第33話 黄泉の中の真実

 これは、私の中にある「炎上事件の全貌」である。たった一つの出来事と向き合うのに、どうしてこんなにも回り道をしていたのか、その理由はきっと過去の中にあるだろう。



 ――かつての私は『ヨミ』ではなく、『黄泉』だった。


 些細な名前の違いかもしれない。しかし、私にとっては大きな意味を持つ。今となっては決別の意味も含まれるに違いない。そうでないと、私が思い出という名の過去を捨てた理由にならないのだから。


 私はいつも通り、LPTを楽しんでいた。何ら変わりのない日々の中で、毎日のように増えていくタスクを仲間と共にこなしていた。


 あの頃の私は銃だって持っていた。当時お気に入りだった銃はアサルトカービンの「9A-91」と呼ばれるもの。


 LPTの世界では割と安価で手に入るが、銃弾がやけに高価だったため無駄撃ちはなるべくしたくない、と考えている時期だった。物の需要が高まれば自然の値段も吊り上がる、わかりやすい市場だったというのもあるだろう。お気に入りの銃をなるべく使いたいが、そうはいかないという微妙な時期でもあった。


 私自身、あのときでもそれほど知識はなかっただろう。ただ手に馴染む形で、昔からよく世話になっていて、愛着まで湧いてきていたもんだから使っていた。銃の強みも理解していないまま扱うせいで、何度か鍵穴天覗に怒られた。彼は私よりも知識があったから、昔から頼りにしていた。


 だからきっと、事件が起きた日も何の疑問も持たずにプレイしていたことだろう。

 普通に敵を殺し、アイテムを奪い、クエストをこなす。――そう、この日はそれだけで終わったんだ。




 問題は次の日のことだった。


 ネットニュースがこぞって取り上げている話題があり、それはもちろん私の目にも入ってきた。当時の私はちゃんとSNS〈ツイクス〉をやっていたものだから、それを知るのにそうそう時間はかからなかった。


 どうやら、ヘッドスペースギアで初の死亡者が出たらしい。しかも、その当時やっていたゲームは「Log:// Phantom Trigger」ときた。その亡くなった方というのはいわゆる初心者であったと報道されていた。


 インターネットでは「ダメージを受けたときの痛みでショック死した」とか「光の描写で別の病気を発症した」とか、好き勝手議論されていた。


「ふうーん。まぁいつかは死者くらい出すと思ってたけど」


 当時の私は何も考えずに、パソコンの前で〈ツイクス〉に張り付きながら、LPTの臨時アップデート情報が公開されるのを待っていた。この死亡事故のせいで、LPTにログインできなくなっていたからだ。


「お、出た出た。どういう対処をしたのかな?」


 どうやらLPTの制作会社――『DEEP Logディープログ://』は「痛覚の減少」「エフェクトの調整幅を広げる」などの対応をし、謝罪をした。


「リアルな痛みが結構ウリだったのにねー。これはこれは残念だ。あ、でも調整幅が広がって、元のような体験も続行可能です……だって? ああ、なら私には関係ないか」


 この時はまだ部屋も綺麗だった。ちゃんと着た服は洗濯してクローゼットに仕舞っていたし、通販で届いたものも整理整頓していたし、段ボール箱をため込むことなくゴミ捨てにも行っていた。


 ご飯だって美味しかったし、お風呂にだって毎日入っていた。当時からLPTでお金を稼いでいてニートではあったが、引きこもりでは無かった。一日のほとんどをLPTに溶かすが、それでも運動の時間はちゃんと取っていたし、外に買い物だって行っていた。


 ――ああ、そう。嫌になるけど、この日まではそうだった、という話。


 どこからか死亡したプレイヤーの情報が流出したのだ。


 具体的に並べるならば、どのマップのどの場所で死んだか、何のアイテムを持っていたか、どんな装備を着ていたか、というプレイヤー個人の情報だった。


 しかし、それ以上に注目を集めていた情報というものがある。


 最後のキルログ――死因になる刺激キルを与えたプレイヤーの名前がインターネットに公開されたのだ。


「人殺しのプレイヤーは『黄泉』! 大会出場もしてる強豪チーム『エンパス』の一人だ!」


 私はこのように炎上しているなどと知らず、しばらく経った後……それこそ一度睡眠を挟んだ後に、この事実を知った。


 最初の流出から六時間は経過していただろう。その時点で多くの人々に拡散され、知れ渡り、批判の声が上がり、終わりのない誹謗中傷が蔓延していた。そう、もはや元の流出源がどこかもわからないくらいには、情報が埋もれてしまっている。


 このようなインターネットの炎上というものは、放置すればするほど尾ひれがついて、どんどんことが大きくなってしまう。最初の対処の仕方などを間違えてしまえば、火に油を注ぐようなもので、余計に酷い言葉を投げられてしまうことはわかっていた。


 ……わかっていたからこそ、私は何をすればいいかわからず、悪意ある言葉を読み取るばかりしていたのだ。


「私は人を殺してしまったの……?」


 嘘か真かも知らずに、暴言をただひたすらに受け止めた。心を消耗していることはわかっていたが、ひとまず私に向けられた言葉なのだからと、知ろうとしたのだ。人々が私に対して何を思っているのかを。


 そんなことをしているうちに、罪の自覚が芽生える。どうすればいいのかわからずに、仲間に連絡を取る。


 あのとき、仲間と何を話したかまでは覚えていない。でもきっと、優しい言葉をかけてくれたのだと思う。人の記憶に限界はある。良い記憶よりも悪い記憶の方が強く記憶に残ると言うから、仕方のないことだ。


 しばらくしないうちにLPTの公式から、LPT殺人事件を否定するような声明が出てひとまずは落ち着いた。それでも強い悪意を向けてくる人は、私に対する誹謗中傷をやめなかった。

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