第26話  Phantom Trigger

「人の話を盗み聞きってか! 趣味悪ぃなぁ!」


 鍵穴天覗はボロボロの身体でありながら、意気揚々と銃声のしたほうを向きながら銃を構えてじりじりと移動を始める。片手間で私に合図をした。トパースを持って行けということを、雑なハンドサインで示してきた。


「っ……」


 機械の影から出て、トパースの元へ素早く行く。数回叩くが反応が無い。


 トパースはぐったりとしていて、声を出す余裕すら無いようだった。背負おうと身体を持ち上げる。トパースの頭が隣接していた地面にはべったりと血がついていた。それは、彼女の髪の毛にも言えること。薄紫色の髪の一部は赤黒い血に染められてしまっている。


 声にならない声が、私の口から静かに漏れる。いささか、刺激が強すぎるのだ。


 少女型モデルの小さな体で、成人女性型モデルの人間を完全に背負うことは難しい。トパースの足は地面についたまま、ざりざりと靴先が削れていく音と、衣擦れの静かな音が緊迫した空気の中でより一層引き立って聞こえる。


 バララララッ――!


 少し離れたところで銃声が聞こえた。多分、鍵穴天覗が意図的にやってくれたことなのだろう。


 私たちが逃げられるように、もしくは、ただ敵と遭遇しただけかもしれない。それ以上に連続した銃声が無いことから、とりあえず物陰にトパースを運ぶことを優先する。油断はできない。


「……トパース」


 返事はない。


 機械の裏にそっとトパースの身体を下ろした。私はインベントリ画面を開き治療アイテムがないか探すが、自分の怪我すらろくに治せていないのだ。こんな、こんな、致命傷を治せるアイテムなんて持っていなかった。


「ああ……」


 もうそこに命あるトパースはいない。そこにあるのは死体だけ。


 最初からわかっていたんじゃないか。トパースは、ヘッドショットを食らったのだと。頭に一撃を入れられてしまったのだと、最初から、最初から……。


 トパースは力なく倒れたまま起き上がらなくなってしまった。傷口も、顔も、何も見たくない。



 黒い影と重なって、悪意が私に手を伸ばす。どれだけ目を背けても、逃げようとしても、死とかいう不条理極まりない現状は私を突然に襲う。あのときもそうだった。



 ……あのときもそうだった?


「よくわからない。思い出したくない……」


 震える声で絞り出す。目の前の死体に語り掛ける。その様は、よくある別れの物語だろう。


 バララララッ――!


「銃声……。私も、行かなくちゃ……」


 死体からアイテムを漁り取る。トパースが持って帰りたかったであろうアイテムをリュックの空いたスペースにいれた。そして忘れずに、ドッグタグを拾い上げる。トパースが生きた証のように思えた。


「この世界は……よく人が死ぬ」


 涙が零れる。


「仲間の死に一喜一憂していられないのは、わかってる……」


 でも、その「死」という事象の意味は、人によって違う。


 救いにもなれば、罰にもなる。喜劇にもなれば、悲劇にもなる。ロミオとジュリエットのように――。



「私も、誰かを殺すことを、思い出さなければならない……」



 またも、涙が零れる。私は彼女が使っていた銃を――手に取った。


 そしてフラフラと立ち上がる。いくつかマガジンも拝借して、その銃の基本操作とやらを思い出す。


 私がよく使っていた銃ではない。手に馴染まないという理由だけでそう判断した。でもきっと使ったことはあるだろう。


「三点バーストがあるタイプだったよな……」


 トパースが銃を使っていた姿を思い出す。変な改造をしてないでくれよ、と祈りながら慣れた手つきで整備する。


 やり方だけなら覚えている。銃の名前も何も思い出せないが、おそらくこれは「P」とか「M」とか「9」とか、そんな文字列が良い感じに並んでいるタイプのよく見るやつだ。正直今あげた例が正しいのかどうかもわからない。多分、三分の二くらいは合ってるはずだ。


 そんな風に雑に判断するからすぐに死ぬのだ、と脳裏で何かに囁かれた気がする。そんなことを言われたって、銃にもミリタリーにも興味が無いんだもの。仕方ないじゃない。


 私が興味をもっているのは『エンパス』であって、『Log:// Phantom Trigger』の世界ではない。


「サブマシンガン……今日の相棒になってくれるかい」


 涙はとうに乾いていた。


 世界に興味を持たないことは別に悪いことではない。私たちだって、現実世界という世界観に興味を持って生まれ落ちた訳じゃないからだ。ただこれが、LPTがエンタメであり、ゲームであるからこそ、世界への理解を命じられる。


 それを拒否するプレイヤーがいたって、良い。


 人間社会に生まれながらも、引きこもりニートライフを満喫している私たちが生きて良いのだから。


「……あっちだ」


 僅かな足音を聞き取った。ふらりふらりと敵を求めて歩き出す。


 その姿はまるで亡霊のよう。暗がりの工場内部で見かけたら間違いなく叫ぶような、幻影のようにも見える不気味さ。


 生死の論理に囚われて前を向けなくなった哀れな軍人のような人間の正体は、ただの引きこもりニートであると敵は知る由もない。

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