第38話 ゼロ・センシティブ

 広大な商業地区である〈ジャムプラント区〉には、いくつもの商業施設が立ち並んでいた。図書館、スーパーマーケット、学校、遊園地、ショッピングモール……。そのそれぞれに出撃ポイントが割り振られていて、建物内部と外部が複雑な構成になっている、上級者向けのマップだった。


「ここは、図書館のほうか」


 レモネードに連れていかれるがままにやってきたのは、〈ジャムプラント区・図書館〉と呼ばれるような場所。四階建ての図書館が私たちの目の前に建っていた。図書館を囲むように高い柵が設置されているが、その所々は完全に壊れてしまって柵としての機能を果たしていない。


 壁には焼け焦げたあとや、黒く汚れてしまった場所が目立つが、建物としてはかなり頑丈な作りになっているのだろう。


「本日のメインは図書館ではありますが、その前に寄り道をしていきましょうか」

「わかった。ついていくよ」


 私たちは図書館の隣にあるコンビニに入ることにした。


 現実世界なら並べられているであろう商品のほとんどは無く、空になった棚がすっかり寂しくなっている。完全セルフレジが導入されているコンビニのようで、電気の通ってない真っ暗な液晶画面が店内を反射し映し出していた。


「戦場におけるスローライフって、何だろうね」


 レモネードには完全に心を許していた。他の仲間を信頼していないわけではない。ちょっと違った情の形というか、仲間という括りとはまた違ったベクトルの友情が向いている。


 この「特別」に対する名前を、私は知らなかった。


「それはヨミさんが言い出したことでは?」

「ただ心の平穏が欲しかっただけなんだ。ただ、それだけ。ぽっと出の言葉と一緒」


 私の望む心の平穏とやらは、トラウマと向き合わねば絶対に得られないものだとわかっている。


 それが無意識のうちに考えていたことなのか、はたまた偶然なのかはさておき、歯車が奇跡的に噛み合った結果ではあるだろう。


「ならば、どうしてエンパスを離れようとしたのですか」

「それは……」


 心の平穏が得たい、とスローライフを送りたい、という二つの願いはどちらも同じ願いだ。

 しかし、それと同じくらい仲間のことが大切である、と言いきれる。

 ただ、どちらに重きを置くかというだけで、どちらも本心ではないだろうか。


「君たちが大切だから、かな」


「ではその大切な人たちが、ヨミさんの別れを望んでいないとしたらどうでしょう。答えは変わりますか?」


「……難しいね」


 どうしても矛盾が生じてしまうのは明らかだ。


 本当に仲間のことを思うなら仲間の意思は大切にした方が良い。しかし、それ以上に自分の存在が害であるということを証明しなくてはならず、それとはかけ離れたところに心の平穏とやらがある。


「敵です」


 レモネードがそう言った瞬間に、彼が向いている方向へと顔を向ける。かなり離れたところに人の動く姿があり、まだ相手は私たちに気づいていないように思えた。


 レモネードは私の持っている銃よりも少し長めの銃を構えて、その敵を狙う。その次の瞬間には銃声が響き、敵はそのまま地面へと倒れていった。


「……うん、相変わらず撃つまでが早いね。一年くらいブランクがあってそれ?」


「さ、コンビニの中を漁りましょうか」

「え、敵は? ここを漁っていいの?」


「あれは少し遠いので近いところから漁りましょう。戦場ニワカですか?」


 レモネードの一挙一動が腹立たしい。口うるさいロボットと言えばそうだが、逆にそれが心地よい。


 仲間とはそんなものである、と私は思う。


 近くの商品棚の漁る。もう何度見たって銃のパーツの種類はわからない。そもそもインベントリはファーストエイドキットで圧迫されている。大したものは持って帰れないと思いつつ、取捨選択を強いられていた。


「ん、これは……」


 インスタントコーヒーの粉が入った袋だった。


「ねえ、ミネラルウォーター持ってない?」


 反対側の棚を漁っていたレモネードが答えながら、私の隣にやってきた。


「ありますよ、飲みかけですけど。差し上げましょうか?」

「うん。ちょうだい」


 私はレモネードから水の入ったペットボトルを受け取った。500mlサイズだが、三分の一以下まで減っている。


 ゲームの中で間接キスなんて気にしていない。アイテムとして見ても量の減った、水の入ったペットボトルには変わりないだろう。


 でも、レモネードはどうだろうか。気にしてないから渡してくれたんだろうけれど。


「レモネードはこの世界で間接キスとか気にしたことがある?」


「何を言っているんですか、ロボットですよ。人間でいう体液と似たようなものは、オイルと循環用の洗浄水くらいしか体内に保有していません」


「うーんそりゃそうか」


 そうだ、コイツはロボットだ。体液なんか無い。


「レモネードって、電気で動いてるんだっけ」

「……レギュラーガソリンです。飲食物を稼働エネルギーに変換する機構もありますので、同じものを食べることもできますよ。一応ハイブリッドなので、電気でも動きますが」


「ガソリンかぁ。現実じゃあもう随分高いよ。リッター三百円とかザラじゃなかった?」


「それは外に出なさすぎです。今では税金が凄いことになって五百円を上下していますよ」


「えぇ⁉ すっかり高くなっちゃって」


「半年もあれば、もしくはそれ以上もあれば、世界はそれだけ変わるということです」



 レモネードはそう言いながらも、どこか寂しそうな雰囲気を纏っていた。

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