第25話 ココはドコ? 戦場!
「何のためにヨミちゃんを……どさくさに紛れて攫ったの」
トパースは真剣な眼差しで、怒りを交えながら鍵穴天覗に尋ねた。
「どさくさって言っても大体予想はつくでしょ? 壊れかけの足場を走ったらそりゃ崩れ落ちるって思って、オレはずっと待ってたのさ。ちょうど、二人で話したいこともあったし」
「二人で話したいこと……? そんなの、隠れ家で聞けばいくらでも――」
「戦場じゃなきゃいけない理由がありましたー。はい、これでどう? 満足?」
「腹立つ。撃つよ」
「やーだな。撃つのはやめてよ」
一触即発の空気の中、私は機械から顔を出して二人の話を聞くことに徹していた。割り込む隙が無い、というのも理由の一つだが、それ以上に割り込んでも解決にならないとわかっていたのだ。
私の話をしているのに、今の私じゃ解決のしようがない。
それが、トラウマと向き合っている最中の弱い人間――私、ヨミだった。
「……それで? 二人で話して何か答えは得られたの?」
「いーや? 全然。でも、これからするべきことくらいならわかった、かもネ?」
鍵穴天覗は紅色のウェーブがかったポニーテールを揺らしながら、ゆっくり、ゆっくりと私の方へと近づいてきた。
「鍵穴。言っておくけど、銃を出した瞬間に撃つから」
トパースが釘を刺す。
「あのな、オレが撃ったのはトパースがいきなりバーサーカーになって襲ってきたときだけなんだが」
――え?
「あっそ。何だって良いわ」
些細な違和感が頭に引っかかる。それを思い出せないまま、鍵穴天覗が話を続けるものだから、それに耳を傾けた。
「ヨミはもうわかってるんじゃないの?」
鍵穴天覗の橙と紫のオッドアイがギラリと輝いて、私を動けなくした。
ただ美形という意味で釘付けになっただけなのか、はたまた、自分が恐れている他人からの視線と重なって見えたのか。
「現実から目を背けて、過去すらも見えなくなって、トラウマと思い出をひっくるめて蓋をして……ろくに未来も考えてない癖に、のうのうとLPTに戻ってきた。ヨミは
トパースはずっと黙って、私の方を不安そうな目で見つめてきた。
「苦しさから抜け出すための救い? それとも生ぬるい優しさ? 自分が成長するための変化?」
鍵穴天覗の言葉は止まらない。
「そんな綺麗なもんじゃないでしょ」
トパースが、何度も何度も鍵穴天覗の発言を止めようとして、自制して、留まる……を繰り返していた。
自分事なのに、自分事のように感じられず、宙に浮いたまま強い言葉を身に受ける。
「オレらに忘れられたくないから、でしょ?」
確信めいた言葉。その威力を鍵穴天覗はわかっているのだろうか。
心の中を見透かされたような感覚。そんな不安を抱えていることはちゃんと隠せていたはずなのに。
他人に興味ないなんて言っておきながら、正解を引き当てるの?
「信じてないんだよ。オレらのこと。友達と最近喋ってないから嫌われたんじゃないかって、勝手に妄想して傷ついてるめんどくせー女と一緒」
「違う……それは、違う」
止めるつもりはなかったが、それでも心無い言葉を言われて咄嗟に反応してしまった。
「親友とか仲間ってのは、会ってない期間とか喋ってない期間がどれだけあっても影響しない関係のことを言うの」
説教じみた鍵穴天覗の発言に、とうとうトパースが止めに入る。
「鍵穴、言い過ぎ。それ以上はダメ」
「それ以上はダメ、ってなんだよ。ヨミのためさ」
「鍵穴、あんたは……他の人が何考えてるか興味無い癖に、誰かのためを語れるの?」
一瞬、何の話かわからなかった。トパースはトパースで、鍵穴天覗という人物を冷静に見ている。人柄という意味でも、その立ち姿という意味でも。
「オレはそれを欠点だと捉えてないし、それもオレの一部だって認めてる。だからといって直そうとしないだけ。誰かさんとは違って、認めずに、ごねて、否定して、現実を見ないやつとは違う」
険悪そのものの空気になったとき、私は喉から言葉を絞り出した。
「……鍵穴天覗、君にたくさん学ぶことがあるのは十分わかった。だから、君も認めてほしい」
「何を?」
「私が苦痛に向き合っている最中でも、普通に仲良くしたいってこと」
妙な沈黙の間が開いたあと、鍵穴天覗は口を開く。
「そんなん――」
パァンッ……。
鍵穴天覗の返事は銃声に遮られる。それと同時に、トパースの身体がぐらりとバランスを崩して地面に倒れた。
「はあっ⁉」
ここでようやく私は違和感の正体に気づいた。
最初に、事務室で私とトパースを攻撃してきた人物が鍵穴天覗でないのであれば……この工場内に他の敵がいたということになる。
音が響きやすい工場内でずっと喋っていたこと。同じ場所に留まり続けたこと。喋ることに集中したせいで周囲の物音に気を配れなかったこと。すぐに逃げられる訳もなく、攻撃するにもワンテンポ遅くなる。
そんな狙いやすい獲物を、敵が逃がす訳もない。
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