第30話 椅子とタグの争奪戦

 二人はいくつかのボディアーマーを作り終えてリビングに戻ると、そこに男の姿があった。


「ああ、クラフト場に居たのね。てっきりまた戦場に行ったのかと思った」


 トパースの定位置であるロッキングチェアに腰掛けた鍵穴天覗が、自分の紅色の髪をくるくる指でいじりながら私たちを待っていたようだ。


「どけっ! アタシの椅子だ!」


 迷いなくトパースが鍵穴天覗を蹴り飛ばす。


「痛いっ! 親にも蹴られたことないのにっ! ひどいよっ!」

「知るか! アタシの椅子に座るな! ……あ、ヨミちゃんならいいわよ」


 鍵穴天覗からロッキングチェアを奪い取ったトパースは、足を組んで満足げに座った。


「私には私の椅子があるよ。深緑のソファが――あ」


 振り返ると、私の椅子には鍵穴天覗が足を広げてドヤ顔で座っていたのだ。


「誰がどこに座ろうと自由だからね」

「天覗ー、やってること小学生じゃーん?」


 私は普段男どもがよく座っている、灰色のL字ソファに腰掛ける。


「うるせっ」


 なんとなく集まり、なんとなく座る。誰かが話し始めることもあるが、そのままそれぞれの時間を過ごすこともある。

 沈黙でさえ心地が良いと思えるのは、エンパスで過ごす共有の時間くらいだった。


「なんだ、さっきは悪ぃ。普通にFFフレンドリーファイアしちまった。タイミング悪かった。大丈夫そ?」


 鍵穴天覗が沈黙を破った。どうやら先ほどの戦場での出来事を振り返りたかったらしい。


 フレンドリーファイアというのは、戦闘中に何かしらの原因があって味方を攻撃してしまい、被害を出すことをいう。言わば同士討ちのようなものだ。


「まぁ、FF自体はよくあることだよ。まさか何の打ち合わせも無く挟み撃ちができるなんて思ってなかったから」

「なあんだ、アンタら、面白そうなことになってたのね」


 先ほど起きた戦場での緊迫した戦闘をトパースに共有する。時々笑いながら、時々驚きながら、それでもなるべくあの時の空気感も含めて伝えるようにした。


「銃を……撃、てたんだ……?」


 トパースにとっては、そのことの衝撃のほうが大きいようだ。


「まぁ、使えはしたけどって感じ。正直、撃ちたくはない。多分これはトラウマを乗り越えたとしても、変わらないよ」


「楽しみ方は人それぞれっていうけどね……ヨミちゃん、最初に比べたらかなり元に戻って来たんじゃない?」


「……マ、それはオレも感じる。銃持ってる時の様子は今のヨワヨワしいヨミじゃなかったし」


 仲間の言うことに耳を傾けながら、ぼんやりと思考を巡らせる。



 思い出ごと忘れていることに前から気づいている。トラウマがあるのもわかっている。


 確実に元に戻ってきている。敵だって殺したし、それいて傷ついては無い。


 銃を持っても何も思わない。仲間が死にかけたら辛いけど、辛いなりに受け止められる。


 でもまだ、足りない。向き合うには足りない。何が足りない? わからない。


「そういえば、二人が持ってたアイテム、持って帰れるだけ持って帰ってきたから、それぞれ渡してく」


 鍵穴天覗がそう言って、インベントリ画面を開く。そうしてしばらくしないうちに、ポンポンとアイテムがローテーブルの上に出現してきた。


 トパースの銃や、穴だらけになったボディアーマー、何に使うかわからない素材アイテムから、銃のパーツらしきものまで。様々なものがジャンルも分けられずに、散らばっていく。


 その中でも特段目についたものがあった。二つのドッグタグだった。

 迷いなくそれを手に取ると、鍵穴天覗が語り出した。


「ああ、それ? 一応持って帰ってきたけどさ。自分のドッグタグなんて見る機会ないっしょ?」


 トパースとヨミ。二つのドッグタグ。私には光り輝く宝物のように見えた。


「貰っていい?」

「ん? いいよ。好きにしな。どうせ売れもしねぇゴミだし」


 トパースは自分のアイテムを集めるので精一杯になっている。許可はもらえていないが、トパースのことならきっと「あげる」と言ってくれるに違いない。ありがたく貰っておこう。


「そういや、今何時よ?」

「18時過ぎ」


 トパースは簡潔に答えた。


「やっべ。配信準備しなきゃ。アイテムの処理よろしくね~」


 そういってさよならも言う前に鍵穴天覗がログアウトしていった。


「嵐のように去っていった……」


 トパースはアイテムを仕分け終えたらしく、私が持っていたであろうアイテムがローテーブルの上に残されていた。それを雑にインベントリに放り込む。


「そういえば昨日、レモネードから連絡があってね。ヨミちゃんに繋がらないってさ。スマホすら見てないとか言わないわよね?」


「見てないね。スマホなんて何日見てないことか。充電が無いからもう仕方ない」


「それでも現代人?」


「まぁまぁまぁ。健康じゃないけど頑張って生きてるって伝えといて。レモネードに会う頃には、きっと……」


 トラウマを乗り越えられている、とは口に出せなかった。


「ちなみに今夜は鼠氏も来るよ」

「なんか、勢揃いだなぁ」


「みんなヨミちゃんに会いたいのよ」

「……でももう、心労がえぐいから、一旦仮眠でもしようと思う」


「銃まで撃てたなら上出来よ。寝過ごさないようにね」



 私はそのままログアウトした。





 ――現実へ、ようこそ。


『誰かの今日を摘み、誰かの死を想え』


 これは、昔のLPTのキャッチコピーである。

 どうしてキャッチコピーが変わったのか。それはある事件が原因だとされている。


 私のせいで、私の好きな言葉が変わってしまったのだ。

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