第36話 苦味に溢れた再会

 LPTにログインする。隠れ家のリビングでは鼠氏とトパースが待っていた。二人は変わらずいつもの椅子に座っている。


 左右非対称なオーロラ色の髪の下に不安そうな表情を浮かべている鼠氏。それに対しトパースは薄紫色のショートヘアの下で凛々しい顔をしていた。


「……レモネードが、起きてるんだね」


 黒色のハーフアップが揺れる。私の影が多数の照明によって複雑に作り上げられる。


「起きてはいるわ。ヨミちゃんのことが心配だと言って……でも、今は神成と雪柳が戦場に連れて行ったの。まだ……ヨミちゃんが帰ってくるまで時間がかかると思って」


 トパースの答えを聞いて安心した。まだレモネードに打ち明けるまでの猶予があるのだ。


 心の整理はついたが、言葉の整理がついていない。上手く伝えられるかどうかという不安と、打ち明けた後のリアクションが怖くて、怖くて、それでも前に進まなければならない。

 私は鼠氏のほうを振り向いて、先ほどあったことを説明した。


「鼠氏……私は、思い出せたんだ。思い出せはしたさ。でも、まだ、苦しいよ」


 私の身体は僅かに震えていた。涙は流れないが、変に上擦った声になってしまっている。

 鼠氏は紺色の瞳を真っ直ぐ私に向けてきた。それが私に相応しくないことを、突き付ける。


「君らがどう言おうと私は人殺しだ」


 その一言で彼らはわかってくれただろうか。否、そんな物分かりの良い仲間じゃない。


「待ってっ……」


 彼らは個人の意思を一番に尊重する。それでも、認めたくない現実は見ない。

 そうじゃなければ、こんな世界にずっと籠っているはずが無いから。


「罪人なんだ」


 念を押して、もう一度、言い方を変えてはっきりと伝える。


「違う」


 鼠氏の力強い目線が、こちらにも伝わってくる。


「最初からわかってたんだ。離れた方がいいのは、ずっとずっとずっと」


 それでも、思いを口にしなければ相手には伝わらない。

 いつまでも「察してちゃん」や「かまってちゃん」でいるのは嫌だ。

 離れたくないのも、離れた方が良いのも、わかっているのだということを伝えなければ。

 私の覚悟は伝わらない。


「でもそれができなかったのは、エンパスが恐ろしいほどに優しかったからなんだ」

「ヨミ、聞いて」


 泣きかけの状態で聞こえたトパースの呼びかけは、普段の喋り方よりも随分飾りっ気が無くなったものになっていた。


 ちゃん付けもしていないし、優しい口調でもない。そこに『姉』のような厳しさがある。


「楽しかった日々を忘れたくも無かったし、忘れられたくなかった」


 どうしてこんなにも、胸の内を打ち明けると苦しいのだろう。どうして涙が出てくるのだろう。

 思ったことを言っているだけなのに。言うだけなのに、泣いているのだ。


「アタシらの話を聞いて」


 切羽詰まった状況で、二人が私の言葉を止めようとしている。


「でもそれは私のエゴで、でもそれも許されざることで」


 せめてレモネードには、彼はまだ子供だから、これ以上巻き込むわけにはいかない。


「私はもう十分エンパスの皆に迷惑をかけた。それこそ、デジタルタトゥーみたいなものだよ」

「……ヨミ」

「これ以上汚しちゃいけないんだ……」


 消え入るような声で、言い終えた。


「ヨミ。まだヨミは……ちゃんと向き合えてない」


 鼠氏の静かで低い声が、隠れ家の中に余韻として残った。その言葉を上手く処理できず、困惑をそのまま顔に出していた。



 そこに割り込んで入ってきたのは――ちょうどそこに帰ってきた三人の男たち。



「ただいま戻りやしたーって、……おっと、タイミングが悪かったか?」


 戦場から帰ってきた直後だったからか、装備や荷物はそのまま持っている状態だった。


 神成、雪柳、そして――レモネード。


 成人男性型モデルでありながら、ロボットを自称する青年。ロボットの頭のように見えるフルフェイスヘルメットを常に着用していて、その素顔は見えないようになっている。


 フルフェイスヘルメットは全体的に黒く、差し色として紫が入ったような近未来的なデザイン。目や口を思わせる部分は同じような紫色がスタイリッシュなラインとして描かれているものだ。


 ロボットになりきるためか、常に黒い長袖長ズボンを着用して素肌を見せないようにしている。同様の理由で黒い手袋も着用し……結果的にがっしりとした体格の男のように見えるのだ。


「レモネード……」


 表情が見えない。今ほどそれを不安に思う瞬間は無かった。

 かつてはそんなことも気にしないほど、信頼で繋がっていたはずなのに。


「お久しぶりです。ヨミさん」


 レモネードはいつも敬語、というか丁寧な言葉遣いをする。荒いボイスチェンジャーでロボット風に変えられた声を聞くのも久しぶりで、変に心地が良かった。

 それでも私は告げなければならないことが、たくさんある。


 そりゃあ、聞きたいこともある。受験はどうしたのかとか、寝なくていいのかとか。


 でもそれ以上に私はレモネードに、伝えなければならない。


 君がいない間何があったのか、私はこれからどうしたいのか。


 君のために、私のために、エンパスのために。

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