夢占い同好会

 「夢占い同好会へようこそ。部長の阿仁間あにまナオよ。よろしく」


 台地は、少しばかり「怖い」と思った。

 どうしてこう、けさから「怖い」という感情ばかり浮かび上がってきてしまうのだろう? 前の学校でさえ、こんな感覚に陥った事はなかった。

 自分が情けないと思った。


 そんな彼の予測通り、目の前にいるツインテールの女性は自らをこの部活動のリーダー、部長だと名乗った。

 本当は「同好会」だから、部長というよりは「会長」を名乗るべきなのかもしれない。

 だが、そこを敢えて「部長」だと名乗っている理由があるのだろう。ナオはこういう。


 「こんな殺風景な所に態々足を運んできてくれて、ありがとう。けさ、杏子たちにここへ来るように誘われたんだってね?」

 「え? あ、はい」

 「あぁ、別にそんなにかしこまらなくていいから。ここでは皆、学年とか関係なく接してくれていいからね。その方が気楽でいいでしょ?」


 なんていうが、人間、そんな簡単に上下関係をなくして人と接するなど、できるものではない。

 ましてや、台地はこの部室に今日、初めて入ってきたばかりである。

 まだ入部するとは決めてもいない、そんな状況で部員全員に対して「タメ口」など、台地がすぐに出来るわけがなかった。部長が良いといっても、他部員の心理は分からない。


 きっとこれは言葉のあやだ。

 そうやって相手の気を緩ませ、本当にタメ口で接したら、逆に慣れ慣れしい人間扱いされて反感を買われるのだろう… と、台地は警戒心を抱く。要は“試されている”のだと彼は推測した。

 インターネットの世界でも、たまに他者の体験談で目にするから、そう解釈したのだ。


 「ところで杏子。どうして、彼を一目見てすぐに転校生だと分かったの? 一学年につき二百五十人もいる中から、どうやって初日から?」

 挨拶を終えたナオが、次に天津へと質問をぶつけた。

 天津は、照れた表情で自身のこめかみを掻いた。

 「それが朝、自転車置き場を見ている園田くんを見かけてさー。あんないつもの光景を、二年生で随分不思議そうに見ているもんだから『あ、転校生だな』ってすぐに分かったのー」


 台地はその言葉をきいて、この学園へきた朝のことを思い出した。

 そういえば、自転車置き場の軒の一部には、スプレーの落書きがされているといった。

 本当なら、目撃した教職員の頭に血が上る案件かもしれない。だけど、そのような様子がないことから、きっと教員側はとっくの当に根負けしているものと思われた。


 「あぁ、そう」

 ナオはそういって、ノートパソコンが置かれている自分の席へと戻った。

 経緯が分かれば、あとはこれ以上の詮索はしない。それが部長のポリシーなのだろう。

 「よかったら、そこ座って」

 と、ナオが台地の真後ろにある空いた椅子へと手を伸ばし、着席を促した。

 「あ… す、すいません…」

 台地は申し訳なさそうに、その椅子へと腰かけた。笑顔になったナオが、改めて説明する。


 「ここ『夢占い同好会』は、名前の通り自分達が見た夢を、覚えている限り執筆し、それを自分で占ってしまおうという部活なの。とはいっても、ほとんど名ばかりだけどね」


 「はぁ。自分で占う、と…?」


 「うん。とはいっても、ネットサーフィンで色んな夢診断や心理テストのサイトを覗いて、そこから得た占い結果に頼っているだけなんだけどね」


 「はぁ。自分たちで、占いを作ったりはしないんですか?」


 「ううん、そういうのはしない。別にしてもいいと思うけど、私はやらないかな。そういうのは、それを生業なりわいとしているプロの占い師や、心理学者の方が詳しいと思うから」


 「…なるほど」


 ――あれ? この人、意外と常識人なんじゃないか?


 と、台地はわずかに首をかしげた。

 このサークルの長だからもっとこう、初対面から根拠もない宗教的価値観を相手に押し付け、執拗に勧誘するイメージがあったけど、ナオはそんな人ではないようである。


 だが、まだそうと断言するのは早い。

 台地は更に質問した。


 「あの。この部活って、いつ、どうして発足されたんですか?」

 「昨年度からよ。私が生徒会に頼み込んで、なんとか設立許可をもらったんだけどね。理由はまぁ、夢が、睡眠の質や健康状態と密接に関係している事を知ったからってところ」

 「睡眠の質?」


 と、台地は反芻はんすうする。

 ナオはその手の反応も予測していたのか、余裕の表情で肘をつき、こう答えた。


 「人はなぜ『夢』を見るのか? まずはそこから説明する事になるんだけど、ほとんどの学者曰く、

 『眠りが浅いレム睡眠時に、脳が記憶の情報を整理していく過程で、それがストーリー化されて映し出されたものが夢』

 と言われているの」


 「…?」


 「つまり、眠りが浅く、睡眠時間が小刻みに短い人ほど、『夢を見やすい』といわれているのよ。これは、その人の健康状態を知る重要なパラメーターにもなる。

 個人差にもよるけど、眠りが浅い人のほとんどは、寝る場所や環境がよくなかったり、体のどこかしらに不調があったりするものなのよ。それを、『夢』は教えてくれているわけ。


 例えば、自分の体のどこかしらを、何度も同じ場所を切りつけられるような夢を見た場合。現実世界では、その部位に何かしらの病気が潜んでいるサインだったりするのね。

 実際に、アメリカの某名門大学で集められた研究では、『背中と腰の中間を刺される夢』を何度も見たという被験者の精密検査を行ったところ、その人は腎不全で、糖尿病を患っている事が判明したデータがあるのよ」


 台地は血の気が引いた。

 ナオがいうそれが本当なら、台地もまた、何かしらの不調で睡眠の質が下がっているのだと考えて等しい。台地はそんな自分が一気に怖くなった。


  「ずいぶんと、お詳しいんですね」

 台地がいえる返事は、せいぜいそのくらい。

 するとナオは、先程の長話をきいてくれた感謝の意を込めて、笑顔でこういった。


  「私、母が臨床心理士を務めていてね。それで、夢占いに興味をもつようになったの」


(つづく)

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