第一章 ―起―

虹渡学園、転入。

 「母の仕事の関係で、群馬から引っ越してきた園田台地です。宜しくお願いします」

 教室中から、小さくまばらな拍手が鳴り響いた。


 これから台地が通うのは、この学園にある2年B組の教室。

 二学年からなので、もちろん転入。正直、青春というものにさほど期待はしていない。


 「仕事の関係って、母親こっちに転勤したの? 栄転?」

 「前の学校って、どんな感じなの?」


 授業が終われば案の定。さっそく転校生への質問攻めが、台地のもとで行われた。


 ――うぜぇ。前の学校とか、そんなの俺に聞く前にネットで調べろ。


 といいたいのが本音だが、転校初日でそれをして、嫌な男子生徒認定されるのは困る。

 だから、台地はその場限りの立ち振る舞いで、ここは当たり障りなく生徒達の質問に答えていた。が、


 「あ、いたいた! ねぇねぇそこの転校生くーん!!」


 ――なんか、初っ端から急にうるさいのが来た。

 と台地が内心そう思いながら、その声がした方へと振り向く。突然の来訪だ。

 その生徒は同じ二学年で、外はねのロブヘアである、明るく元気そうな女子高生… と、更にその隣には、ピンクブラウンのゆるふわヘアの女子高生がいる。別のクラスからか。

 「はい。なんでしょう?」

 台地はそう答えるだけ。すると、ロブヘアの子がこちらへと歩いてきて、

 「はじめまして! 私、天津杏子きょうこっていうんだけどー。ちょっと、部活の件で転校生くんに訊きたい事があってねー」

 「あー。俺、初日だし、どこの部に入るかとかまだ分からないんで」

 と台地は即答し、すぐに元の質問攻めの輪へと、視線を戻した。


 「…えっとね? まだ、これには話の続きがあるの。ちょっと、こっちへ来てくれる?」

 と、今度はゆるふわの女子がそう声をかけた。

 あの一声では、すぐに身を引こうとしない女子二人。これは何か特別な事情があるとみた。


 ――なんだよ、面倒くさいな。いますぐ人前では話せないことなの? それ。


 なんて不満を口に出さないよう、台地はすくっと立ち上がる。

 正直しつこいのは好きじゃないが、もしかしたら相手は生徒会、もしくは学級委員どうし仲のよい、スクールカースト上位の可能性があるのだ。敵に回してはいけない。


 ――治安が悪そうな学校だし、ここは自分が生き残れるよう、話だけでも聞いておくか。

 ――距離を置くのは、ある程度仲の良い友達が、数人出来てから。


 台地はそう考え、天津という女子たちの後をついていき、教室を出ていった。

 「「…」」

 それまで、台地に転校の件で質問攻めだった生徒数人が一瞬だけ、無言になる。


 そしてすぐに、生徒の一人が小声でこういいだした。


 「ねぇ。あの人たち、確かオカルトのだよね?」

 すると、他の生徒達もいう。


 「だね。『夢占い』、だったっけ?」

 「えー、引くんだけど」

 「あーあ。園田くん、初日からツイてないねー」

 「マジかよ、あいつらに目ぇ付けられるとか終わったじゃん」

 「きっと目付けられるような事してたんじゃないの? 園田くん。こんなのレアだもん」

 「ですよねー。ご愁傷さまー」

 なんて、憐れみを含んだ陰口へと、一気にムードが変わっていった。


 彼らは、そういってズルズルと自分達の席へ戻っていく。

 教室の空気は、一瞬で重くなった。




 「へぇ、園田台地くんっていうんだ? よろしく。私は鷹野、鷹野莉々りり

 こうして教室を出て、少しだけ歩いた先にある廊下の端にて、鷹野と名乗るゆるふわ女子に自己紹介をされた。天津も、興味津々そうに台地を見つめている。


 「はぁー、よろしく。あの… 話、というのは?」


 台地は思った。

 この状況で話かけられるということは、どうせ部活の勧誘か、でなくてもカースト上位による自分への「値踏み」だろう、と。すると天津が答えた。

 「それがね? さっきの部活の件と関係する事なんだけどー、そういえば園田くんって今、バイトとかしてる?」

 「いや」

 「あはは、そうだよねー。まだ転校したばかりだから、すぐにバイトは難しいか!」


 なんていって笑う天津。分かっているのなら、別に訊く意味がない話である。

 「…どうして、俺にそんな事を?」

 と、台地は恐る恐るきいた。相手はまってましたとばかりの笑顔になる。


 「結論からいうとー、そのバイト先が見つかるまでの『保険』として、うちの部に入ってみない? ってこと! 形だけでもいいし、他の部員の邪魔さえしなければ大丈夫だから」

 「は?」


 なんとなく、そんな事だろうと思った。

 だけど、それで実際に入部したとして、今度は退部時の手続きやら周囲への説明やら、また色々と面倒なことになるのでは。

 なにより、台地たちは二年生である。そんな中途半端な状態で、いきなり部活に入っていいのだろうか? などという不安が、一気に押し寄せてきた。


 「だいじょうぶだよー。うち、まだコーチもいない同好会だから、生徒会以外からは何も言われないし、仮に言われたとしてもそこは部長のナオが何とかしちゃうから!」

 そう、天津がニコニコの笑顔でいう。

 同好会なら、最初からそういってほしいし、まず口頭にでた「ナオ」とは一体? と、訊きたい事は山々だが、それ以上に台地にとって「一番の疑問」が、まだ残っていた。


 「それ、何の部活?」

 そう。まずはそこが分からないと、入部していいかどうかの判断が難しいのだ。

 するとその答えは――。


 「『夢占い同好会』!」


 (つづく)

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