残酷な「吉夢」
「き、吉夢…!? いったい、何を」
台地がラムから聞かされたのは、台地が見た夢が、吉夢ではないかということ。
それも、台地が知らない男をメッタ刺しにし、惨殺した「あの夢」が、である。
――あんなイカれた夢を「吉夢」だと信じている奴が、マジでいるのかよ!
――冗談はネットの中だけにしてくれ!
台地は、心の中でそう叫んだ。
一気に気持ち悪さが押し寄せてきた。吐きそう。
だけど、まだ全然我慢できる。まだ平常に振る舞える――。なんて、そんな台地の苦悩もいざ知らず、ラムが血眼になってこう熱弁をしはじめた。
「知ってる!? 死は『再生』を意味する吉夢で、知らない人を殺す夢は『潜在能力の目覚め』を意味しているの! 人を殺す夢を見たからといって、その人は人として間違っているわけじゃないから、そこは安心して! その夢の意味は、あなたがそれだけ溜め込んでいるストレスを一気に吐き出し、新たな自分に生まれ変わりたいという願望を抱いているのを『夢』は教えてくれてるの! だから無視しちゃダメ!!」
怖い。怖い。
あの物静かなメガネ女子が、突然の早口で長々と言いだして、止まらないのだ。
その姿は、台地からすれば、これも一種の「悪夢」なのかと思えてしまうのであった。
「ラム。一旦落ち着いて」
ここでナオが、両手の平をかざしてストップのサインをだした。ラムはむっとした。
「部長だって、あのときは長々と睡眠のことで喋っていたのに!?」
「あれは園田くんが質問をして、かつ相手の声に耳を傾ける姿勢があったから、ゆっくり説明したのよ。今は違うでしょう?」
「どんな理由であれ、入部した以上はある程度同じ活動をしていないと、部全体の実績に関わるはず! 生徒会はそれを危惧して、最初は部長の提案をすぐに受け入れてくれなかったんじゃないの!?」
「そうだけど、みんながみんな最初からすぐに部活動についていけるとは限らないでしょう? どこの部だってそう。たとえばボールに触れた事がない人が、いきなり野球部に入って百五十キロ級の投球をしろなんて言われて、出来ると思う?」
「それとこれとは分野がぜんぜん違うじゃない!!」
「おつー。あれ? ナオラムの喧嘩なんて久々に見たけど、何かあったの?」
と、ここで鷹野の声が面談室入口から聞こえてきた。
急に言い争いになり、しばらく気まずかった台地が、今更気づいたこと。
そうだ。今日はいつもより部室が淋しい気がしていたが、鷹野が不在だった―― その鷹野が戻ってきたことで、ナオとラムの口論が、一瞬で収まったのである。
「…」
ナオはその申し訳なさから、悲しそうな表情で項垂れた。
ラムは「ふん」といい、まるで勝ち誇った内心を見せぬよう、席へ不貞腐れて座った。
「おかえりー! また誠司会長とおしゃべりしてたのー?」
場を和ませようと、次に天津が鷹野にそう質問した。
誠司会長、とは? と、台地は至って平常にしているその内心、疑問を抱く。
――その名前、どこかで聞いたような。
「会長とは、そんなにかな。書記の、
鷹野は少し残念そうに、ロッカーの隅に置いていた荷物を手に取った。
「あー萌ちゃんか。あの子、本当に頑張り屋さんだよね。皆に好かれるわけだー」
書記… あーなるほど、生徒会か。
台地はすぐに、天津たちの話の内容を理解した。鷹野が荷物を纏めている事から、この後すぐに帰るのだと察したものだ。
「じゃ。私は先に上がるね」
「わかったー! これからバイト?」
「うん、そんなところ。じゃあね」
そういって、鷹野はゆるい笑みで小さく手を振り、面談室を後にした。
「それじゃあ」
結局、言い争いの結果はどちらに非があるのかとか、そういったものが平行線のまま、部活動は終了となった。
帰りは男子と女子に分かれ、学園を後にする。そのため台地は杯斗と一緒に、途中の分かれ道まで帰路へつくことになった。
同学年同性の部員と帰るのは、何げに今日が初めてである。
「びっくりしたか? まぁ、最近は大人しかったんだが、ラムのやつたまにああやって感情のコントロールが効かなくなる時があるからなー」
「はぁ」
「たぶん、ああ見えて、お前が入部してきた事がとても嬉しかったんだと思うぜ? でも、気分が乗らないときは『嫌だ』ってハッキリ言った方がいいぞ」
「…うん」
杯斗の言う通りだ。
自分が転校してきたばかりだという立場で、周りを気にし過ぎているのか、やけに自分を塞ぎ込みがちになっている。そこを杯斗に見抜かれたか。
「それにしても、最近は相談しに来る人、ぜんぜんいねーな」
「え? 相談?」
杯斗の口から、気になる語句が出てきた。杯斗がそれも、
「あぁ、あの夢占い同好会へのお悩み相談だよ。あそこは自分達の夢を占うだけじゃなく、その占いデータを元に、学校生活で悩んでいる生徒をも占っているんだ」
「え、そうなの!?」
初耳であった。
てっきり、部員たちだけで、完全に自己満足で活動している部活なのだと思っていた。
台地は目を大きくし、帰路へ歩いている足が止まりそうになる。
「そんなの、部長から何も聞いてない…」
「まぁそうだろうな。さっきも言ったように、最近は誰もうちの所へ相談に来ていないから、部長も『そこは教えるメリットがない』と思ったんじゃね?」
「…なるほど?」
台地は首を傾げた。今日の部活内でのナオの行動を見れば、彼女らしい経緯ではある。
「じゃあな!」
こうして帰路の途中で、台地は杯斗と分かれ道でお別れとなった。
時刻は夕方五時半。家に帰ったら、風呂に入り、夕食を食べ、課題の消化がてらバイトの求人をネットサーフする生活が待っている。
「腹へったなぁ」
そう呟く台地の視線は、どこかおぼろげであった。
(つづく)
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