第27話 久しい死、親しい死

 靄がかかって思い出せなくなっていたはずの、工場地帯のマップがわかるようになっていた。


 ここで言う「わかる」というのは、地図として脳内でイメージできることを指している訳ではない。あの道を曲がればこの道に出る、ここを取り抜ければ近道になる、あっちの狭い道を通れば裏側に回れる……そんな土地勘のようなものだ。


「あっちに行けば……」


 本来、LPTでは長期戦になりにくい。


 他のFPS特有のシールドや蘇生のシステムが無く、命が重い癖にあっという間に死ぬ。さらには、当たり所によっては一発でも殺せる仕様であるため、余計に短期戦を加速させるのだ。


 また、戦い方によっても大きく変わる。


 雪柳なんかは短期決戦タイプだ。先手必勝、一撃必殺。強烈な殺意と驚異的なエイムで敵を葬り去る。死ぬことを恐れず、敵を殺すことだけを考えるため、戦闘時間はかなり短い。その一瞬に全力を賭けるその様は勇敢で、美しい。


 はたまた鍵穴天覗はこの真逆。慎重かつ丁寧に、相手を追い込み、自分は安全圏から狙い殺す――そんなイメージがある。今回は仲間内で遊んだり、敵に襲撃されたというのもあり、彼にしてはかなり雑な戦い方をしているように見える。


 しかし、現状はどうだろう。微かな物音。泳がせられている敵。どこに行ったか分からない鍵穴天覗。あいつのことだから私でさえも殺されかねない。何でかって? あいつは面白ければ仲間をも殺すからだ。



 ――好奇心と面白さを追求する心に殺される運命にある。あいつも、私も。



 別にそれを悪いことだとは思わない。むしろ、やりたいことをやりきって死にに行くのだから随分と充実した人生だったと思えるんじゃないか。



 ――私は、きっとまだ満足していない。



 トラウマと向き合って、その後は何を求めるだろう。あまり興味を持てない世界に生きることは、現実と変わりない。ならば、ならばと、次は次はと考えるが、そもそも目の前の問題すら解決できてない奴が未来を語ったって鬼に笑われるだけだ。


 工場の端に着く。壁に背を預け、再び聞くことに集中する。

 互いが互いに息を殺しているため、一筋縄ではいかないことは明白だった。


 カチャ……。


「……」


 僅かな物音。目の前の大型の機械の向こう側。


 問題は音の主が、鍵穴天覗か、敵か、という二分の一の確率を引き当てないといけない。それはきっと鍵穴天覗にとっても同じで……いや、きっとどっちでもいいのだろう。


 ――殺される準備はできている。


 影に隠れながら、ひっそりと覗き見る。成人男性型モデルでありながら、見慣れた紅色の髪ではない。その情報が得られただけでもこちらの勝ちだ。しかし、慢心はよくない。ただ、戦う相手かどうか見極めただけだ。


 銃を構える。心の中でさん、にー、いち、と数えて、勢いよく飛び出す。これは癖、意味はない。


 敵の不意を打てたと確信し、引き金を引く。



 バララッ――。バララッ――。



 やった、やっと敵を殺せた。そう思うのも束の間、敵の奥、暗がりの中にもう一つの人影が見えた。



 バラララララララッ――!



 私にとっての敵を殺そうとしたもう一人の人物がいた。


 意図せずとも私たちは敵を挟み撃ちするような構図になっており、どちらかの動きを着火剤にこの争いは動き出した。


 射程距離と弾の威力。それらは暗がりの人影の持つ銃のほうが遥かに上であり、敵という肉壁をもってしても耐えられない。


 そう、鍵穴天覗が使う銃の傾向を意識していたらわかっていたはずだ。


 安全圏から敵を殺すには、それだけの距離があっても真っ直ぐに飛ぶ銃でなければならない。それだけ強い銃弾……貫通力が高く、ダメージを多く出せる弾を多く使う。


 ――私が出るまでも無かったんだ。そんなこと、わかってたはずなのに。



 もれなく私も被弾した。あっという間の事だった。


 ただでさえ出血している身でありながら、これだけの銃弾を身に受けたら……もう言うまでもないだろう。ボディアーマーを貫くほどの銃弾を上半身に食らった。


 頭に当たらなかったことが幸いだったが、それでも……生きては帰れない。


 私の身体はそのまま冷たく汚い地面に倒れてしまった。どろどろと体中から血が抜けていく感覚に襲われながら、悶え苦しむ体力すら残されていない現状に絶望した。


 痛い、と声に上げるのもまた苦痛である。どれだけ息を吸っても、肺がパンクしたかのようにどこからか空気が抜けていって、満足に酸素を届けられない。



「何で、そんなに、苦しそうな顔をしてるんだ?」



 鍵穴天覗が立ったまま、私の顔を覗いてきた。


 それに答えられない。見たらわかるだろうという苛立ちと、生きることへの諦めが共存してともに消えようとしている。


「結構『痛み』の度合いを強くしてるって聞いてたけど、まさかそんなにだとは」


 別に死ぬことは怖くない。ただ痛いのは痛いのであって、それ以外には成り代わらない。


「なあ、まさかだけど、お前、LPTを……リストカットと同じ要領で使ってる?」


 仲間が死にかけてるのに出てくる疑問がそれかよ。苛立ちを通り越して呆れが生まれ、諦めと融合して、なぜだか微笑みを作り出す。自分でも笑いたい訳じゃないのに、どうしてだか、ささやかな笑みを浮かべてしまう。


「自罰? 自責? 何だっていいけどさ……」


 そうだよ。最初から興味が無いなら聞くなよ。声にならない反発をいくら抱いたって、意味が無い。


「早く昔のヨミに戻ってくれよ。昔のヨミはもっと、ドライで、擦り切れて、バカみたいにカッコいいくせに、クソガキみたいなことをアホみたいに楽しむ奴だった」


 そんなバカだのアホだのクソだの言われる自分だったっけ。そんなクソガキみたいなことをした記憶は本当にないのだが。鍵穴天覗の中で記憶が改竄されているかもしれない。それとも、本当にクソガキだったのか?


「早く戻れよ。アイテムは持って帰ってやるから」


 思わず鼻で笑いそうになる。その「戻れ」は一体全体どちらにかかっているのだろうか。


 早く死んで隠れ家に戻れ、か、早く元の私に戻れ、なのか。


 もはやどちらでもいいと、黒くなっていく世界の中に身を委ねた。


 そう、私は死んだのだ。

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