梨絵は台地が起きていた事に気づき、そう呟いた。
が、すぐにハッとなり、咄嗟に数えていた紙幣の束を懐にしまう。
台地は、その瞬間を見逃さなかった。
「ん? それ、なんで急に隠す様に仕舞ったの?」
いっておくが、台地は親が持っているお金を、勝手に盗んだりはしない。
だからこそ、普段から在宅ワークにおけるお金の計算でも、堂々としているはずの梨絵が今、みせている行動があまりにも不自然なのだ。
まるで、不正に手に入れた大金を、息子に内緒でへそくりでもしようとしていたかの様な。
「ん?」
ふと、台地の目に別のものが映った。
テーブルの端においてある、宛先不明の茶封筒。
それも、すでにビリビリと開封がされていて、中に分厚いものが入っていたという形跡の形状記憶がされていた。しかも、その下には広告やチラシが数枚。
「母さん。あんた、まさか」
梨絵は、懐に札束を仕舞ったまま、冷や汗をかいて固まっている。
台地は気づいてしまった。梨絵に向かって、さらに鋭い目でこういう。
「それ、ポストに入っていたのか? 誰からか分からない、封筒に入れられた状態で?」
(つづく)
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