Ep.4 地中のカメラレンズに羽を堕とせ

第31話 足元の鼠は空を見る

 成人女性の部屋とはどんなものだろうか。少なくとも私の部屋は足の踏み場もないくらい、ゴミやら物やらが散らかってしまっている。


 片付けなきゃなと思ってはいるが、身体がどうにも重くて立ち上がることもままならない。体を起こそうものなら眩暈に襲われること、間違いなしだ。


「な、んじ……だ?」


 仮眠をとると言ってLPTをログアウトしたあと、そのままヘッドスペースギアを外さずに眠りについた。日光を浴びない生活を続けて早何年か、私の体内時計は完全に破壊されていた。


 もぞもぞと動き、デジタル時計をがっと掴む。超至近距離に持ってきて、時刻を確認する。


「うー? 零時……。午前零時……ん、んん⁉」


 デジタル時計を傍らに置いて、眠い目を擦る。


 日付が回った深夜。つまりは三日目であり、トラウマと向き合うまでの時間は二十四時間を切っていた。


 ある意味絶望なのだが、苦しいのが今日で終わると考えたら幾分かマシな気分になる。


 それでも「向き合えるのか?」という心配はあるが、そこは考えないように心掛けた。どちらかというと。あと少しで思い出せそうな気もするのだ。強い一撃か、足りないピースを埋めるような何かがあればきっと、きっと……。


 その「一撃」や「足りないピース」を求めていながら、とても恐れている。


 どこか他力本願であるとはわかっていた。自分で向き合う気が無いかのように、他人の言葉や行動に委ねてしまっている。


「はやく、はやく私の『現実』に戻らないと……」


 嫌な思考が巡る前に、ヘッドスペースギアを被り直す。それからは簡単だ。LPTが私を導いてくれるのだから。




 隠れ家でログインすると、リビングには神成と雪柳とトパースが楽しそうに雑談をしていた。

 しかし、三人は私に気付くなりギョッとして、その楽しそうな空気が固まってしまった。


「おはよう……な、何かあった?」


 私がそう聞くと、神成はあからさまに目を逸らした。隠し事が下手すぎるのも可哀想なもんだ。


 神成が定めた期限である三日目が今日であるため、何か作戦でも練っていたのだろうか。もしくは、今後について話し合っていたのかもしれない。どちらにせよこの二つの予想は自意識過剰であるため、すぐに考えることをやめた。


「いや、なんも……知らん」


 苦し紛れに神成は返事をした。


「ほ、ほんとになにもないよ! ね? トパース」

「……まぁ何もなかったわ」


 雪柳もトパースも続けてはぐらかす。

 何もない訳ないだろう。


「隠し事はよくないよ~。さあ隠すのも苦しいだろ~、薄情しろ~」


 ふざけ半分でそんなことを言っても、彼らは態度を変えることが無かった。


「まあまあまあ、そんな気にするもんちゃうで」

「……そういうことにしておこう」


 聞き出すのを諦めた直後に、私の真横で誰かがログインしてきた。


 麗しい煌めきを放つオーロラ色の髪。どこをとっても色が違うようなもので、見惚れるほどの幻想的な輝きをもっていた。右の横髪が左に比べて少し長く、左の横髪はヘアピンを付けて止めている。ショートヘアの部類に入るようなものだった。


 髪の派手さに対して、目のキャラメイクは控えめのように感じる。疑り深さのある半目で、色は紺。


「やあ、鼠氏ねずみし


 派手なのか控えめなのか、よくわからないミスマッチを引き起こしているアバターの主は、エンパスの仲間である鼠氏である。


「うん? うん。復帰したらしいね、おはよう。ヨミ」


 男性の中でも低い声で、ダウナー系の部類に入るであろうイケボだった。


「今日もその髪は輝かしいね」

「だろ? だけど……え、何? このお通夜みたいな空気」


 流石の鼠氏も、今日のエンパスの気まずい空気感に気づいたようだ。


「そう言ってやるなよ……色々あったんだ。聞いてる?」


「聞いてるかもしれないし、聞いてないかもしれない。俺が知るためにも整理しようよ、どうせこのお通夜みたいな空気もヨミを思ってのことなんでしょ? ちょっと嚙み合わなかっただけで」


「ちょっと嚙み合わなかっただけ……なのかはさておき、整理はしたいかも」


 私たちはそれぞれの椅子に座る。私はいつもの深緑色のソファ。トパースはお気に入りのロッキングチェア。神成、雪柳、鼠氏は仲良く三人で灰色のL字ソファに腰掛けた。これだけ大人数でリビングに集まるのも久しぶりの事だった。



 私はこの数日で起きたことを頭にまとめ、ぽつぽつと説明していった。


 トラウマ――あの日の炎上事件と向き合うのが怖いこと。トラウマと一緒に思い出を封じてしまったこと。


 三日で向き合う約束を神成としたこと。まだトラウマを思い出せていないこと。


 銃は持ちたくないこと。それでもゲーム内の生死は慣れてきたこと。


 ――今は日を跨いで三日目であり、最終日であること。


「それで、あとは?」


「ちゃんと前には進めていると思う。でもまだ足りないような気が……する」


「ふーん。まだ足りない、か。でも思い出そうっていう気はあるんだね?」


「ある。それはもちろん……怖いけど」


 鼠氏は顎に手を当てて考えだした。

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