転校生いじめ

 虹渡学園は、一見すると明るい印象がある。

 学校名はもとい、まず制服が男女共にスタイリッシュで、とても写真映えすることだ。

 恐らくそのファッションセンスにつられ、入学を希望する若者が多いのだろう。


 だが、実際はそんな華やかな見た目とは裏腹に、内部は陰湿な空気が漂っていた。

 「今を、青春を、満喫できればそれでいい」

 なんていう高校生達のいたいけな心を、まるで学校側は“悪用”しているかのようだ。




 「おい。そこの転校生」


 今日も普段通り、虹渡学園の敷地内へ足を踏み入れた台地に、変化があった。

 横から、知らない在校生たちに声をかけられた。


 ――自分の事を、もう転校生だと知っている人がクラス外にいるなんて、随分と情報が流れるのが早い学校だな。

 台地はそんな風に軽く解釈し、その声がした方向へと振り向く。


 その生徒達は、ルーズに背負っている学生バッグについた学生証のカバー色からして、三年生である事が分かった。

 つまり、台地から見て一学年、上の先輩。

 彼らは自転車置き場の軒下で三、四人、輪になって屯していた。


 「お? やっぱそうか。なぁお前、まだ転校したてだから帰宅部だよな?」

 「え? えっと…」

 なぜそんな事を、初対面から聞いてくるのか。台地ははなはだ疑問でならなかった。

 だけど、同時にある事を思い出す。それは、この学園で密かに横行しているという「転校生いじめ」のこと。


 「は? なにそんなキョドってんの。変なやつだなぁお前」

 「なに、大丈夫だって。あ、そうだ! これから俺達と仲良くする印で、今から俺らのと自分のパンを購買で買ってきてくんねぇ?」

 「え?」


 まさかの展開であった。

 これから自分の在籍クラスがある校舎へ向かっていた途中、柄の悪い先輩達から、買い出し用の紙幣をとつぜん差し出されたのである。


 ――え、なんで? 初対面の生徒に、一体何をいってるんだ? この人たち。

 というのが、台地の本音だ。

 正直いって、初対面でこんな事を依頼されるのは常識外れというものだが、もうすぐ朝礼が始まるこの時間に外でつるんでいる彼らに、常識なんて通用しないのだろう。


 台地は、どう切り返したらいいか分からなかった。

 前の学校でさえ、先輩から突然そんな買い出しの依頼を受けた事なんてないからだ。

 頭が、こんがらがる。こういう不測の事態に限って人間、思うように体が動かない。


 「なぁ。なに躊躇ためらってんの?」

 「えっ。あ、あの…」

 「お前の分まで奢ってやるから、買いに行ってこいっていってんの。返事は?」


 先輩たちが、段々と高圧的になっている。

 ここは早く穏便に済ませないと! という焦りで、台地は思う様に返事が出なかった。


 「あ? おい。こっちは奢ってやるっていってんのに、感謝の気持ちがないわけ!?」


 先輩の一人が、ついに痺れを切らしたのかドッと立ち上がり、台地を見下ろす様にノシノシと歩いてきた。


 台地は、この高校生活で一番の恐怖を覚えた。

 ただ一人で通学していただけなのに、こんな奴らに因縁をつけられるなんて… などと台地が絶望するのもいざ知らず、彼らは一人では飽き足らず、先に立ち上がった生徒に続いて、あとの男子たちもすくっと立ち上がった。


 「お前、こんな俺達みたいな優しい先輩を怒らせていいのかな?」

 「先輩の前では敬意を払えって、中学で教わらなかったのかぁ~?」

 「おい。後輩の分際で舐めたマネしってと、どうなるか分かってんだろうな? あぁ!?」


 こんな未来を、台地は望んでなぞいなかった。

 こんなの、理不尽すぎる。こっちから彼らを挑発させたわけでもないのに、ただ「転校したての二年生」ってだけで、こんな目に遭うなんて。

 一体、この学校の教育理念はどうなっているんだ。教員たちは見て見ぬふりなのか?




 「何してんの、あんたたち!」


 その時だった。

 少し距離のある場所から、聞き覚えのある女声が、台地たちの耳に響いてきたのだ。




 「…げっ! お前は、阿仁間!!」

 男子の一人が、声がした方へ振り向き、その相手の顔を見てたじろぐ。

 その視線の先に立っていたのは―― 夢占い同好会のリーダー、阿仁間ナオであった。


 三学年の先輩たちはその声をきき、振り上げていた拳をピタッと止めた。

 その拳で、台地を殴ろうとしていたのだ。

 台地は目を硬く閉じていたが、すぐにナオの声をきき、目を開いたのであった。


 「その子、うちの部員だけど。またそうやって、懲りずにバイトしていない帰宅部だと決めつけた後輩を、自分達のパシリにしようとしているわけ?」

 と、ナオが仁王立ちで言い放つ。


 ――いつ、入部なんてしたのだろう?

 なんて台地が疑問を抱く間もなく、先輩たちの表情が一気に青ざめた。


 「ち、違うんだよ阿仁間。こ、これはただの冗談なんだって! 劇の練習だよ!」

 「「うんうん!」」と、ほか先輩たちも引きつった笑顔で、コクコク頷く。


 すると、ナオはここで自身のスマホを持ち上げ、鋭い目でこう切り返した。


 「さっきの自分達の姿、こっちで録画して、サーバーにバックアップしておいたから」

 「「え…!?」」

 「あんたたちがやっている事は、立派な脅迫罪。もう見てられないから、警察にこれらの証拠を持って通報させてもらう。それが嫌なら、今すぐ彼から離れて。でないと…」

 「ひっ…! お、おい行くぞお前ら!!」

 そういって、三学年の先輩たちはそそくさと、その場を後にしていった。



 こうして、自転車置き場付近で残されたのは、台地とナオだけ。

 辺りが静かな事から、そろそろ朝礼が始まる時間である。ナオは台地に頭を下げた。


 「ごめんなさい! あなたを、勝手にうちの部員だと嘘をついてしまって…!」

 台地は、そういう理由で謝ってきたのかと思い、ここは「あ、いえ」と返事をした。


 正直、怖かった。もし、ナオが助けに来てくれなかったら、今ごろ自分は――


 カーン… カーン…

 校内一帯に、重く音割れした予鈴のチャイムが鳴った。もうすぐ朝礼だ。


 「それで、お詫びと言っては何だけど… 今日の放課後、うちの部に来れる?」

 と、ナオが申し訳なさそうに、そんな事をきいてきたので

 「はい」

 と、台地は答えた。前回と違い、今回はわりと即答であった。


 「そう。じゃあ、また放課後ね」

 といい、ナオは三学年の教室がある校舎へと歩いていった。




 台地は、暫く今朝の先輩たちから受けた脅しが、記憶に焼き付いて離れなかった。

 そのせいで、授業に集中できなかった。初めて、学校が「怖い」と思うようになった。


 ――やはり、ここは夢占い同好会在籍という“後ろ盾”がないと危ない。


 そう考え直すようになったのは、朝礼のあとすぐの出来事である。


(つづく)

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