第29話 empath ―エンパス―

「トラウマとは、あの日とは、向き合わなきゃいけない。それが元の私に戻る唯一の手段で、エンパスの思い出を取り戻す最短距離だから」


 今の私にはトパースの目を見る勇気が無かった。これじゃあまるで虚勢を張っているようだが、これは心の底からの願いだった。強がりだったり、そうじゃなかったり、態度をくるくる変える人間が好かれないのはわかっている。


 それでも私は試したい。私の可能性と、私が「なりたい私」になるために。


 弱い自分を打ち消すために。


「その覚悟というか、頑固さは十分伝わってるわ。止めはしないし、やりたいようにやればいいと思う。アタシは素直にヨミちゃんのやりたいことを応援するしね。だからこそ――理解してほしいこともある」


「……今なら素直に聞くよ。どんな意見も受け入れる」


 こっちを向いて、と言わんばかりにトパースは私のあごに触れて、無理やり目を合わせてきた。

 赤みがかったピンクの瞳が、わずかに揺らいでいた。


「アタシたちはエンパスempathなの」

「それはそうだよ。エンパスAngelic Pathfinderの自覚はある」


「……そうね。ふふっ。一旦チームのことは忘れてね」

「え? うん」


 トパースはそっと私のあごから手を離し、自分のクラフト作業に戻った。


「『エンパスempath』っていう言葉があるの。それは人よりも共感力が高く、相手の感情などが分かってしまう人。ま た、わかりすぎるがあまり、自分までしんどくなってしまう人。……スピリチュアル的でもあるけどね」


「それが私たちだってこと?」


「全員がそう、とは断言できないわ。でも少なくとも天覗や神成はきっとこの体質なのかもね。本人にその自覚が無くてもアタシにはそう見える。その点ではアタシもエンパスempathなのかもね」


 思い出してみれば、神成はやんわりと私に三日間という時間制限を設けてきた。もとより神成は優しく気遣いのできる人間だと記憶している。これはもしかしたらただの優しさではなく「自分が苦しむ時間を限りなく縮めたかった」のかもしれない。


 鍵穴天覗はそれを直接言葉にして私に伝えてきた。「エンパスの空気は最悪」だとか「昔のヨミに戻れ」だとか。これらは結局、今を否定する言葉でしかないと思っていた。


 でも、この話を聞いたあとだと見方が変わる。勝手に私の感情を感じ取った結果、「自分も苦しいから」他人に興味がないアイツがわざわざ他人を変えようとしたんだ。


「ちなみにヨミもその素質はあるんじゃないかな、とは思う。でも今は自分のことで精一杯になっちゃってるから気にする余裕もない、みたいなね」


「同意も否定もしない。直近の私がそれを体験してないから」


「本当に? まあ、それでいいよ。エンパスempath体質を持った人がいるから遠慮しろって話じゃないし」


「でも一応最後まで聞くよ。私の無意識にそれが潜んでるかもしれないからね」


「ヨミちゃんが素直で良かった。アタシから今のヨミちゃんに言えることは、他人の感情に振り回されないように自我をもつこと。優しさと共感は別であること。そしてその強さは――自分と向き合うことでしか得られないのよ」


「楽な方に生きろ、なのか、向き合え、なのか。どっちだ?」


「それはヨミちゃん次第。ヨミちゃんが向き合うって宣言したから、その方向に合ったアドバイスをしただけ」


 そういってトパースは可愛らしくウインクをした。


「結局、人の心や精神面なんて誰も理解できないの。無数の考え方があるというだけで。あなたに合った生き方が見つけれますように」


「トパースは」

「なあに?」

「トパースは、自分に合った生き方を見つけられたの?」


「もちろん。アタシはアタシにしかなれないんだもの。羨んでも、妬んでも、苦しんでも、泣いても、そこにいるのはアタシに変わりないわ」


 流石だな、と心の中で呟いた。自分という軸を持った美しい女性は、ある意味私のなりたい姿でもあった。


 純粋に、私はトパースに憧れている。精神的な強さも、人としての美しさも、その全てに私は魅かれている。


 その強さは直視できないほどに輝かしい。

 だからこそ、私が影のように感じられるのだ。

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