第37話 何度死んでもまた向かう
「レモネード、久しぶり。早速で悪いんだけど、話があって……」
「なんでしょうか、ヨミさん」
ロボット風のフルフェイスヘルメットの下から発せられる、人間味の残されたロボットボイスはやけに落ち着いていた。
「私は……君がいない間に、少し、トラブルを起こしてしまって」
「ええ、話はだいたい知っています。別に、インターネットから離れていたわけではないので」
「ああ、じゃ、じゃあ話は早いね。……そうか、知っているのか。なら、私がひ――」
私の言葉は無機質な声に遮られた。
「悪意ある人間に陥れられて酷く傷心していると」
「あ、ああ。それも、そうかもしれないけど――」
「ワタシの知っているヨミさんではなくなってしまっていると」
「そ、それもそうなのか? そうなのかもしれないが――」
私が明らかに動揺したのを見て、レモネードは言葉を畳みかけてきた。
「それの何が問題なんですか、ワタシにはわかりません。あなたはあなたですし、ワタシはワタシです。誰がどう言おうとヨミさんはヨミさんに変わりなく、多少の心の変化は人間の人生において成長と言えるモノでしょう」
何を、何をと、レモネードの言葉を噛み砕いて理解するのに時間がかかる。
「もうすべて聞いています。ですが、ワタシはヨミさんの本音が聞きたいです」
「ほ、本音……?」
きっと、賢いレモネードのことだ。何か考えあっての発言だろう。
その意図をくみ取ろうと頭を回すが、どうにも彼が欲している答えがわからない。
「ええ、本音です。こういうのは、本音でぶつからないと何事も解決しないでしょう」
レモネードは背負っていたリュックの横に取り付けていた銃を私に手渡す。
「これは……」
知っている。これだけは名前を憶えている。
アサルトカービン「9A-91」。
「ヨミさんがよく使っていた相棒ですよ。さあ、行きましょう」
「行きましょうって、どこへ?」
「戦場へ。我々はあの場所に惹かれて、何度死んでもまた向かうのです」
「それは……」
「ヨミさんが一番わかっているはずです」
その言葉の通りだ。私は戦場のせいで心を病んだのに、また戦場へ戻ってきた。
心のどこかで痛みを求めて、血と火薬のにおいに惹かれて、その凄惨な現場へ足を踏み入れた。
「スローライフを送りたいと、言っていたらしいですね」
「……ああ」
「時間を気にせずゆっくりと過ごす。戦場とはかけはなれたテーマのひとつです」
いつの間にか、他のメンバーの姿が消えていた。それぞれが自室に戻ったのだろうか。レモネードとの会話に集中しすぎて、周りが見えていなかった。
「戦場が、ヨミさんの化けの皮を剥してくれると、ワタシは確信しています」
レモネードは私のために素早く装備とリュックを準備して、手渡してきた。
元々彼が使っていたものなのだろう。若干耐久値が減っていて、使われたあとであることがわかる。
それでもヘルメットやボディアーマーは上級品――レアなアイテムだった。ピストル程度の銃ならヘッドショットを食らっても死なない、と言えるほどの強度を持つもの。同様のボディアーマーまで貸してくれて、至れり尽くせりだった。
更にレモネードは治療アイテムをいくつも渡してきた。瀕死からでも蘇生できるファーストエイドキットを、リュックにかなりの数を詰め込む。体感だけで言うならば、五つ以上、いや、もっと入れられた。
「ちょ、ちょっと待って。装備はわかるけど治療アイテムが多すぎる」
別にインベントリ画面を開けば、リュックの中にいくつの治療アイテムが入っているかなんて一目瞭然だが、そうはしたくなかった。好みで感じたことを大切にしたかったから。
「いずれわかります。絶対に使いますから」
「そんなに死ぬつもりなの⁉」
いくら治療スキルを上限まで取得しているとはいえ、ファーストエイドキットひとつじゃ体の傷を完全に治せるわけではない。それだけ何度も死ぬくらいなら、さっさと隠れ家に戻った方が得策だと言える。
それ以上に、ファーストエイドキットは金銭的な価値が高い。ロマンのないことを言うならば、売った方が金になる。
「さあ? それは戦場次第と言えるでしょうね」
「肝心なところで誤魔化すロボットめ……」
そういえば、「9A-91」の弾を受け取っていない。もう既に入っているとは思うが、替えの弾――マガジンひとつくれないようじゃ、すぐに撃ち切ってしまう。
……いや、私はもう非常時以外撃たない。きっとその情報をレモネードも知っているはず、だから渡さなかったのだろう。
「さあ、行きましょうか。あの事件が起きた――〈ジャムプラント区〉へ」
ヨミとレモネード、二人の復帰勢が、戦地へと向かった。
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