入部の誘い

「それ、何の部活?」


 別のクラスの女子、天津と鷹野に突然廊下へと誘われ、自分達の部に入部するよう勧められた園田台地は、そう肝心の質問を返した。

 すると天津は「あーそうだった」とあくどい仕草を見せ、自身の側頭部に拳を当てた。


 「『夢占い同好会』!」

 「夢占い?」

 「そう。自分達が見た夢を、メモったり記録したりして、それを自分で占うの!」

 「へ? 自分で占う!?」


 台地は耳を疑った。

 もちろん、夢占いそのものは知っている。寧ろ台地は「よく夢を見る方」だから、時にその夢にどんな意味があるのか、といった夢占いサイトの検索くらいはした事がある。


 つまり、そういった一連の動作を、複数人で行っているだけの趣味な部活なのか?

 それとも、ぜんぶ自分達のオリジナルで占っているのか?

 …そこまでは分からない。ながら、天津の説明はまだ続いた。


 「うん。そういう公約ねー。別に、入部したから『絶対に占いをやれ』なんて言われないし、寧ろ別の部活に入っている先輩たちに変な因縁つけられないよう、逃げ道として形だけでも同好会に入った方が、安全だと思うのねー」

 「え、なにそれ」

 すると、隣できいていた鷹野が、退屈しているのかここでスマートフォンを弄り始めた。

 それでも天津はどこ吹く風、説明口調をやめる様子はない。

 ここまでくると、逆に裏がありそうで怖い笑顔だと、台地は警戒していた。


 「転校初日から気分の悪い話をしちゃって、ごめんなんだけどー… この学園って、先輩後輩の上下関係にすっごくうるさくて、それでマウントを取る生徒が一定数いるんだよねー。

 特に、園田くんなんてまだ転校したてだから、それを知った悪い先輩からは『友達のいなさそうな暇人だ』と思われ、パシリの標的にされやすいわけー」

 「…はぁ」

 「だからそうならないためにも、バイト先が見つかるまでうちの部を利用したら? ってきいてるんだ。うちのナオは凄いよ!? その名前だけでも、魔除けになるからね!」


 ――魔除け、って。


 夢占い同好会。どうやら大分類がオカルトやスピリチュアルに属するものだから、そこに入っている人達もそういう思考に・・・・・・・染まって・・・・しまっている・・・・・・のだと解釈した。

 正直、そんな人達と同じ類だとは思われたくない。天津のその説明にも、一種の「怖さ」というものを感じる。


 しかし、もしそんな「転校生いじめ」だなんて事例が、本当に過去にあったのだとしたら、ここは天津の言う通り“逃げ道”を作っておいた方がいいのだろう。

 「…」

 実際は、部室や活動内容を見てから判断するが、早めに入部手続きだけ済ませておこう。

 所詮はバイト先が見つかれば、即、退部すればいいだけの話である。


 ――本人達がそれでいいというのなら、そうするか。

 台地は、そう考えた。


 カーン… カーン…


 校内一帯に、重く音割れした予鈴のチャイムが鳴った。

 そろそろ次の授業がはじまる。台地は2年B組の教室入口へと目を向けた。

 鷹野もスマートフォンをしまい、元の教室へ戻ろうとしている。天野がこういって締めた。


 「場所は西校舎の旧・面談室だから、放課後はそっちに寄ってみて。それじゃあね!」




 台地への質問は、あの休み時間以外に、特にこれといった内容のものが飛び交う事はなかった。

 クラスの授業態度は全体を通し、半数ほどがだらけている程度で、あとは物静か。

 教員は、惰性で教科書を読み上げながら、カツカツと黒板に文字を書いていく。


 ――前の学校と、そんなに変わらない気はするけどな。

 台地はそう思いながらも、授業中は静かに内容をノートに書き写していた。


 ――やっぱ、夢占い同好会になんて立ち寄らなくていいか。

 なんて、やがて面談室へ行く事への“面倒臭さ”の方が、精神的に勝ちそうになる。




 そして、放課後。

 帰宅したら、スマホでバイト探しの検索に勤しみながら、部屋の中でゴロゴロしたいという欲で、さっさと帰り支度を済ませていた。


 「…」

 台地はふと思い出し、帰路へ向かおうとする足を止めた。

 眉をしかめ、とある方向へと目を向ける。


 その先にあるのは―― 西校舎の一階、旧・面談室。


 ――仕方ないなぁ。いけばいいんだろ、いけば!

 台地はなぜか、そう誰かに“脅されている”様な気がした。

 嫌々ながらもこの先、天津たちとの心証が悪くなってしまう可能性を考えると、やはりここは無視するわけにもいかないと思ったのだ。

 ズカズカと足踏みをし、溜め息交じりに旧・面談室へと向かったのであった。




 面談室の前は、とても静かである。

 廊下はとても薄暗く、窓もだいぶ白濁に汚れている。

 でも、面談室に人がいるのは間違いなかった。部屋の灯りが漏れているからだ。

 ――思ったより、不気味だな。

 この校舎の一階は、台地以外に、廊下や部屋を利用している人はいない。

 校舎としては、大分寂れた印象だ。まるで、肝試しで廃校へと忍び込んでしまったかのよう。


 「…失礼します」



 台地は小さな声で、その面談室の扉を開こうと、フチに手を伸ばそうとした。



 ガラガラガラン!!!

 「ひっ!!」


 びっくりした。急に、向こうから扉が勢いよく開いたのだ。

 台地は、心臓が飛び出るかという思いで身を引いた。そこにいたのは―― 天津だった。


 「いらっしゃーい! 来てくれてありがとねー」

 天津は、こんな薄暗い中でも満面の笑みである。台地は、その出てきた相手がオバケや刃物じゃなくて、本当に良かったと思った。いい気分はしないが。


 「お、おじゃまします」

 気を取り直し、台地はその部室へと入っていった。


 そこには生徒が四、五人、ダラダラした様子で椅子に腰かけ、本を読んだりスマホを弄ったりしている。

 意外な光景であった。暇つぶしだろうか?

 これといって、明確に「占い」を行っているような部員の姿は見受けられないのだ。


 …ただ一人、水晶玉とユニコーンのシールが貼られたノートパソコンのキーボードをカタカタと打ち、その手を止めて席を立ち上がった、ツインテールの女性を除いて。


 「あら。はじめまして。あなたが、この学園に転校してきた園田台地くんね?」


 台地は息を呑んだ。

 その女性こそがこの「夢占い同好会」のリーダー、ナオなのだろう。

 上履きのラインの色で、三年生である事が分かる。


 その女性に、彼は見覚えがあった。


 けさ、台地が見た夢で会った、あの「目をくりぬかれた女性」にそっくりだったのだ。


 (つづく)

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